◀︎メッセージを送る
願望と意欲の続き

Subroさんこんばんは、…

願望と意欲
Subroさんこんばんは、
願望と意欲の続き
Subroさんこんばんは、
以前に願望と意欲について送った奴です
回答もらえたことも嬉しいですし、その内容も嬉しいなーって思うもので何回も読み返してました

自分が送ったお便りから、Subroさんが「成長」というワードを感じ取ってくれたことに、なるほどなーってなりました
お便りの中ではその単語を使ってなかったのですが、なるほど確かにこれは成長に対する向き合い方とかの話だなって

村田雄介さんの『ヘタッピマンガ研究所R』って本の中で、
「画力の上達は階段型だから、ある日突然グンと上がる」
って発言があるんですよね

ただ、私やSubroさんみたいに、絵を描くことをあくまで「趣味」として捉えてて、上手くならなきゃーって意気込む姿勢で描いてる訳ではないタイプの人間は、階段型ではなく緩やかなスロープを上っていくような感じで成長していくのかなって思いました
たとえ階段に比べて上昇する速度は遅くても、上に上がってることは間違いないよなって

Subroさんはどう考えるのかなーと気になって送ったお便りだったので、Subroさんが主語のお話が聞けてすっごく嬉しかったです!
アイコン
お返事ありがとうございます。
知らない間に「成長」という言葉を入れていました。国語ができないってこういうことなんですよね。
別件で成長と努力について考える機会があったこともあり、せっかくお返事いただいたので、自分の趣味に対する原動力をもう少し分解してみました。

もう少し自分の考えを深掘ってみると以下の様相だと思いました。
・「成長」とは、客観評価される出来上がりを作る技術を得ること
・私は取り組み自体の楽しさと、自己満足的出来上がり(成果物)への願望を原動力として取り組める
 →たとえ取り組みが楽しくなくても欲しい出来上がりに必要ならば技術向上に取り組める ー1
・他者評価される出来上がりと、自己満足する出来上がりは重なる部分もあるので1を行う限り勝手に「成長」する。しかし、他者評価される出来上がりや、成長自体が目的では全くない。

以下の図式で詳しく説明します(下に図あり)
⚫︎取り組み×技術→出来上がり

生産的な取り組みとその出来上がりをカービィのエアライドにおけるクリアチェッカー的なものとして表現します。
つまり、
・出来上がり:必要なマスを全て塗りつぶしたらできるもの。マスの濃さは品質
・技術:マスを埋める技術
・取り組み:マスを塗りつぶす作業

技術の「成長」には3種類あると考えます
① 0→1技術:必要な要素を理解しており、取り組める技術。漫画でいう、とりあえずコマを割る必要があることを知っている など
② 1→100技術:必要な要素の品質を左右する技術。漫画でいう、画力や構成力 など
③ 技術向上効率:上記①②の技術を効率よく上達させる力:技術の上達を加速させる力。足りないところを補える力。

私が生産的なことに取り組むとき、重要なのは以下2点です。この2つは独立に存在します。
1)取り組み自体が楽しく興味が持てること
2)自分が納得する出来上がり(B)ができること

1)は簡単で、その取り組み自体が楽しければ、出来上がりはどうでもいい(興味がない)というものです。

一方で、2)がある限り、成長せざるを得ない時もあり、その場合は取り組むことができます。
例えば、同人誌作るために必要なら、たとえ楽しくなくともそのマスの取り組みを頑張ることはできます。例えば、「印刷所の入稿ができる」「絵を描いて世に出せる」「コマを割れる」などはたとえ楽しくなくても取り組みます。コマによってはこういう構図で描きたい!というのもあるので、その場合はその構図を描けるようにします。しかし、出来上がりに求める品質はそもそも「自己評価できる出来上がり(B)」なので、大層な品質は必要ありません。

ただ、世の中には「他者評価される出来上がり(A)」を求めて、そのためのマス埋めを頑張れる人がいます。こういう人にとって成長は目的になります。私はこのタイプでは一切なく、あくまで「自己評価できる出来上がり(B)」を求めているので成長速度は緩いです。ただ、「自己評価できる出来上がり(B)」と「他者評価される出来上がり(A)」は意識せずとも符号していく部分も多いので、「自己評価できる出来上がり(B)」に取り組んでいたら勝手に「他者評価される出来上がり(A)」に求められる技術も向上していく(=成長する)ことはあります。
また、取り組み→出来上がりのサイクルを繰り返していたら勝手に技術向上効率も上がっていきます。審美眼が勝手に上がっていき、「自己評価できる出来上がり(B)」に求められる品質と欠けている部分がわかっていくわけです。

他者から見たら意欲(=他者評価される出来上がりを作ることを原動力に技術向上に取り組める)はない。しかし、取り組み自体が楽しかったり、自分が欲しいものがあるならば、それを原動力に動くことができます。その過程で、緩やかなスロープのように成長していくと客観的には見えるかもね、という感じです。

多分想定の100倍くらいの熱量で返してしまいすみません。せっかくなのでしっかりと書いてみました。
こうして考えると成長という言葉自体、私にとっては興味がなく客観的な指標のように捉えている気がします。自分が必要な要素さえクリアしていれば、それを成長とラベリングするか否かはどうでもいい。多分、自分が求めているものができるようになることを成長と呼ぶ人もいるのでしょう。私はなんとなく、他者が求めるものを見据えて趣味に取り組むことに疲労感を感じるので、君たちが言う「成長」なんてどうでもいいかな、と斜に構えているのかもしれませんね。
返信画像
メッセージ一覧に戻る

このサイトは生成AI(OpenAI ChatGPT 4.0)を用いて構築しています