カテゴリ「作品感想」に属する投稿[31件]
ポケモンZA振り返り(本当に私的な日記)
メインミッション・図鑑完成・サイドミッション完了!
アルセウス以来のポケモン、楽しかった〜!
図鑑完成はポケモンゲーム初、旅パ全員Lv.100も初めてでした。軟弱なので攻略ガン見です。お陰でエアライダーもすっきりスタートできそうです。
最近のポケモンは経験値が全員に与えられるから、上げやすくて助かります。タイプ相性とか考えずに殴って勝てるから良いですね。未だにくさ・ほのお・みず・でんき以外のタイプ相性を適当に覚えてますし、BW以降のポケモンはタイプをほとんど知りません。強いレベルで殴れば、勝てる!
さて、私の初ポケモンはクリスタルでした。レッドに1回挑戦して諦めたくらいのゆるゆるポケモン勢です。リメイクを除くとパールまでは遊んでいました。
しかし、厳選だのランクマだの、歳をとるにつれ周りのポケモンに対する意識の差が生まれていきました。みんなほど楽しめない自分が嫌で、ポケモンの新作から足が遠のいていました。
久々に手に取ったポケモンが、最推しポケモンバクフーンがいる「アルセウス」です。
ひとりでもくもくと図鑑を集めることが楽しくって、楽しくって。結局ミカルゲで挫折したので、図鑑完成には至っていませんが、「アルセウス」がポケモンの楽しさを思い出させてくれました。
本当はエアライダーに備えて、ZAをやる気がありませんでした。友人が通話でゆるく勧めてくれたので、ノリで買いました。楽しかった、ありがとうね。
ストーリーはXYをやっていないので、あまり興味が湧かず、正直読み飛ばしました。ポケモンバトルが楽しくて仕方ない。よくわからないけど、勝てばいいんだろう!?
でも、キャラクターが魅力的でした。
女性キャラで好きなのはマチエールです。モニョっとした口と可愛らしいお顔と、その愛らしい印象に反した攻めたプラグスーツがかなりカッコよかったです。
男性キャラはやっぱりカラスバです。京都弁のガラ悪いおじさんってなんであんなにカッコよく感じるのでしょうね。描きたい。人間ハシゴでたくさん落ちてごめんね。
ふたり以外のキャラクターもすごく素敵でしたね。あと人種の多さを感じました。私が遊んでいた頃のポケモンは基本的に日本人ベースでしたから。マチエールはもちろん、デウロ、ピュール、ユカリ…誰も彼もが魅力的に輝いていて、ものすごくワクワクしました。個人的に、ピュールのヲタクらしい猫背なキャラデザが好きです。
しかし、ガイは投資のセンスがないのにどうやって会社を手伝うのか、不明です。慈善事業で破産しそう。
あと、フラダリの別れのシーンで口ずさんだ「Au revoir」(フランス語でさようなら)、Duolingoでやったところだ…となり感動しました。次ドイツ聖地のポケモンが出たらやりたいですね。Auf Wiedersehen!(ドイツ語で、さようなら)
ポケモンが大人気らしい、南米モチーフがそろそろ来てもいいですね。
◆旅パ振り返り
ゲッコウガ
バクフーンの次に好きなポケモン、ゲッコウガ。スマブラで出会って惚れたので、ポケモン本編では触れたことがありませんでした。初めてポケモンの作内で旅をできて嬉しかった!素早く繰り出せるみずしゅりけんを多用しました。メガシンカの宙吊りになっている様もかっこよくて大好き!連れることができて幸せでした。
ルカリオ
私の中でケモの性癖が生まれてから、やはり逃れられずどうしても好きになってしまったポケモン。旅パのルカリオからAZさんがくれたルカリオに途中で鞍替えしています。そっちの方が、強いんだもん…。こちらもスピードアタッカーで、バレットパンチでサクッとキメるのが楽しかった。
メガニウム
私の中で、チコリータは姉のポケモンでした。姉妹兄弟間ではよくあると思うのですが、2バージョンあれば姉が選ばなかった方、御三家であれば姉と被らないものを選ばざるを得なかった。チコリータは私の中では姉のポケモンでした。(私の世代の妹は、金→ルビー→リーフグリーン→パール、という並びになるわけです)
今回、みずタイプはゆくゆくはゲッコウガを、ほのおタイプはゆくゆくはリザードンを使いたかったのでチコリータを選択しました。
何より防御・特防が強く鉄壁なのでこうかばつぐんを受けても耐えられるし、回復せずともギガドレインで回復してくれる。よく最後の砦になってくれました。
ゲッコウガやルカリオのようなスピードスターに対して、もう少しのんびり事を進めたい時に寄り添ってくれたポケモンでした。チコリータを選んでよかった!
リザードン
無印アニポケの「弱いリザードンなんていらない」※直撃世代なので、リザードンにも思い出があります。リーフグリーンだとリザードンを選んだはず。もらったポケモンということもありますし、ほのおはもちろんドラゴンタイプもでんきタイプもこなす汎用性が半端なく、成長スピードが本当に早かった。ゲッコウガについですぐにLv.100になりました。強いリザードンになれたな!
※無印アニメ ポケットモンスター136話「リザードンのたに!またあうひまで!!」より
これまでサトシの命令を無視して好き放題していたサトシの強いリザードンが、全く歯が立たない「リザードンの谷」のリザードンとの戦いに夢中になり、もっと強くなりたいと願い始めます。これまで曲がりなりにもリザードンとの絆を築いてきたサトシは複雑でしたが、「弱いリザードンなんていらない」と突き放す事でリザードンに別れを告げ、修行に向かうリザードンの背中を押します。
デンリュウ
旅パの中ではメガニウムくらいずっと一緒にいたポケモン。途中ライチュウと代わることも考えていましたが、ず〜っと活躍してくれました。やっぱり旅パに1体はでんきがほしい!メガデンリュウがモコモコで好きです。
ガブリアス
わたしのような軟弱なポケモントレーナーは、とりあえず強いらしいと言う理由でガブリアスを採用します。実際ものすごく起用率が高く、最後のジガルデ戦はほぼガブリアスだけで乗り切りました。
ジガルデ戦、「ポケモンを鍛え直して出直そう!」と言われるのだけれど、悪いのはポケモンではなく自分の(身体的)弱さなので、筋トレでもすればいいのか!?と思いました。
なんにせよ楽しかった!やっぱりどう足掻いても古のパーティになるのは仕方がないね。だって新しいポケモンのタイプ覚えられないのだから。
本当はゲンガーを採用したかったのですが、通信交換できるような友達がZAをやっておらず、断念しました。
※図鑑は非公式通信交換コードで埋めました。ありがとうグローバルなトレーナーたち。
やっぱりRPGって、ポケモンっていいですね。夢中になりました。なんだか、「体験をした」という感覚があります。リアルな世界ではないけれど、ちゃんと思い出になるだろうな、という気持ちは体験そのものです。素敵な作品でした。
カラスバで1枚くらい何か描きたいな♪と思ってます。ずっとポケモンやっていたからしばらく絵を描いていなくて、さすがに下手になってそう。リハビリから励みます!
畳む
▼はじめて図鑑を埋めた
▼旅パ。全員Lv.100

▼チコリータを選んでよかった!
▼主人公のデザイン大好きでした
メインミッション・図鑑完成・サイドミッション完了!
アルセウス以来のポケモン、楽しかった〜!
図鑑完成はポケモンゲーム初、旅パ全員Lv.100も初めてでした。軟弱なので攻略ガン見です。お陰でエアライダーもすっきりスタートできそうです。
最近のポケモンは経験値が全員に与えられるから、上げやすくて助かります。タイプ相性とか考えずに殴って勝てるから良いですね。未だにくさ・ほのお・みず・でんき以外のタイプ相性を適当に覚えてますし、BW以降のポケモンはタイプをほとんど知りません。強いレベルで殴れば、勝てる!
さて、私の初ポケモンはクリスタルでした。レッドに1回挑戦して諦めたくらいのゆるゆるポケモン勢です。リメイクを除くとパールまでは遊んでいました。
しかし、厳選だのランクマだの、歳をとるにつれ周りのポケモンに対する意識の差が生まれていきました。みんなほど楽しめない自分が嫌で、ポケモンの新作から足が遠のいていました。
久々に手に取ったポケモンが、最推しポケモンバクフーンがいる「アルセウス」です。
ひとりでもくもくと図鑑を集めることが楽しくって、楽しくって。結局ミカルゲで挫折したので、図鑑完成には至っていませんが、「アルセウス」がポケモンの楽しさを思い出させてくれました。
本当はエアライダーに備えて、ZAをやる気がありませんでした。友人が通話でゆるく勧めてくれたので、ノリで買いました。楽しかった、ありがとうね。
ストーリーはXYをやっていないので、あまり興味が湧かず、正直読み飛ばしました。ポケモンバトルが楽しくて仕方ない。よくわからないけど、勝てばいいんだろう!?
でも、キャラクターが魅力的でした。
女性キャラで好きなのはマチエールです。モニョっとした口と可愛らしいお顔と、その愛らしい印象に反した攻めたプラグスーツがかなりカッコよかったです。
男性キャラはやっぱりカラスバです。京都弁のガラ悪いおじさんってなんであんなにカッコよく感じるのでしょうね。描きたい。人間ハシゴでたくさん落ちてごめんね。
ふたり以外のキャラクターもすごく素敵でしたね。あと人種の多さを感じました。私が遊んでいた頃のポケモンは基本的に日本人ベースでしたから。マチエールはもちろん、デウロ、ピュール、ユカリ…誰も彼もが魅力的に輝いていて、ものすごくワクワクしました。個人的に、ピュールのヲタクらしい猫背なキャラデザが好きです。
しかし、ガイは投資のセンスがないのにどうやって会社を手伝うのか、不明です。慈善事業で破産しそう。
あと、フラダリの別れのシーンで口ずさんだ「Au revoir」(フランス語でさようなら)、Duolingoでやったところだ…となり感動しました。次ドイツ聖地のポケモンが出たらやりたいですね。Auf Wiedersehen!(ドイツ語で、さようなら)
ポケモンが大人気らしい、南米モチーフがそろそろ来てもいいですね。
◆旅パ振り返り
ゲッコウガ
バクフーンの次に好きなポケモン、ゲッコウガ。スマブラで出会って惚れたので、ポケモン本編では触れたことがありませんでした。初めてポケモンの作内で旅をできて嬉しかった!素早く繰り出せるみずしゅりけんを多用しました。メガシンカの宙吊りになっている様もかっこよくて大好き!連れることができて幸せでした。
ルカリオ
私の中でケモの性癖が生まれてから、やはり逃れられずどうしても好きになってしまったポケモン。旅パのルカリオからAZさんがくれたルカリオに途中で鞍替えしています。そっちの方が、強いんだもん…。こちらもスピードアタッカーで、バレットパンチでサクッとキメるのが楽しかった。
メガニウム
私の中で、チコリータは姉のポケモンでした。姉妹兄弟間ではよくあると思うのですが、2バージョンあれば姉が選ばなかった方、御三家であれば姉と被らないものを選ばざるを得なかった。チコリータは私の中では姉のポケモンでした。(私の世代の妹は、金→ルビー→リーフグリーン→パール、という並びになるわけです)
今回、みずタイプはゆくゆくはゲッコウガを、ほのおタイプはゆくゆくはリザードンを使いたかったのでチコリータを選択しました。
何より防御・特防が強く鉄壁なのでこうかばつぐんを受けても耐えられるし、回復せずともギガドレインで回復してくれる。よく最後の砦になってくれました。
ゲッコウガやルカリオのようなスピードスターに対して、もう少しのんびり事を進めたい時に寄り添ってくれたポケモンでした。チコリータを選んでよかった!
リザードン
無印アニポケの「弱いリザードンなんていらない」※直撃世代なので、リザードンにも思い出があります。リーフグリーンだとリザードンを選んだはず。もらったポケモンということもありますし、ほのおはもちろんドラゴンタイプもでんきタイプもこなす汎用性が半端なく、成長スピードが本当に早かった。ゲッコウガについですぐにLv.100になりました。強いリザードンになれたな!
※無印アニメ ポケットモンスター136話「リザードンのたに!またあうひまで!!」より
これまでサトシの命令を無視して好き放題していたサトシの強いリザードンが、全く歯が立たない「リザードンの谷」のリザードンとの戦いに夢中になり、もっと強くなりたいと願い始めます。これまで曲がりなりにもリザードンとの絆を築いてきたサトシは複雑でしたが、「弱いリザードンなんていらない」と突き放す事でリザードンに別れを告げ、修行に向かうリザードンの背中を押します。
デンリュウ
旅パの中ではメガニウムくらいずっと一緒にいたポケモン。途中ライチュウと代わることも考えていましたが、ず〜っと活躍してくれました。やっぱり旅パに1体はでんきがほしい!メガデンリュウがモコモコで好きです。
ガブリアス
わたしのような軟弱なポケモントレーナーは、とりあえず強いらしいと言う理由でガブリアスを採用します。実際ものすごく起用率が高く、最後のジガルデ戦はほぼガブリアスだけで乗り切りました。
ジガルデ戦、「ポケモンを鍛え直して出直そう!」と言われるのだけれど、悪いのはポケモンではなく自分の(身体的)弱さなので、筋トレでもすればいいのか!?と思いました。
なんにせよ楽しかった!やっぱりどう足掻いても古のパーティになるのは仕方がないね。だって新しいポケモンのタイプ覚えられないのだから。
本当はゲンガーを採用したかったのですが、通信交換できるような友達がZAをやっておらず、断念しました。
※図鑑は非公式通信交換コードで埋めました。ありがとうグローバルなトレーナーたち。
やっぱりRPGって、ポケモンっていいですね。夢中になりました。なんだか、「体験をした」という感覚があります。リアルな世界ではないけれど、ちゃんと思い出になるだろうな、という気持ちは体験そのものです。素敵な作品でした。
カラスバで1枚くらい何か描きたいな♪と思ってます。ずっとポケモンやっていたからしばらく絵を描いていなくて、さすがに下手になってそう。リハビリから励みます!
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▼はじめて図鑑を埋めた
▼旅パ。全員Lv.100

▼チコリータを選んでよかった!
▼主人公のデザイン大好きでした
UNDERTALEのオーケストラコンサート(プログラムA)に行きました
よくゲームのオケコンに行く。吹奏楽のことは何も知らないため、どれがコントラバスでどれがヴィオラだのを友人に聞くことから始まる。
思い出深いオケコンといえば逆転裁判20周年コンサートだ。
逆転裁判プレイヤーにとって最も思い出深い曲である「大江戸戦士トノサマン」の途中、指揮者がくるっと客席を向いて手拍子を煽った。素人なりに指揮者を見て、リズムに合わせながら、手拍子の音を大きくしたり小さくしたりして、楽曲に参加した。この体験がとても楽しかった。
しかし、今回のアンテのオケコンは指揮者なしだったので驚いた。しかしほとんどの場面で音が揃って綺麗に聞こえた。
速さが求められる楽曲で音が走るシーンもあったが、ひとりひとりの情念をより感じられる良いオーケストラだったと素人なりに思う。
何より、楽器がたくさんあった。たくさんの同じ楽器たちが揃って音を奏でると、こんなに迫力がある音になるのか。
壇上は見えづらかったものの、2〜3クラス分くらいの人がいたのではないだろうか。すごい。
「正義の槍」、「MEGALOVANIA」などの迫力があってテンポの早い盛り上がり曲はもちろん楽しく、興奮できた。
「メタルクラッシャー」や「華麗なる死闘」は前回のオケコンでは聴けなかった楽曲だったし、一番好きな曲である「Bergentrückung」を聴けてとても嬉しかった。
途中、ハート型のスクリーンにゲーム内の戦闘シーンが映るのだが、途中からスクリーンそっちのけで舞台の上の演奏者と楽器を見ていた。とにかく舞台上の楽器たちに心惹かれる演奏だった。
「全員、集合!」が個人的にはとても好きだ。なぜか調和が合っている指揮なしオーケストラの中、この楽曲ではものすごく自由な解放性を感じた。折々の個人のテーマが入っているのもとても楽しい。
前回のUNDERTALEのコンサート終わりは、とにかくUNDERTALEの楽曲を聴きたくなるコンサートだった。
今回はオーケストラの凄さに圧倒された。いろんなオーケストラの演奏をもっと聴いてみたい!と思えるコンサートだった。
畳む
▼うざいイヌがかわいい。
よくゲームのオケコンに行く。吹奏楽のことは何も知らないため、どれがコントラバスでどれがヴィオラだのを友人に聞くことから始まる。
思い出深いオケコンといえば逆転裁判20周年コンサートだ。
逆転裁判プレイヤーにとって最も思い出深い曲である「大江戸戦士トノサマン」の途中、指揮者がくるっと客席を向いて手拍子を煽った。素人なりに指揮者を見て、リズムに合わせながら、手拍子の音を大きくしたり小さくしたりして、楽曲に参加した。この体験がとても楽しかった。
しかし、今回のアンテのオケコンは指揮者なしだったので驚いた。しかしほとんどの場面で音が揃って綺麗に聞こえた。
速さが求められる楽曲で音が走るシーンもあったが、ひとりひとりの情念をより感じられる良いオーケストラだったと素人なりに思う。
何より、楽器がたくさんあった。たくさんの同じ楽器たちが揃って音を奏でると、こんなに迫力がある音になるのか。
壇上は見えづらかったものの、2〜3クラス分くらいの人がいたのではないだろうか。すごい。
「正義の槍」、「MEGALOVANIA」などの迫力があってテンポの早い盛り上がり曲はもちろん楽しく、興奮できた。
「メタルクラッシャー」や「華麗なる死闘」は前回のオケコンでは聴けなかった楽曲だったし、一番好きな曲である「Bergentrückung」を聴けてとても嬉しかった。
途中、ハート型のスクリーンにゲーム内の戦闘シーンが映るのだが、途中からスクリーンそっちのけで舞台の上の演奏者と楽器を見ていた。とにかく舞台上の楽器たちに心惹かれる演奏だった。
「全員、集合!」が個人的にはとても好きだ。なぜか調和が合っている指揮なしオーケストラの中、この楽曲ではものすごく自由な解放性を感じた。折々の個人のテーマが入っているのもとても楽しい。
前回のUNDERTALEのコンサート終わりは、とにかくUNDERTALEの楽曲を聴きたくなるコンサートだった。
今回はオーケストラの凄さに圧倒された。いろんなオーケストラの演奏をもっと聴いてみたい!と思えるコンサートだった。
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▼うざいイヌがかわいい。
レゼ篇を見た気持ち悪い己の感想を残したかったので残します。女性に対する性欲が苦手な人は無視してください。でも、こういうのも残した方が見返して面白いと思います。
レゼ篇見ると、所詮己は、性欲に支配された醜い人間だなと思う。戦いのシーンがすごかった、という印象は残りつつも、頭に残ったシーンは、ディープキスするレゼ、全裸でプールではしゃぐレゼ、喫茶店で近づいてくるレゼ、レゼの下アングル、あと心音を聞くマキマ。女女女。
自転車を目の前で倒して「直せ」と見下してくる女性が好きなので、タツキ先生の描く女性が好きです。アサもヨルもマキマもパワーも好き。ご自身の目的達成のためで構わないので、狡猾にこちらを褒めて、心を転がしてくれると、さらに嬉しい……。
この文章を書きながら、我ながら気持ち悪い人だなあと思う。恋愛感情に乏しいからこそ、性欲と比較すると1:5000みたいになり、このアンバランスさが気持ち悪さに拍車をかけている自覚はある。倫理観のない若いヲタクのような、苛烈な表現に対するこじれた憧れなんかも混じっているかもしれないから、さらに痛々しい。
しかし、俺は何もしていないのにこちらを好いてくれて、いたずらっぽい笑顔でこちらをからかってくる、それでいてパーソナルスペースが狭くてボディタッチしてくる、しかし狡猾で、だからこそよく笑う女性が好きすぎる。
別にこんな女性が実際いたら冷めた目で見るのだろう。SMとはサービスのSであり、信頼関係が欠かせないのだ。フィクションは、自分がなすべき信頼関係の構築を省いて、勝手に主人公と同化して興奮できるのでよい。
畳む
レゼ篇見ると、所詮己は、性欲に支配された醜い人間だなと思う。戦いのシーンがすごかった、という印象は残りつつも、頭に残ったシーンは、ディープキスするレゼ、全裸でプールではしゃぐレゼ、喫茶店で近づいてくるレゼ、レゼの下アングル、あと心音を聞くマキマ。女女女。
自転車を目の前で倒して「直せ」と見下してくる女性が好きなので、タツキ先生の描く女性が好きです。アサもヨルもマキマもパワーも好き。ご自身の目的達成のためで構わないので、狡猾にこちらを褒めて、心を転がしてくれると、さらに嬉しい……。
この文章を書きながら、我ながら気持ち悪い人だなあと思う。恋愛感情に乏しいからこそ、性欲と比較すると1:5000みたいになり、このアンバランスさが気持ち悪さに拍車をかけている自覚はある。倫理観のない若いヲタクのような、苛烈な表現に対するこじれた憧れなんかも混じっているかもしれないから、さらに痛々しい。
しかし、俺は何もしていないのにこちらを好いてくれて、いたずらっぽい笑顔でこちらをからかってくる、それでいてパーソナルスペースが狭くてボディタッチしてくる、しかし狡猾で、だからこそよく笑う女性が好きすぎる。
別にこんな女性が実際いたら冷めた目で見るのだろう。SMとはサービスのSであり、信頼関係が欠かせないのだ。フィクションは、自分がなすべき信頼関係の構築を省いて、勝手に主人公と同化して興奮できるのでよい。
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魔法少女ノ魔女裁判 レビュー②(ネタバレあり) #まのさば
長すぎる(8,000字)ので久々にWordPressの記事を書きました
https://subro36.sub.jp/wordpress/manosab...
長すぎる(8,000字)ので久々にWordPressの記事を書きました
https://subro36.sub.jp/wordpress/manosab...
魔法少女ノ魔女裁判感想⑦
※ネタバレあり。未完走者は読まないでください
#まのさば
1話:ノア←レイア
2話:ミリア←アンアン
3話:ハンナ←シェリー
4話:アリサ←メルル
5話:ナノカ←メルル&1周目ED
ーーー主人公がヒロに転換ーーー
6話:メルル←マーゴ
7話:ココ←ナノカ
8話:アンアン←ノア
アンアンがかわいくて仕方ない。ノアとのやりとりも萌え萌えでした…。
ノア、AI絵を始めてしまった絵描きのようで悲しくなってしまった。だけど、裁判中、1周目1話でもそうだったようにノアが冷静に嘘を見抜くところがすごく良かった。ノアもアンアンも少女性や幼さが魅力の子だが、アンアンが本当に箱入り娘なのに対してノアは自然体であのままであり、それもアーティスト性の一部のように感じられて良い。
トラウマがわかっていなかった、マーゴ・ナノカ・ノアの処刑が終わったので、次はハンナで確定かしら…。本当にファンディスクの様相が見えてきた。
早く終えて堂々と人に布教したいので、2周目はAutoを利用して正直かっ飛ばしている
しかし、ヒロはどんなつもりで裁判に臨んだんだ。明らかに自責があるのに対抗しだして、庇ってきたエマを糾弾せずにのっかるからびっくりした。ヒロのことが全然わからん。人格変わった?(ユキがいる?)
そしてなぜノアはなれはてにならない?謎の要素が惹きつけてくる。面白いゲーム…
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魔法少女ノ魔女裁判感想⑥
#まのさば
1話:ノア←レイア
2話:ミリア←アンアン
3話:ハンナ←シェリー
4話:アリサ←メルル
5話:ナノカ←メルル&1周目ED
ーーー主人公がヒロに転換ーーー
6話:メルル←マーゴ
7話:ココ←ナノカ
だんだんと2周目が分からなくなってきた。これは、なんというかファンディスクみたいなものなのか?全員分のトラウマとお仕置きを見るための。
ヒロの思考がエマ憎悪一直線すぎる。なぜ私はエマ殺しの手伝いを…そんなプランBも想定していない稚拙な殺害の手伝いを…。
Twitterで、まのさばファンのこと「共犯者」と言うことを知ってしまったので、いつかエマをヒロと一緒に殺すんでしょうとは思ってきたけど、あまりにヒロが直情型すぎてビビっている。
このゲーム、早く布教したい故に終わらせたくて仕方ないのでスピードアップをしてプレイしているが、殺した背景やトラウマ描写になるとじっくりと感傷にひたってしまう。ナノカの大事な人がなれはてとなっているのは察していたが、まさかずっと近くにいたなれはてだとは思っておらず驚いた。
事件自体もかなり「やることが…やることが多い!」すぎて、終わった時にはヒロの稚拙な計画をプレイヤーながら恥じてしまった。
ヒロにある意味信頼を置いていたナノカ、いいな〜。
畳む
#まのさば
1話:ノア←レイア
2話:ミリア←アンアン
3話:ハンナ←シェリー
4話:アリサ←メルル
5話:ナノカ←メルル&1周目ED
ーーー主人公がヒロに転換ーーー
6話:メルル←マーゴ
7話:ココ←ナノカ
だんだんと2周目が分からなくなってきた。これは、なんというかファンディスクみたいなものなのか?全員分のトラウマとお仕置きを見るための。
ヒロの思考がエマ憎悪一直線すぎる。なぜ私はエマ殺しの手伝いを…そんなプランBも想定していない稚拙な殺害の手伝いを…。
Twitterで、まのさばファンのこと「共犯者」と言うことを知ってしまったので、いつかエマをヒロと一緒に殺すんでしょうとは思ってきたけど、あまりにヒロが直情型すぎてビビっている。
このゲーム、早く布教したい故に終わらせたくて仕方ないのでスピードアップをしてプレイしているが、殺した背景やトラウマ描写になるとじっくりと感傷にひたってしまう。ナノカの大事な人がなれはてとなっているのは察していたが、まさかずっと近くにいたなれはてだとは思っておらず驚いた。
事件自体もかなり「やることが…やることが多い!」すぎて、終わった時にはヒロの稚拙な計画をプレイヤーながら恥じてしまった。
ヒロにある意味信頼を置いていたナノカ、いいな〜。
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魔法少女ノ魔女裁判感想⑤
※ネタバレあり。未完走者は読まないでください
#まのさば
これは6話の感想ということになる。(ヒロ起床直後くらいからスタート)
しかし、もはや6話があること自体がネタバレになってしまった。5話投稿時点では、もはや感想を続けることがネタバレになると思っていなかったよ、勘弁してください。
勝手に話数で区切っている。一応今のところ以下の通り区切っている。
1話:ノア←レイア
2話:ミリア←アンアン
3話:ハンナ←シェリー
4話:アリサ←メルル
5話:ナノカ←メルル&1周目ED
ーーー主人公がヒロに転換ーーー
6話:メルル←マーゴ
昨晩、もうすぐ終わりそうだなあと思いながら、ナノカ死亡から急いで駆け抜けた。正直、このゲームを早く終わらせたかったのだ。早くみんなの感想を知って共感したいし、大手を振ってこのゲームを布教したい。
そうしたらなんだ、2周目が始まったのだ。ヒロの起床カットが入ってきた時、友達と息を呑んだ。本当に「2周目」が始まりそうだったのでその場は2時で解散した。想像を超える状況と感情が打ち消しあったのか、1周目EDを見たにも関わらず心が凪いでよく眠れてしまった。そして今日、本当に2周目が始まった。
ものすごいゲーム体験をしている。メタ的に我々がわかっている知識と、操作キャラクターであるヒロの知識が食い違っている中、1周目で黒幕がわかっており我々と知識をほぼ共有している可能性のある佐渡ココがいる。心のどこかで、2周目をプレイしているという俯瞰的な感覚が拭えないのに、操作キャラクターの記憶がリセットされた状態で淡々と進行する、そのチグハグさが今までになかったゲーム体験である。いろんなところに疑念の種があるし、戸惑いながらゲームプレイしている。
個人的には、ダンガンロンパ1・2を一気にやらされているゲーム感覚だ。前後編じゃないのがすごい。面白すぎる。
2周目キャラクターであるヒロが、RTAでもしているのかというくらい全てを効率的に済ませる性格なのもよくできている。ノンデリすぎるところも恋愛シミュレーションRTAのようで面白い。1周目と重複するようなダルいところがあまりない。ヒロ自体がガチノンデリ自分勝手正義振り翳しヤバ女であることも面白いし、ノアやメイアといった1周目序盤で亡くなった少女たちと行動を共にしてくれるので、新鮮に楽しんでしまっている。スーパーダンガンロンパ2をやっている感覚に近いものを1本のゲームで味わっているのだ。メタ的に構造を把握しているのに、エマとは全く異なる視点での展開が面白すぎる。
あと、レイアが何をやってもギャグすぎて面白い。ヒロに目立ちたがりな性格を見抜かれているのも面白い。自分が犯人じゃないとなると途端にイキイキしちゃって、愛らしいやつだな。
そして、かつて操作していた桜羽エマが正体不明の敵のように感じられるのも面白い。1周目、それこそ20時間かけて操作してきたキャラクターであるのに、我々はエマのことをあまりに知らない。唯一知っているのは、月代ノアに選ばれた少女であり、月代ノアのいじめを見過ごした人物であるということ。疑念を抱くに十分なこの状態で、エマが被害者性を押し出して構ってもらうタイプの人間であることがヒロの口から明らかになっていく。エマのトラウマは「ひとりになること」だった。そのトラウマのカバーのために、被害者のように装うことで人を周りに集めていたのだろう。メルルが消えたこの11名の中で、最も不審に感じるのはエマである。ヒロと記憶は共有していないのに、その微妙な嫌悪感だけ一致しているのが面白い。
今回はマーゴが犯人ということになったが、疑問は残る。そして、ついに偽証も絡めた心象による処刑が始まり、冤罪処刑発生に近づいたと思う。偽証が入ってきて、今後どう動いていくか予想がつかない。ココのボイスメモなど、気になる要素もある。個人的に、裁判中はエマ・ココ・マーゴの三人が共謀して黒幕を処分したと思っていた。この三人の中だったら、真っ先に庇いそうなのはマーゴなわけだし。でも、彼女の「愛されたくない」という深層に触れたわけだがら、2周目1話の犯人として彼女は真っ当に犯人なのだろうか。この腑に落ちなさも、ゲームの期待と絡めればわくわくにしか感じない。
途中、BADENDでココの魔女ルートとナノカの魔女ルートを回収できたのも面白かった。ココのかくれんぼに対するトラウマは1周目でも扱っていたが、ナノカのトラウマに触れるのは初めてだ。手を取ろうとした時にトラウマが発動していたようだった。彼女はこの牢屋敷に復讐のために乗り込んでおり、この牢屋敷の存在も知っていた。2周目で明らかになっていくのが楽しみだ。
1周目でトラウマに対する深掘りがないのは、マーゴ・ナノカ・ハンナ・ノアになる。マーゴが殺人を犯した今、残り三人の殺害率が高まっていることになる。でもそんな簡単にいくだろうか?自分がこれまでの経験で勝手に決めた物語の面白さの上限に対する諦めと、このシナリオライター軍団なら自分の想像を超えてくるかもしれないという期待がある。正直、大オチがどうであれ、大オチに至るまでの話が面白すぎる。
ダンガンロンパは本当に面白かった。大好きなゲームだ。しかし、個人的にゲーム体験としての面白さはすでにまのさばが上回っていると思う。こんなに面白いADVがよくあったものだ。Switchに入ったら爆売れするだろうな。やっぱり私は、大オチ頼りのものよりも、途中途中が惹きつけられるミステリゲームが好きなんだな、と強く思った。
しかしまあ〜〜〜歯がゆい!!早く終わらせたいのに終わらない!早く大手を振って布教したいし、他人と感想も共有したい。でも、長いんだよこのゲーム!プレイ時間もう24.8時間だよ。ギャラリーを見ても2周目もがっつり1周目くらいのボリュームがありそう。このゲーム体験に浸っていたいけど、まだ先が遠そう。時間が無限ならいいが、このままだと3連休中に終えられないので持ち越しになる。悔しすぎる!早く終わりたいよ〜〜〜〜!!!
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※ネタバレあり。未完走者は読まないでください
#まのさば
これは6話の感想ということになる。(ヒロ起床直後くらいからスタート)
しかし、もはや6話があること自体がネタバレになってしまった。5話投稿時点では、もはや感想を続けることがネタバレになると思っていなかったよ、勘弁してください。
勝手に話数で区切っている。一応今のところ以下の通り区切っている。
1話:ノア←レイア
2話:ミリア←アンアン
3話:ハンナ←シェリー
4話:アリサ←メルル
5話:ナノカ←メルル&1周目ED
ーーー主人公がヒロに転換ーーー
6話:メルル←マーゴ
昨晩、もうすぐ終わりそうだなあと思いながら、ナノカ死亡から急いで駆け抜けた。正直、このゲームを早く終わらせたかったのだ。早くみんなの感想を知って共感したいし、大手を振ってこのゲームを布教したい。
そうしたらなんだ、2周目が始まったのだ。ヒロの起床カットが入ってきた時、友達と息を呑んだ。本当に「2周目」が始まりそうだったのでその場は2時で解散した。想像を超える状況と感情が打ち消しあったのか、1周目EDを見たにも関わらず心が凪いでよく眠れてしまった。そして今日、本当に2周目が始まった。
ものすごいゲーム体験をしている。メタ的に我々がわかっている知識と、操作キャラクターであるヒロの知識が食い違っている中、1周目で黒幕がわかっており我々と知識をほぼ共有している可能性のある佐渡ココがいる。心のどこかで、2周目をプレイしているという俯瞰的な感覚が拭えないのに、操作キャラクターの記憶がリセットされた状態で淡々と進行する、そのチグハグさが今までになかったゲーム体験である。いろんなところに疑念の種があるし、戸惑いながらゲームプレイしている。
個人的には、ダンガンロンパ1・2を一気にやらされているゲーム感覚だ。前後編じゃないのがすごい。面白すぎる。
2周目キャラクターであるヒロが、RTAでもしているのかというくらい全てを効率的に済ませる性格なのもよくできている。ノンデリすぎるところも恋愛シミュレーションRTAのようで面白い。1周目と重複するようなダルいところがあまりない。ヒロ自体がガチノンデリ自分勝手正義振り翳しヤバ女であることも面白いし、ノアやメイアといった1周目序盤で亡くなった少女たちと行動を共にしてくれるので、新鮮に楽しんでしまっている。スーパーダンガンロンパ2をやっている感覚に近いものを1本のゲームで味わっているのだ。メタ的に構造を把握しているのに、エマとは全く異なる視点での展開が面白すぎる。
あと、レイアが何をやってもギャグすぎて面白い。ヒロに目立ちたがりな性格を見抜かれているのも面白い。自分が犯人じゃないとなると途端にイキイキしちゃって、愛らしいやつだな。
そして、かつて操作していた桜羽エマが正体不明の敵のように感じられるのも面白い。1周目、それこそ20時間かけて操作してきたキャラクターであるのに、我々はエマのことをあまりに知らない。唯一知っているのは、月代ノアに選ばれた少女であり、月代ノアのいじめを見過ごした人物であるということ。疑念を抱くに十分なこの状態で、エマが被害者性を押し出して構ってもらうタイプの人間であることがヒロの口から明らかになっていく。エマのトラウマは「ひとりになること」だった。そのトラウマのカバーのために、被害者のように装うことで人を周りに集めていたのだろう。メルルが消えたこの11名の中で、最も不審に感じるのはエマである。ヒロと記憶は共有していないのに、その微妙な嫌悪感だけ一致しているのが面白い。
今回はマーゴが犯人ということになったが、疑問は残る。そして、ついに偽証も絡めた心象による処刑が始まり、冤罪処刑発生に近づいたと思う。偽証が入ってきて、今後どう動いていくか予想がつかない。ココのボイスメモなど、気になる要素もある。個人的に、裁判中はエマ・ココ・マーゴの三人が共謀して黒幕を処分したと思っていた。この三人の中だったら、真っ先に庇いそうなのはマーゴなわけだし。でも、彼女の「愛されたくない」という深層に触れたわけだがら、2周目1話の犯人として彼女は真っ当に犯人なのだろうか。この腑に落ちなさも、ゲームの期待と絡めればわくわくにしか感じない。
途中、BADENDでココの魔女ルートとナノカの魔女ルートを回収できたのも面白かった。ココのかくれんぼに対するトラウマは1周目でも扱っていたが、ナノカのトラウマに触れるのは初めてだ。手を取ろうとした時にトラウマが発動していたようだった。彼女はこの牢屋敷に復讐のために乗り込んでおり、この牢屋敷の存在も知っていた。2周目で明らかになっていくのが楽しみだ。
1周目でトラウマに対する深掘りがないのは、マーゴ・ナノカ・ハンナ・ノアになる。マーゴが殺人を犯した今、残り三人の殺害率が高まっていることになる。でもそんな簡単にいくだろうか?自分がこれまでの経験で勝手に決めた物語の面白さの上限に対する諦めと、このシナリオライター軍団なら自分の想像を超えてくるかもしれないという期待がある。正直、大オチがどうであれ、大オチに至るまでの話が面白すぎる。
ダンガンロンパは本当に面白かった。大好きなゲームだ。しかし、個人的にゲーム体験としての面白さはすでにまのさばが上回っていると思う。こんなに面白いADVがよくあったものだ。Switchに入ったら爆売れするだろうな。やっぱり私は、大オチ頼りのものよりも、途中途中が惹きつけられるミステリゲームが好きなんだな、と強く思った。
しかしまあ〜〜〜歯がゆい!!早く終わらせたいのに終わらない!早く大手を振って布教したいし、他人と感想も共有したい。でも、長いんだよこのゲーム!プレイ時間もう24.8時間だよ。ギャラリーを見ても2周目もがっつり1周目くらいのボリュームがありそう。このゲーム体験に浸っていたいけど、まだ先が遠そう。時間が無限ならいいが、このままだと3連休中に終えられないので持ち越しになる。悔しすぎる!早く終わりたいよ〜〜〜〜!!!
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魔法少女ノ魔女裁判感想④ 4話〜5話
#まのさば
終わった。「一周目」が。
言葉がまとまらない。
いや、桜羽エマには何かあると思っていた。ヒロが憎悪を抱いているから、実は加害者だということは思っていた。しかし、まさかヒロが時間遡行して2周目が始まるとは全く思ってなかった。こりゃすごいわ。まだ2周目は序盤の序盤しか始めていないが、あっぱれとしかいいようがない。
1周目大オチは、それこそ「?」も多いけど、まあそれはそれでいいかという感じだったのだ。大魔女が全く知らないユキという人物だった。誰これ?とは思う。しかし、だからといって13人の中から再生産するとそれこそダンガンロンパの二番煎じになる、と思い飲み込んだ。まさか、2周目があるなんて思わなかった。たしかに、ヒロがなぜエマを憎悪するか描かれていなかったが、もう設定資料集での回収だと思っていた。深夜2時、友達と口数少なになりながら、まあこんなもんかなあと画面を眺めていた。
たしかにgallery、全BAD回収しているのにやたら穴があるな、と思ったけど……!
アリサ・ナノカの事件もわりと満足度が高かった。670のダイイングメッセージに気付けてご満悦だった。メルルが黒幕、というのもまあたしかに予想の範囲だが、ちゃんと面白かったのだ。たしかに、大オチとしてはダンガンロンパ無印・SDR2の方がびっくりしたなとは思ったけど。こんなゲーム体験が隠されていたなんて全く思わなかった。
2周目も気になりすぎる。だって、エマがイジメ加害者だったとしても、月代がエマを選んだのは確かだから。3人が幼馴染だったのだろうか。とはいえ、ヒロがエマに復讐をしようと思っても、魔女裁判で処刑されるだけだ。どうなるだろう。
また、ナノカが「復讐」のために行動しているということも明らかになっていない。他にもトラウマが明らかになっていない少女たちがいる。ハンナ、マーゴ、ノア、ナノカたちのこのは明らかになっていない。回収するのかしら、気になるな〜〜っっ。
わたしは10/14までにやり切ってコラボカフェ行けるんでしょうか。
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#まのさば
終わった。「一周目」が。
言葉がまとまらない。
いや、桜羽エマには何かあると思っていた。ヒロが憎悪を抱いているから、実は加害者だということは思っていた。しかし、まさかヒロが時間遡行して2周目が始まるとは全く思ってなかった。こりゃすごいわ。まだ2周目は序盤の序盤しか始めていないが、あっぱれとしかいいようがない。
1周目大オチは、それこそ「?」も多いけど、まあそれはそれでいいかという感じだったのだ。大魔女が全く知らないユキという人物だった。誰これ?とは思う。しかし、だからといって13人の中から再生産するとそれこそダンガンロンパの二番煎じになる、と思い飲み込んだ。まさか、2周目があるなんて思わなかった。たしかに、ヒロがなぜエマを憎悪するか描かれていなかったが、もう設定資料集での回収だと思っていた。深夜2時、友達と口数少なになりながら、まあこんなもんかなあと画面を眺めていた。
たしかにgallery、全BAD回収しているのにやたら穴があるな、と思ったけど……!
アリサ・ナノカの事件もわりと満足度が高かった。670のダイイングメッセージに気付けてご満悦だった。メルルが黒幕、というのもまあたしかに予想の範囲だが、ちゃんと面白かったのだ。たしかに、大オチとしてはダンガンロンパ無印・SDR2の方がびっくりしたなとは思ったけど。こんなゲーム体験が隠されていたなんて全く思わなかった。
2周目も気になりすぎる。だって、エマがイジメ加害者だったとしても、月代がエマを選んだのは確かだから。3人が幼馴染だったのだろうか。とはいえ、ヒロがエマに復讐をしようと思っても、魔女裁判で処刑されるだけだ。どうなるだろう。
また、ナノカが「復讐」のために行動しているということも明らかになっていない。他にもトラウマが明らかになっていない少女たちがいる。ハンナ、マーゴ、ノア、ナノカたちのこのは明らかになっていない。回収するのかしら、気になるな〜〜っっ。
わたしは10/14までにやり切ってコラボカフェ行けるんでしょうか。
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魔法少女の魔女裁判感想③ 3話 〜処刑
#まのさば
涙をボロボロと流しながらこれを書いている。
人が死ぬ前、たしかにシェリーがハンナを殺害すれば面白いと書いたが、まさかこんなに早く行われると思わなかったし、目の前にするととても悲しい。
シェリーは常に明るかった。裁判中も意見を積極的に言い、他人の意見を積極的に受け入れて、その様がとても好きだった。空気を読まないしノンデリだが、その悪点があるからこそ「ただのいいやつ」ではなく、だからこそプレイヤーとしてもシェリーを友達のように感じられた。シェリーの明るさが大好きで、いくつかの悪点を知っていても、それも彼女の性格だと受け入れちゃうような、まさしく友達に感じる心をシェリーに抱いていた。
ハンナのことももっと知りたかった。どんどん心を砕いてくれる様が嬉しかったし、ちょろさが愛らしかった。お金がない家庭環境だったんだろうな、と想像するが、もうハンナのことを知る術がなくて悲しい。
最初こそ、両翼のいずれかは死ぬ/もしくは互いで事件を起こすと思っていたが、ゲームを進めれば進めるほど、それが遠くであればいいと祈っていたし、生存フラグっぽいものが立つ度に嬉しい気持ちになっていた。
シェリーとハンナが空を飛ぶスチルがすごく好きだ。仲の良さが伺われるし、シェリーの笑顔が本当に可愛い。(ちょっとハンナが卯月コウに似ててそこだけ面白い。金髪緑目だしね…)
このシーンのBADENDをシェリー処刑後に見返した。自由を提案するシェリーに対して、無理だと思いながらも明るく前を向くハンナの姿。この会話が、ハンナがシェリーに殺害するよう頼んだ後だと思うとさらに込み上げるものがある。
ゲストハウスを交換するというあり得なさすぎる特大トリックだが、紐解こうと思うとなかなか難しかった。一緒にプレイしている友達の発案でたまたま新旧のマップを見比べて、ゲストハウスの相違に気づかなければもっと苦戦したのではないだろうか。証拠数はそこまで多くないし、裁判も体感長く感じないのに、この充実感は本当にすごい。
しかし、いつか冤罪はあると思っていたが、まさか魔女化なしの処刑があるとは思ってもみなかった。火刑って、とてもしんどいのよね。一酸化炭素中毒により気絶して、火傷の痛みで目を覚まして…。最後に友達だと言ってくれてありがとう。
やはり、世間一般で扱うのが難しい魔法には、それなりの背景があって苦しいね…。
別に、ダンガンロンパに従ってご丁寧に6章ある必要はない。それを考えるともうすぐ終盤なのだろうか。また明日、物語を進めたい。このゲームに出会えて本当に良かったと思う。
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#まのさば
涙をボロボロと流しながらこれを書いている。
人が死ぬ前、たしかにシェリーがハンナを殺害すれば面白いと書いたが、まさかこんなに早く行われると思わなかったし、目の前にするととても悲しい。
シェリーは常に明るかった。裁判中も意見を積極的に言い、他人の意見を積極的に受け入れて、その様がとても好きだった。空気を読まないしノンデリだが、その悪点があるからこそ「ただのいいやつ」ではなく、だからこそプレイヤーとしてもシェリーを友達のように感じられた。シェリーの明るさが大好きで、いくつかの悪点を知っていても、それも彼女の性格だと受け入れちゃうような、まさしく友達に感じる心をシェリーに抱いていた。
ハンナのことももっと知りたかった。どんどん心を砕いてくれる様が嬉しかったし、ちょろさが愛らしかった。お金がない家庭環境だったんだろうな、と想像するが、もうハンナのことを知る術がなくて悲しい。
最初こそ、両翼のいずれかは死ぬ/もしくは互いで事件を起こすと思っていたが、ゲームを進めれば進めるほど、それが遠くであればいいと祈っていたし、生存フラグっぽいものが立つ度に嬉しい気持ちになっていた。
シェリーとハンナが空を飛ぶスチルがすごく好きだ。仲の良さが伺われるし、シェリーの笑顔が本当に可愛い。(ちょっとハンナが卯月コウに似ててそこだけ面白い。金髪緑目だしね…)
このシーンのBADENDをシェリー処刑後に見返した。自由を提案するシェリーに対して、無理だと思いながらも明るく前を向くハンナの姿。この会話が、ハンナがシェリーに殺害するよう頼んだ後だと思うとさらに込み上げるものがある。
ゲストハウスを交換するというあり得なさすぎる特大トリックだが、紐解こうと思うとなかなか難しかった。一緒にプレイしている友達の発案でたまたま新旧のマップを見比べて、ゲストハウスの相違に気づかなければもっと苦戦したのではないだろうか。証拠数はそこまで多くないし、裁判も体感長く感じないのに、この充実感は本当にすごい。
しかし、いつか冤罪はあると思っていたが、まさか魔女化なしの処刑があるとは思ってもみなかった。火刑って、とてもしんどいのよね。一酸化炭素中毒により気絶して、火傷の痛みで目を覚まして…。最後に友達だと言ってくれてありがとう。
やはり、世間一般で扱うのが難しい魔法には、それなりの背景があって苦しいね…。
別に、ダンガンロンパに従ってご丁寧に6章ある必要はない。それを考えるともうすぐ終盤なのだろうか。また明日、物語を進めたい。このゲームに出会えて本当に良かったと思う。
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魔法少女の魔女裁判感想② 2話 〜処刑
ダンガンロンパV3のネタバレがある。
#まのさば
※ダンガンロンパリスペクトが強いゲームなので、ダンガンロンパと比べて申し訳ない…。
このゲーム、面白っ…!教えてくれた卯月コウ、ありがとう。
大オチが何になるか分からないものの、メタ説教でもされない限り個人的には⭐︎5評価だ。
ミステリの難度が素晴らしい。ダンガンロンパみたいにすべての証拠・証言がその場に揃っているわけではないが、予め推理しておくと、裁判をより楽しめる難易度になっている。裁判中、確信を持って進められないところも出てきた。そのくらいの難度がちょうどいい。しかし、体力ゲージがないのもストレスが少ない。たしかにミステリゲーの体力ゲージってセーブ考えたらほぼ不要だなあと思った。シナリオにどっぷり浸かれる設計を大事にしていると感じる。
あと、下ネタがないのもストレスフリーかもしれない。全体の満足度を底上げしている。
◆アンアンについて
1章を通じて個人的にとても可愛がっていたので、アンアンがこれから居ないという寂しさが大きい。可愛がりすぎて頭の中からアンアンが犯人の可能性を捨てていた。まさしくV3の斬美の状態だ。(トリックはほぼわかっていたものの、頭の中から斬美を除外していたので犯人だけ分からなかった)気球を壊して欲しいと頼んだのはアンアンだろうと想像がついていたが、まさか殺人までやっているとは思わなかった。
アンアンがミリアに懐いていた様、本当に可愛かったなあ。そして、アンアンがこの屋敷に抱いていた幸せの感情に共感を抱いていたエマという図になんとも言えない気持ちになった。屋敷で久しぶりに友達を得ているエマにとって、殺したいほど憎まれていた事実は自身のトラウマを思い出させることになる。正直、エマもやがて退場する可能性を感じている…。
◆犯行について
このゲーム、魔法がちゃんと生かされているのが面白い!特にミリアの入れ替わりが最後にきちんと回収されたのがよかった。ちゃんとミリアなのに、エマの演技がすごく上手だった。
アンアンがもう取り返せないところに来ているとわかってエマを庇うミリアはとても優しくて素敵だった。
精神的支柱から亡くなっていくのはつらいなあ…
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ダンガンロンパV3のネタバレがある。
#まのさば
※ダンガンロンパリスペクトが強いゲームなので、ダンガンロンパと比べて申し訳ない…。
このゲーム、面白っ…!教えてくれた卯月コウ、ありがとう。
大オチが何になるか分からないものの、メタ説教でもされない限り個人的には⭐︎5評価だ。
ミステリの難度が素晴らしい。ダンガンロンパみたいにすべての証拠・証言がその場に揃っているわけではないが、予め推理しておくと、裁判をより楽しめる難易度になっている。裁判中、確信を持って進められないところも出てきた。そのくらいの難度がちょうどいい。しかし、体力ゲージがないのもストレスが少ない。たしかにミステリゲーの体力ゲージってセーブ考えたらほぼ不要だなあと思った。シナリオにどっぷり浸かれる設計を大事にしていると感じる。
あと、下ネタがないのもストレスフリーかもしれない。全体の満足度を底上げしている。
◆アンアンについて
1章を通じて個人的にとても可愛がっていたので、アンアンがこれから居ないという寂しさが大きい。可愛がりすぎて頭の中からアンアンが犯人の可能性を捨てていた。まさしくV3の斬美の状態だ。(トリックはほぼわかっていたものの、頭の中から斬美を除外していたので犯人だけ分からなかった)気球を壊して欲しいと頼んだのはアンアンだろうと想像がついていたが、まさか殺人までやっているとは思わなかった。
アンアンがミリアに懐いていた様、本当に可愛かったなあ。そして、アンアンがこの屋敷に抱いていた幸せの感情に共感を抱いていたエマという図になんとも言えない気持ちになった。屋敷で久しぶりに友達を得ているエマにとって、殺したいほど憎まれていた事実は自身のトラウマを思い出させることになる。正直、エマもやがて退場する可能性を感じている…。
◆犯行について
このゲーム、魔法がちゃんと生かされているのが面白い!特にミリアの入れ替わりが最後にきちんと回収されたのがよかった。ちゃんとミリアなのに、エマの演技がすごく上手だった。
アンアンがもう取り返せないところに来ているとわかってエマを庇うミリアはとても優しくて素敵だった。
精神的支柱から亡くなっていくのはつらいなあ…
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魔法少女ノ魔女裁判 1話感想
ダンガンロンパ全シリーズのネタバレがある
#まのさば
以下、本作のことをmanosaba表記
⚫︎ゲーム概要
世界を災厄に貶める「魔女」の因子を持つ13人の少女たちが屋敷に隔離された。そんな魔女因子を持つ少女たちは、ストレスが溜まると、少女たちは殺人衝動が芽生えてくるというのだ。少女たちが平穏に生きるためには、殺人衝動が芽生えた「魔女」を見つけ出して処刑しなければならない。殺人発生→捜査→裁判→処刑というダンガンロンパ方式でゲームは進む。しかし、「少女たちは魔法をひとつ使える」といった独自ルールによって違った面白さを展開する。
⚫︎おすすめする人
1章終了時点なのでなんとも言えないが、ダンガンロンパに男のキャラクターが一切いなくてもよい人は向いていると思われる。
男男で萌え萌えすることが主眼の場合、おそらく厳しい。キャラクターの幅の広さはダンガンロンパの方がある気はする。
⚫︎ゲーム感覚
ダンガンロンパリスペクト(オマージュ)が随所に感じられるものの、ルールを若干変更することで新しい面白さを生み出していることが素晴らしい。特に、「魔法」がどうしてもうまくいかない時のワンポイントの切り札として扱われていることが面白い。さらに、ダンガンロンパとは異なり、「真犯人を当てること」ではなく「意見が合致すること」により処刑が下るシステムであり、新鮮なドキドキを感じる。冤罪だったらどうしよう、そのままストーリーが進んじゃうのかな、という思いがいつもどこかに渦巻く。
ダンガンロンパを明らかに踏襲しながらも、少なくとも1章ではオリジナルでミステリを作っているのも嬉しいところ。どこかで「ダンガンロンパを知っているからこそ」裏切られるタイミングがあると期待している。
以下、ネタバレあり
⚫︎犯人
1章の犯人予想が当たった。レイア(リーダータイプメンタルバランサー)とメルル(ヒーラー)はデスゲームにおける死亡レーストップなので、早々退場は予想できる。
そしてやっぱり、どこかで冤罪が出てくる可能性を拭えないので、レイアがはっきり罪を認めてくれて助かった、ありがとうなレイア。
やはり少女たちの裏の部分、「真の願い」みたいなものが周囲の殺害動機につながっているようだ。これも今後推理する際に考えたい要素だ。
⚫︎ミステリ部分
捜査終了時にあれこれ考えたものの、犯人当てまでできずに裁判に進んだ。ただ、このくらいならもっと考えれば類推できそうだ。次の事件ではもっと考えよう!
1章はもっと易しくてもいいところだが、manosabaは難度がちょうどよかった。
加えて、裁判中の導き方も無駄がなく丁寧だった。裁判パートで明らかになる真相のパーツに無駄がない。ダイイングメッセージの特定、狂気の特定、死亡時間帯の特定、アリバイの特定…など順を追って進んでいく。どの少女も生産的な議論をしているのが良い。プレイ時間を追求すると、遊びの余地を作るために、本筋から逸れる生産的じゃない発言が増える作品もある中、manosaba 1章にはそれがほぼなかった。ダレずにわくわくしながら、予想を立てては潰しながら裁判を進められた。
もちろん、リボン以外の部分はどうやって凶器を組み立てたんだ?という謎や、どうやってレイピアとリボンを回収したんだ?という微妙な点は残るが、そこはご愛嬌で済むところだろう。
⚫︎処刑部分
スチル2枚と差分で表現している。比較してしまうと、やっぱりダンガンロンパの処刑映像の衝撃と惨さはすごかったとも思う。しかし、スチル絵が綺麗なので嬉しい。グロテスクな表現は元々得意な方ではないので、ある意味助かっている。
⚫︎今後気になる要素
・黒幕
ナノカが黒幕の存在を指摘をしたところで終えている。ダンガンロンパ方式で言えばヒロだが、さすがに違うと信じたい。13人の中にいるとしたら、無自覚なエマの可能性がシンプルに高い。
・屋敷に住み着く魔法
随所で、屋敷に霊魂の類や魔法の類が残っていることが見受けられる。
すでに死亡した人物の魔法が憑いているのか、もしくは今回招聘された13人の少女の中でテレパシ能力を持つものがおり、エマに甘言を与えているのか。
・処刑されたなれのはて/処刑されなかった魔法少女(大魔女を見つけ「呪い」を解いた少女)
なれのはては地下に幽閉されるようだ。つまり、生きている。与し易いなれのはては看守になっているが、それ以外はどうだろう。みんなの囚人番号は600番代だが、600名以上のなれのはてが地下にいるとは考えにくい。
・序盤で、魔女を見つけたら「呪い」が解けると言っていた。つまり、彼女たちの魔法は真の願いをもとにした呪いか?
・エマの真相
そうなるとエマの真の願い≒魔法が気になるところだ。二重人格の可能性も高くなっているが、果たして。
⚫︎好きなシステム
・BAD END
BAD ENDをあえて踏むことで少しずつ大謎のヒントが集まっていっているようで面白い。正直、重要分岐マークがありがたい。たまに、これを真面目に選んでこんなオチだったらとほほ〜!ってなる場合もあるため。自分で自覚的にBAD ENDを踏みにいけるのはとてもいいね。
追記
⚫︎キャラクター印象
・エマ:二重人格っぽさを孕んでいて怪しいってまだ思っているからな!
・シェリー:場を明るくするし、誤った意見を一度飲むということもできるコミュニケーター。えらい!よっ5章死亡筆頭!
・ハンナ:かわいいし仲間思い。レイアにシンプルに見下されていそうなのは可哀想だった。
・レイア:この手のかっこいい女子、初対面好感度高いんだけど、だいたい私の中で一番になりきれず、ランキングにすると4〜5位にいがち。
ふと思ったけど、他担・他のファンが舞台に行っても一定時間レイアに視線奪われてしまうの悔しいだろうな…
自供ありがとう。
・マーゴ:15歳でえっちなお姉さんやってて面白いけど、逆に15歳でえっちな様相が自分の鎧になりうるという選択を出来る環境で育っていそうで怖い
・ミリア:見た目は可愛い。ちょいちょいおじさんっぽいポーズしているのも良い。死にそう😢
・アンアン:かわいい。私は刺激臭人間が同室だったら神絵師でも我慢できないかも。えらい!使役が「殺害させる」方にも使えそうで怖い。
・ノア:無垢。マーゴが「蝶には不死って意味があって」とか言ってたけど、作者はそんな考えてないと思うよ
・アリサ:更生が早すぎると死ぬぞ!懲罰房に行くときに無抵抗だったこと、懲罰を受けた後も態度が変わらないことが気になる。バルーンのファンなの、いいわねぇ
・ナノカ:き、霧切さん!?
・メルル:裁判中ずっと「最原くん!」って呼んでた。あなたなら自分で発言できるよ。
・ココ:顔が好みすぎるのか、映るたびに可愛いと言っていた。友人に好きすぎるだろと言われた。性格はそんなに…だが、女性キャラクターは見た目で好きになるタチなので、仕方がない
・ヒロ:今後、スチルあるといいね。
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ダンガンロンパ全シリーズのネタバレがある
#まのさば
以下、本作のことをmanosaba表記
⚫︎ゲーム概要
世界を災厄に貶める「魔女」の因子を持つ13人の少女たちが屋敷に隔離された。そんな魔女因子を持つ少女たちは、ストレスが溜まると、少女たちは殺人衝動が芽生えてくるというのだ。少女たちが平穏に生きるためには、殺人衝動が芽生えた「魔女」を見つけ出して処刑しなければならない。殺人発生→捜査→裁判→処刑というダンガンロンパ方式でゲームは進む。しかし、「少女たちは魔法をひとつ使える」といった独自ルールによって違った面白さを展開する。
⚫︎おすすめする人
1章終了時点なのでなんとも言えないが、ダンガンロンパに男のキャラクターが一切いなくてもよい人は向いていると思われる。
男男で萌え萌えすることが主眼の場合、おそらく厳しい。キャラクターの幅の広さはダンガンロンパの方がある気はする。
⚫︎ゲーム感覚
ダンガンロンパリスペクト(オマージュ)が随所に感じられるものの、ルールを若干変更することで新しい面白さを生み出していることが素晴らしい。特に、「魔法」がどうしてもうまくいかない時のワンポイントの切り札として扱われていることが面白い。さらに、ダンガンロンパとは異なり、「真犯人を当てること」ではなく「意見が合致すること」により処刑が下るシステムであり、新鮮なドキドキを感じる。冤罪だったらどうしよう、そのままストーリーが進んじゃうのかな、という思いがいつもどこかに渦巻く。
ダンガンロンパを明らかに踏襲しながらも、少なくとも1章ではオリジナルでミステリを作っているのも嬉しいところ。どこかで「ダンガンロンパを知っているからこそ」裏切られるタイミングがあると期待している。
以下、ネタバレあり
⚫︎犯人
1章の犯人予想が当たった。レイア(リーダータイプメンタルバランサー)とメルル(ヒーラー)はデスゲームにおける死亡レーストップなので、早々退場は予想できる。
そしてやっぱり、どこかで冤罪が出てくる可能性を拭えないので、レイアがはっきり罪を認めてくれて助かった、ありがとうなレイア。
やはり少女たちの裏の部分、「真の願い」みたいなものが周囲の殺害動機につながっているようだ。これも今後推理する際に考えたい要素だ。
⚫︎ミステリ部分
捜査終了時にあれこれ考えたものの、犯人当てまでできずに裁判に進んだ。ただ、このくらいならもっと考えれば類推できそうだ。次の事件ではもっと考えよう!
1章はもっと易しくてもいいところだが、manosabaは難度がちょうどよかった。
加えて、裁判中の導き方も無駄がなく丁寧だった。裁判パートで明らかになる真相のパーツに無駄がない。ダイイングメッセージの特定、狂気の特定、死亡時間帯の特定、アリバイの特定…など順を追って進んでいく。どの少女も生産的な議論をしているのが良い。プレイ時間を追求すると、遊びの余地を作るために、本筋から逸れる生産的じゃない発言が増える作品もある中、manosaba 1章にはそれがほぼなかった。ダレずにわくわくしながら、予想を立てては潰しながら裁判を進められた。
もちろん、リボン以外の部分はどうやって凶器を組み立てたんだ?という謎や、どうやってレイピアとリボンを回収したんだ?という微妙な点は残るが、そこはご愛嬌で済むところだろう。
⚫︎処刑部分
スチル2枚と差分で表現している。比較してしまうと、やっぱりダンガンロンパの処刑映像の衝撃と惨さはすごかったとも思う。しかし、スチル絵が綺麗なので嬉しい。グロテスクな表現は元々得意な方ではないので、ある意味助かっている。
⚫︎今後気になる要素
・黒幕
ナノカが黒幕の存在を指摘をしたところで終えている。ダンガンロンパ方式で言えばヒロだが、さすがに違うと信じたい。13人の中にいるとしたら、無自覚なエマの可能性がシンプルに高い。
・屋敷に住み着く魔法
随所で、屋敷に霊魂の類や魔法の類が残っていることが見受けられる。
すでに死亡した人物の魔法が憑いているのか、もしくは今回招聘された13人の少女の中でテレパシ能力を持つものがおり、エマに甘言を与えているのか。
・処刑されたなれのはて/処刑されなかった魔法少女(大魔女を見つけ「呪い」を解いた少女)
なれのはては地下に幽閉されるようだ。つまり、生きている。与し易いなれのはては看守になっているが、それ以外はどうだろう。みんなの囚人番号は600番代だが、600名以上のなれのはてが地下にいるとは考えにくい。
・序盤で、魔女を見つけたら「呪い」が解けると言っていた。つまり、彼女たちの魔法は真の願いをもとにした呪いか?
・エマの真相
そうなるとエマの真の願い≒魔法が気になるところだ。二重人格の可能性も高くなっているが、果たして。
⚫︎好きなシステム
・BAD END
BAD ENDをあえて踏むことで少しずつ大謎のヒントが集まっていっているようで面白い。正直、重要分岐マークがありがたい。たまに、これを真面目に選んでこんなオチだったらとほほ〜!ってなる場合もあるため。自分で自覚的にBAD ENDを踏みにいけるのはとてもいいね。
追記
⚫︎キャラクター印象
・エマ:二重人格っぽさを孕んでいて怪しいってまだ思っているからな!
・シェリー:場を明るくするし、誤った意見を一度飲むということもできるコミュニケーター。えらい!よっ5章死亡筆頭!
・ハンナ:かわいいし仲間思い。レイアにシンプルに見下されていそうなのは可哀想だった。
・レイア:この手のかっこいい女子、初対面好感度高いんだけど、だいたい私の中で一番になりきれず、ランキングにすると4〜5位にいがち。
ふと思ったけど、他担・他のファンが舞台に行っても一定時間レイアに視線奪われてしまうの悔しいだろうな…
自供ありがとう。
・マーゴ:15歳でえっちなお姉さんやってて面白いけど、逆に15歳でえっちな様相が自分の鎧になりうるという選択を出来る環境で育っていそうで怖い
・ミリア:見た目は可愛い。ちょいちょいおじさんっぽいポーズしているのも良い。死にそう😢
・アンアン:かわいい。私は刺激臭人間が同室だったら神絵師でも我慢できないかも。えらい!使役が「殺害させる」方にも使えそうで怖い。
・ノア:無垢。マーゴが「蝶には不死って意味があって」とか言ってたけど、作者はそんな考えてないと思うよ
・アリサ:更生が早すぎると死ぬぞ!懲罰房に行くときに無抵抗だったこと、懲罰を受けた後も態度が変わらないことが気になる。バルーンのファンなの、いいわねぇ
・ナノカ:き、霧切さん!?
・メルル:裁判中ずっと「最原くん!」って呼んでた。あなたなら自分で発言できるよ。
・ココ:顔が好みすぎるのか、映るたびに可愛いと言っていた。友人に好きすぎるだろと言われた。性格はそんなに…だが、女性キャラクターは見た目で好きになるタチなので、仕方がない
・ヒロ:今後、スチルあるといいね。
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魔法少女ノ魔女裁判感想① 1話捜査パート直前 生死予想
(ダンガンロンパ全シリーズのネタバレを含む)
#まのさば
あえてダンガンロンパを踏襲して彷彿とさせる部分がありつつも、魔法をトリックとして利用可能・本人の意思に反して殺害衝動が芽生えるといった要素を加えており、裏切られるのが楽しみなゲーム。
ダンガンロンパで一番好きな部分は、裁判前の操作パートで全ての証拠が揃っており、裁判前に推理可能なところなので、そこを踏襲してくれていたら嬉しい!と思いつつ、少女の行く末が単純に気になりもする。
エマ、ハンナ、アリサ、ココが私の生存予測だ。
あと、わざわざ犯人がいない場合の規定もあることから、自ら命を断つ枠もいるだろうと見ている。
⚫︎桜羽エマ(予測:生存)
魔法予想:大量殺戮系統、もしくは時間遡行
赤松さんになるには謎が多いので、生存。イジメをトラウマにしている。しかし、とても裏がありそうなキャラクター。
・イジメの主犯(?)であるヒロに懐いている
・看守の殺害をヒロが試みる前のやり取りで、明らかにエマに殺意がある描写からいきなり看守にターゲットが急変更された
・ヒロは正義を標榜している
・中学時代は「失敗した」と表現している
イジメのきっかけとなったエマの不正義行為があったのでは?と思っている。イジメに正当な理由をつけるのは難しいので、相当な加害性のある魔法を持っている可能性を見ている。
⚫︎二階堂ヒロ(予想:死亡)
魔法予想:扇動系統
いくら死に方が江ノ島盾子すぎるからと言ってここから生存は考えにくい。やたらダンガンロンパオマージュが多いので、生存者がいる場合もミスリードとして働きそう。そう考えると天海枠の方が近いだろう。
いずれにせよ、エマの謎を解き明かすキーとなる存在。
もし魔法が扇動の系統であれば、われさきにと正義を標榜して動くのもわかる。
⚫︎夏目アンアン(予想:殺人による死亡→メルル)
魔法予想:声帯模写・音による破壊
喋ることができないことや、同室ストレスの類推からノア殺害の疑いがかけられることは必至だが、ここでは犯人ではないのだろう。そうなると縁ができるのは看病してくれたメルルなので、メルルと一悶着あるだろうと予想。
⚫︎城ヶ崎ノア(死亡←レイア)
魔法:液体操作
ノアの死亡が判明した時点でこのメモを書いている。OPで1話の死亡者がわかるところもダンガンロンパパロディを感じる。このままスチルは死亡描写だけなのだろうか…
魔法は液体操作なので、血を操作できることも予測できる範囲。何か証拠に残っているかも。
⚫︎蓮見レイア(予想:殺人による死亡→ノア)
魔法予想:電気
場の方向を指し示すリーダータイプの人間は少なくともダンガンロンパにおいては必ず死ぬ。現時点で証拠は皆無だが、ノアを殺した犯人だと思っている。いずれにせよすでにスチルが提示されていることからみても、序盤で殺害しそう。キルミに近いものを感じている。
魔法が魅了っぽいの、ミスリードを狙っている気がする。もし魅了であれば、ハンナと同様のレベルで他もレイアにメロっていないと説明がつかない。ノアを殺害した前提、かつ液体との相性を踏まえて雷系と予測。
⚫︎佐伯ミリア(予想:殺されて死亡←マーゴ)
魔法予想:変化
初台詞から私の中の男の娘レーダーが反応した娘。そうしたら一人称がおじさんでびっくりした。年齢を重ねた男性が変化しているか、一時期年齢を重ねた男性として生きてきたのだろう。不二咲を彷彿とさせるが、自らを変化させるタイプの魔法であれば他に疑いをかけやすい。
⚫︎宝生マーゴ(予想:殺害して死亡→ミリア)
魔法予想:幻覚
15歳の子供がエッチなお姉さんを演じていて面白い。ミリアが自らをおじさんと称する理由に一番早く気づきそうだが、ミリアが歳を重ねていると仮定すると、一歩上をいかれそうだ。いずれにせよペアとしてわかりやすいので、マーゴ⇔ミリアで何かありそう。
⚫︎黒部ナノカ(予想:殺されて死亡←シェリー) 魔法予想:探知
配給された髪のリボンにも関わらず、盗人を探し争うことから、自他境界意識が異常に高い気がする。序盤はボウガンだったが、屋敷のモノを正確に把握していそう。
配給されているのだから髪のリボンそのものにこだわる必要はないはず。個別に認識しているなら探知系がありうると予想。
⚫︎紫藤アリサ(予想:生存)
魔法:発火
序盤のコミュニケーションエラー枠は絆を知って生存する。死亡予想の中ならミリアと相性が良さそう。
⚫︎橘シェリー(予想:殺害による死亡→ナノカ/ハンナ)
魔法:怪力
5章で死ぬなら橘シェリーだろう。明るく主人公を励ます両翼は、片方は死ぬものだから。
一方で、SDR2方式で、シェリーがハンナを殺すのも面白いのではとも思う。
⚫︎遠野ハンナ(予想:生存/もしくはシェリーによる殺害)
魔法:浮遊
エマ・シェリー・ハンナが3人セットの信号機とするならば、両翼の片方は死んで片方は生き残るものだ。ハンナはBAD ENDで魔女に化していることから、今後魔女化したときの楽しみが少し減っているため、生き残る気がしている。
食事の粗雑さや衣服への執着から、実際は貧乏育ちなのだろう。
⚫︎沢渡ココ(予想:生存)
魔法予想:拘束
秘密子のようなちょっと抜けている役は生存して欲しいところ。一方、配信をするという個性がついていることから、配信によって疑いをかけられるタイプのトリックにかけられそう。
魔法のような能力を持っていたら配信ですぐ見せびらかしそうな性格であることからみても、現実世界で既に事件を起こしている可能性もある。
⚫︎氷上メルル(予想:殺されて死亡←アンアン)
魔法:治癒
ヒーラー役がデスゲームで生き残ることがない。しかもこの子だけ単部屋。罪木枠なら殺害枠だが、なんとなく被害者枠に入れた。
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(ダンガンロンパ全シリーズのネタバレを含む)
#まのさば
あえてダンガンロンパを踏襲して彷彿とさせる部分がありつつも、魔法をトリックとして利用可能・本人の意思に反して殺害衝動が芽生えるといった要素を加えており、裏切られるのが楽しみなゲーム。
ダンガンロンパで一番好きな部分は、裁判前の操作パートで全ての証拠が揃っており、裁判前に推理可能なところなので、そこを踏襲してくれていたら嬉しい!と思いつつ、少女の行く末が単純に気になりもする。
エマ、ハンナ、アリサ、ココが私の生存予測だ。
あと、わざわざ犯人がいない場合の規定もあることから、自ら命を断つ枠もいるだろうと見ている。
⚫︎桜羽エマ(予測:生存)
魔法予想:大量殺戮系統、もしくは時間遡行
赤松さんになるには謎が多いので、生存。イジメをトラウマにしている。しかし、とても裏がありそうなキャラクター。
・イジメの主犯(?)であるヒロに懐いている
・看守の殺害をヒロが試みる前のやり取りで、明らかにエマに殺意がある描写からいきなり看守にターゲットが急変更された
・ヒロは正義を標榜している
・中学時代は「失敗した」と表現している
イジメのきっかけとなったエマの不正義行為があったのでは?と思っている。イジメに正当な理由をつけるのは難しいので、相当な加害性のある魔法を持っている可能性を見ている。
⚫︎二階堂ヒロ(予想:死亡)
魔法予想:扇動系統
いくら死に方が江ノ島盾子すぎるからと言ってここから生存は考えにくい。やたらダンガンロンパオマージュが多いので、生存者がいる場合もミスリードとして働きそう。そう考えると天海枠の方が近いだろう。
いずれにせよ、エマの謎を解き明かすキーとなる存在。
もし魔法が扇動の系統であれば、われさきにと正義を標榜して動くのもわかる。
⚫︎夏目アンアン(予想:殺人による死亡→メルル)
魔法予想:声帯模写・音による破壊
喋ることができないことや、同室ストレスの類推からノア殺害の疑いがかけられることは必至だが、ここでは犯人ではないのだろう。そうなると縁ができるのは看病してくれたメルルなので、メルルと一悶着あるだろうと予想。
⚫︎城ヶ崎ノア(死亡←レイア)
魔法:液体操作
ノアの死亡が判明した時点でこのメモを書いている。OPで1話の死亡者がわかるところもダンガンロンパパロディを感じる。このままスチルは死亡描写だけなのだろうか…
魔法は液体操作なので、血を操作できることも予測できる範囲。何か証拠に残っているかも。
⚫︎蓮見レイア(予想:殺人による死亡→ノア)
魔法予想:電気
場の方向を指し示すリーダータイプの人間は少なくともダンガンロンパにおいては必ず死ぬ。現時点で証拠は皆無だが、ノアを殺した犯人だと思っている。いずれにせよすでにスチルが提示されていることからみても、序盤で殺害しそう。キルミに近いものを感じている。
魔法が魅了っぽいの、ミスリードを狙っている気がする。もし魅了であれば、ハンナと同様のレベルで他もレイアにメロっていないと説明がつかない。ノアを殺害した前提、かつ液体との相性を踏まえて雷系と予測。
⚫︎佐伯ミリア(予想:殺されて死亡←マーゴ)
魔法予想:変化
初台詞から私の中の男の娘レーダーが反応した娘。そうしたら一人称がおじさんでびっくりした。年齢を重ねた男性が変化しているか、一時期年齢を重ねた男性として生きてきたのだろう。不二咲を彷彿とさせるが、自らを変化させるタイプの魔法であれば他に疑いをかけやすい。
⚫︎宝生マーゴ(予想:殺害して死亡→ミリア)
魔法予想:幻覚
15歳の子供がエッチなお姉さんを演じていて面白い。ミリアが自らをおじさんと称する理由に一番早く気づきそうだが、ミリアが歳を重ねていると仮定すると、一歩上をいかれそうだ。いずれにせよペアとしてわかりやすいので、マーゴ⇔ミリアで何かありそう。
⚫︎黒部ナノカ(予想:殺されて死亡←シェリー) 魔法予想:探知
配給された髪のリボンにも関わらず、盗人を探し争うことから、自他境界意識が異常に高い気がする。序盤はボウガンだったが、屋敷のモノを正確に把握していそう。
配給されているのだから髪のリボンそのものにこだわる必要はないはず。個別に認識しているなら探知系がありうると予想。
⚫︎紫藤アリサ(予想:生存)
魔法:発火
序盤のコミュニケーションエラー枠は絆を知って生存する。死亡予想の中ならミリアと相性が良さそう。
⚫︎橘シェリー(予想:殺害による死亡→ナノカ/ハンナ)
魔法:怪力
5章で死ぬなら橘シェリーだろう。明るく主人公を励ます両翼は、片方は死ぬものだから。
一方で、SDR2方式で、シェリーがハンナを殺すのも面白いのではとも思う。
⚫︎遠野ハンナ(予想:生存/もしくはシェリーによる殺害)
魔法:浮遊
エマ・シェリー・ハンナが3人セットの信号機とするならば、両翼の片方は死んで片方は生き残るものだ。ハンナはBAD ENDで魔女に化していることから、今後魔女化したときの楽しみが少し減っているため、生き残る気がしている。
食事の粗雑さや衣服への執着から、実際は貧乏育ちなのだろう。
⚫︎沢渡ココ(予想:生存)
魔法予想:拘束
秘密子のようなちょっと抜けている役は生存して欲しいところ。一方、配信をするという個性がついていることから、配信によって疑いをかけられるタイプのトリックにかけられそう。
魔法のような能力を持っていたら配信ですぐ見せびらかしそうな性格であることからみても、現実世界で既に事件を起こしている可能性もある。
⚫︎氷上メルル(予想:殺されて死亡←アンアン)
魔法:治癒
ヒーラー役がデスゲームで生き残ることがない。しかもこの子だけ単部屋。罪木枠なら殺害枠だが、なんとなく被害者枠に入れた。
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都市伝説解体センターの最終話までのネタバレがあります
ノベルゲーに近い本作は、最終6話の大オチミステリーを魅力とする作品である。
正直1〜5話はかなりダレた。3話あたりで中断してしまったくらいだ。お友達に付き合っていただき、実況のようにセリフ読みすることで6話まで走り切った。しかし、1〜5話まで大オチの伏線が随所にあるのにも関わらず、集中力散漫でプレイしていたのであまり気づけなかったのは悔しいところだ。
さて、都市伝説解体センターは、匿名のマスクをかぶることで、現実では言えないことを言葉にし、フィルターバブルの中で思考が強化され、なきものをあるように伝播させる「SNSの恐ろしさ」が大きなテーマのひとつである作品だ。
当作品には「SNS調査パート」がある。調査にも用いられる便利さの一方、匿名だからこその無遠慮な意見たちを見て、プレイヤーはSNSの恐ろしさを思い出すことになる。
そんなプレイヤーは「福来あざみ」視点で物語を追うことになる。福来あざみはセンター長である廻屋渉、そして本作の黒幕である如月歩と同一人物であることが6話で明らかになる。
本作の黒幕である歩は、SNS上で殺人犯だと断じられてた結果、失意のまま自殺した兄のための復讐を図る。復讐の相手は、真の殺人犯、事件を握りつぶした警察、そしてSNSに蔓延る有象無象だ。
私は、あざみや廻屋を生み出した歩の感情を考えては、なんだか悲しい気持ちになってしまう。
主犯、警察、大衆への復讐を考えるならば、あざみや廻屋いう別人格まで作り出して捜査させる大仕掛けを作る必要はない。
主犯と警察に対しては、殺人の証拠であるHDDを電波ジャックして流せば終わりだ。大衆に対しては、GRを実行すれば復讐は完了する。
歩は、兄が自分に期待していた無垢な別人格である福来あざみを生み出す。そして、プレイヤーが「SNSの恐ろしさ」ひいては「主犯への怒り」「兄の自殺に対する同情」を感じるようにゲーム内で仕向けた上で復讐を遂げている。
自傷行為に近いとも思うし、生まれ変わっても恨みは変わらないと確信するためだとも思う……が、まだ腑に落ちる回答はない。
ただ、なんだか本作のテーマソングである奇々解体の歌詞にある、SNSや大衆への恨み辛みと嘲笑を聞くと、この遠回りな大仕掛けとの差を感じて非常に切なく感じる。
廻屋の人格を作り出してまで兄と一緒にいた頃と同じようにオカルトを楽しみたかった歩。兄の望むような無垢な人生を楽しみたかった歩。また都市伝説解体センターを営み、ジャスミンを待つ歩。その姿は、やはりどこか精神がぐちゃぐちゃであった果てのように思えてならない。歩にとって復讐のために意図的に生み出されたのではなく、人格はあるべくして生み出された……やっぱり悲劇だと感じてしまうのだ。
P.S.
セリフ読み上げやっぱり楽しいので、お友達が許してくれればまたノベルゲーやりたいなと思いました
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ノベルゲーに近い本作は、最終6話の大オチミステリーを魅力とする作品である。
正直1〜5話はかなりダレた。3話あたりで中断してしまったくらいだ。お友達に付き合っていただき、実況のようにセリフ読みすることで6話まで走り切った。しかし、1〜5話まで大オチの伏線が随所にあるのにも関わらず、集中力散漫でプレイしていたのであまり気づけなかったのは悔しいところだ。
さて、都市伝説解体センターは、匿名のマスクをかぶることで、現実では言えないことを言葉にし、フィルターバブルの中で思考が強化され、なきものをあるように伝播させる「SNSの恐ろしさ」が大きなテーマのひとつである作品だ。
当作品には「SNS調査パート」がある。調査にも用いられる便利さの一方、匿名だからこその無遠慮な意見たちを見て、プレイヤーはSNSの恐ろしさを思い出すことになる。
そんなプレイヤーは「福来あざみ」視点で物語を追うことになる。福来あざみはセンター長である廻屋渉、そして本作の黒幕である如月歩と同一人物であることが6話で明らかになる。
本作の黒幕である歩は、SNS上で殺人犯だと断じられてた結果、失意のまま自殺した兄のための復讐を図る。復讐の相手は、真の殺人犯、事件を握りつぶした警察、そしてSNSに蔓延る有象無象だ。
私は、あざみや廻屋を生み出した歩の感情を考えては、なんだか悲しい気持ちになってしまう。
主犯、警察、大衆への復讐を考えるならば、あざみや廻屋いう別人格まで作り出して捜査させる大仕掛けを作る必要はない。
主犯と警察に対しては、殺人の証拠であるHDDを電波ジャックして流せば終わりだ。大衆に対しては、GRを実行すれば復讐は完了する。
歩は、兄が自分に期待していた無垢な別人格である福来あざみを生み出す。そして、プレイヤーが「SNSの恐ろしさ」ひいては「主犯への怒り」「兄の自殺に対する同情」を感じるようにゲーム内で仕向けた上で復讐を遂げている。
自傷行為に近いとも思うし、生まれ変わっても恨みは変わらないと確信するためだとも思う……が、まだ腑に落ちる回答はない。
ただ、なんだか本作のテーマソングである奇々解体の歌詞にある、SNSや大衆への恨み辛みと嘲笑を聞くと、この遠回りな大仕掛けとの差を感じて非常に切なく感じる。
廻屋の人格を作り出してまで兄と一緒にいた頃と同じようにオカルトを楽しみたかった歩。兄の望むような無垢な人生を楽しみたかった歩。また都市伝説解体センターを営み、ジャスミンを待つ歩。その姿は、やはりどこか精神がぐちゃぐちゃであった果てのように思えてならない。歩にとって復讐のために意図的に生み出されたのではなく、人格はあるべくして生み出された……やっぱり悲劇だと感じてしまうのだ。
P.S.
セリフ読み上げやっぱり楽しいので、お友達が許してくれればまたノベルゲーやりたいなと思いました
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国宝を観ました(星3くらいのレビュー。ネタバレあり。やや吉沢亮さん低評価気味)
この作品は、喜久雄(演:吉沢亮)が「国宝」になるまでの人生を、数年単位で飛ばしながら断片的に描いている。空白期間に起きたことや抱えている感情を登場人物から状況を説明しない(モノローグがない)話の作り方がとても好きだった。断片的に切り取られた喜久雄の人生を見る中では、喜久雄とのあらゆる縁が変わるが変わる登場する。それらの縁に一時的に執着しながらも、生涯を通じて板の上という最大の依処に執着し続ける喜久雄という人物の表現にふさわしいものだった。
同じセリフや動作を繰り返す、あるいは意趣返しするギミックも良かった。特に、同じセリフや行動をしていながらも、立場が違うから昔相手にやられたようにいかない様は、登場人物を色濃く感じられてたいそう面白かった。そこも含めて、「説明しない」という描写が多く、話の構成の仕方はとても好きだった。
また、役者が演じることの生々しさや美しさ、世離れした世界を表現するカメラワークや映像の作り方が心に迫るものがあってとても良かった。
女形を演じる二人(吉沢亮、横浜流星)の美しさは凄まじく、見入るものがあった。しかし、吉沢亮は何を演じていてもずっと吉沢亮である、という印象を受けた。喜久雄を見ているというよりは、吉沢亮の演技を見ているという感が拭えない。しかしこれは、NHK大河ドラマ「青天を衝け」があまり好きでない私の色眼鏡の感想かもしれないし、役者の好みの話なのかもしれない。いろんな役を演じながらも、その俳優自体を拭わないというのも、それもまた舞台には必要な才かもしれない。
あくまで個人的な好みとして、「(吉沢亮レベルの)美しさ」という設定がないなら、同じ役を演じる森山未來とかも見てみたいなあと思った。
渡辺謙の演技は凄まじく、生々しく人間を感じてしまった。引き込まれすぎて、吐血しても舞台の幕に執着するシーンで思わず涙が出てしまった。
また、NHK大河「光る君へ」から見上愛さんが好きなので、演技を再び見ることができて良かった。
友人にこの映画を勧められた時、なぜ春江(演:高畑充希)が俊介(演:横浜流星)を選んだかわからない…というを婉曲的に伝えられた。が、そりゃ俊介を選ぶだろう。喜久雄は基本的に触れ合った縁に一時的にすがるものの、舞台ーー自分を最終的に受け止めてくれる、無機物の依処ーーにしか根本的に興味がない。序盤で復讐を止めようとする春江は、喜久雄の視界には入っていない。春江と結ばれなかった後も、藤駒(演:見上愛)と結ばれながらも、藤駒も娘も喜久雄の視界に入ることはない。プロポーズされたとて、真に愛されていることはないと理解し、それよりも人間らしい俊介に春江の心が向かったのは物語上当たり前のことではないか。娘の前で「悪魔にすべてを投げ打って歌舞伎の才を望む」と言い切る男を、理解している第三者(春江)の視点から描くことを踏まえたら、春江の選択は自然だと感じた。
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この作品は、喜久雄(演:吉沢亮)が「国宝」になるまでの人生を、数年単位で飛ばしながら断片的に描いている。空白期間に起きたことや抱えている感情を登場人物から状況を説明しない(モノローグがない)話の作り方がとても好きだった。断片的に切り取られた喜久雄の人生を見る中では、喜久雄とのあらゆる縁が変わるが変わる登場する。それらの縁に一時的に執着しながらも、生涯を通じて板の上という最大の依処に執着し続ける喜久雄という人物の表現にふさわしいものだった。
同じセリフや動作を繰り返す、あるいは意趣返しするギミックも良かった。特に、同じセリフや行動をしていながらも、立場が違うから昔相手にやられたようにいかない様は、登場人物を色濃く感じられてたいそう面白かった。そこも含めて、「説明しない」という描写が多く、話の構成の仕方はとても好きだった。
また、役者が演じることの生々しさや美しさ、世離れした世界を表現するカメラワークや映像の作り方が心に迫るものがあってとても良かった。
女形を演じる二人(吉沢亮、横浜流星)の美しさは凄まじく、見入るものがあった。しかし、吉沢亮は何を演じていてもずっと吉沢亮である、という印象を受けた。喜久雄を見ているというよりは、吉沢亮の演技を見ているという感が拭えない。しかしこれは、NHK大河ドラマ「青天を衝け」があまり好きでない私の色眼鏡の感想かもしれないし、役者の好みの話なのかもしれない。いろんな役を演じながらも、その俳優自体を拭わないというのも、それもまた舞台には必要な才かもしれない。
あくまで個人的な好みとして、「(吉沢亮レベルの)美しさ」という設定がないなら、同じ役を演じる森山未來とかも見てみたいなあと思った。
渡辺謙の演技は凄まじく、生々しく人間を感じてしまった。引き込まれすぎて、吐血しても舞台の幕に執着するシーンで思わず涙が出てしまった。
また、NHK大河「光る君へ」から見上愛さんが好きなので、演技を再び見ることができて良かった。
友人にこの映画を勧められた時、なぜ春江(演:高畑充希)が俊介(演:横浜流星)を選んだかわからない…というを婉曲的に伝えられた。が、そりゃ俊介を選ぶだろう。喜久雄は基本的に触れ合った縁に一時的にすがるものの、舞台ーー自分を最終的に受け止めてくれる、無機物の依処ーーにしか根本的に興味がない。序盤で復讐を止めようとする春江は、喜久雄の視界には入っていない。春江と結ばれなかった後も、藤駒(演:見上愛)と結ばれながらも、藤駒も娘も喜久雄の視界に入ることはない。プロポーズされたとて、真に愛されていることはないと理解し、それよりも人間らしい俊介に春江の心が向かったのは物語上当たり前のことではないか。娘の前で「悪魔にすべてを投げ打って歌舞伎の才を望む」と言い切る男を、理解している第三者(春江)の視点から描くことを踏まえたら、春江の選択は自然だと感じた。
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ウィキッド後半のネタバレ
ウィキッドの東の悪い魔女が同情でしか「善い」と持ち上げられないのが物語の装置としてすごく好き
ウィキッド、東の悪い魔女は悪いままで、彼女(ネッサ)を愛せる理由を作るなら同情しかないというのが物語に深みを与えてくれて、物語の装置として本当に好きすぎる
大衆はウィキッドを見て、西の悪い魔女に心を寄せるんだよ。観衆はウィキッドを弔うけど、東の悪い魔女は弔わないんだ。
ずっと椅子の上で可哀想だから
wickedな姉がいて可哀想だから
unacceptableな肌の色の姉がいて可哀想だから
好きな人に愛されてなくて可哀想だから
父親が自立を信じてくれなくて可哀想だから
いつも同情されて可哀想だから
だから圧政を敷いても、自分の業を姉に押し付けても仕方ないよねっていう、可哀想の差別と同情の棘しかなくって、ウィキッドの中では巨悪でもなく「善」にもなれない。
ウィキッドという重力へ逆らうストーリーの中で、愛されがたい造形になっている人間らしい様がこころのどこかで救えないままチラついてしまうのが、舞台装置として大好きすぎる。ウィキッドを我々は愛して差別に反対する心が芽生える中、同じ気持ちをネッサローズに持たないことに絶望するんだ。
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ウィキッドの東の悪い魔女が同情でしか「善い」と持ち上げられないのが物語の装置としてすごく好き
ウィキッド、東の悪い魔女は悪いままで、彼女(ネッサ)を愛せる理由を作るなら同情しかないというのが物語に深みを与えてくれて、物語の装置として本当に好きすぎる
大衆はウィキッドを見て、西の悪い魔女に心を寄せるんだよ。観衆はウィキッドを弔うけど、東の悪い魔女は弔わないんだ。
ずっと椅子の上で可哀想だから
wickedな姉がいて可哀想だから
unacceptableな肌の色の姉がいて可哀想だから
好きな人に愛されてなくて可哀想だから
父親が自立を信じてくれなくて可哀想だから
いつも同情されて可哀想だから
だから圧政を敷いても、自分の業を姉に押し付けても仕方ないよねっていう、可哀想の差別と同情の棘しかなくって、ウィキッドの中では巨悪でもなく「善」にもなれない。
ウィキッドという重力へ逆らうストーリーの中で、愛されがたい造形になっている人間らしい様がこころのどこかで救えないままチラついてしまうのが、舞台装置として大好きすぎる。ウィキッドを我々は愛して差別に反対する心が芽生える中、同じ気持ちをネッサローズに持たないことに絶望するんだ。
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ウィキッド(字幕・吹き替え)観ました(徐々に更新されるタイプのポスト)
2回連続で見たら当然5時間強は経つのだけれど、信じられないくらいあっという間だった。こんなに体感と実際の時間感覚がズレたのははじめてかもしれない。劇団四季版を見ているので、筋はわかっていたのに。不思議だ。
以下、後編含むネタバレ込み
創作における人間の不完全さを愛している。私はネッサの存在が好きだ。そしてネッサというキャラクターは好きではない。お姫様のように扱われ、誰からも同情されてしまい、「悪い」姉を持ってしまい、後に悪政を敷きながら自分に思いのない男に執着するネッサが、愚かしくて必死で惨めででもそう生きるしかなくて、好きだ。
シンシアは表情の訴えかけがすごく、特に目の演技が凄まじかった。スターダストのダンスホールで涙を浮かべるエルファバに、思わず涙した。吹き替えでも字幕でも泣いていた。そして、アリアナ・グランデはとかく振る舞いがまさしくグリンダらしくとてもキュートだった。
フィエロが本を踏み鳴らすダンスシーンはやはり物議を読んだようだ。読書嫌いにも関わらず、本が踏みつけにされることに私も嫌悪感があった。本好きではないのに不思議だ。本は人の思考の結晶、つまり脳みそであり、人を虐げているような嫌悪感があるのだろう。わたしと特に仲の良いPCやiPadが踏まれていても、壊れる心配はあれど同様の嫌悪が浮かばない。不思議だ。
しかし、本に乗ってくるりと方向転換するダンスには、思わず嫌悪感を忘れてダンスの魅力に見惚れてしまった。
衣装のディテールとシルエットがとにかく美しかった。Popular以降のエルファバの服は、色は黒のままでありながらも洗練されていくのがわかった。Popularの脚が透けて見える愛らしくもセクシーなグリンダの衣装にもすごく惹きつけられた。
エメラルドシティは美しかったが、劇団四季で観たエメラルドシティの緑の彩りの美しさか脳裏から離れない。スクリーンを見ながらステージという幅の中で幻想的なエメラルドシティを浮かび上がらせた劇団四季の舞台に賛美を送っていた。
正直、私は歌の良し悪しにめっぽう鈍感だ。歌が上手い/そこそこの二項対立の評価しか持っていない。歌が上手かった。PopularとOne Short dayとdefyning gravityが好きだ。仕事帰りに聞きながら、マスクの下で口ずさむとあっという間に仕事を忘れて陽気な気分になれる。
たとえ他人と価値観が合わずとも、己の道を真摯に貫く勇敢さが頼もしかった作品だった。わたしはそもそも恋愛パワーでなんとかなる作品が苦手だ。覚えたての言葉を使うと、強制的性愛が前提である作品に抵抗がある。ウィキッドは恋愛を含みながらも、主軸はエルファバとグリンダの間の愛情であることが何より好きだ。
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2回連続で見たら当然5時間強は経つのだけれど、信じられないくらいあっという間だった。こんなに体感と実際の時間感覚がズレたのははじめてかもしれない。劇団四季版を見ているので、筋はわかっていたのに。不思議だ。
以下、後編含むネタバレ込み
創作における人間の不完全さを愛している。私はネッサの存在が好きだ。そしてネッサというキャラクターは好きではない。お姫様のように扱われ、誰からも同情されてしまい、「悪い」姉を持ってしまい、後に悪政を敷きながら自分に思いのない男に執着するネッサが、愚かしくて必死で惨めででもそう生きるしかなくて、好きだ。
シンシアは表情の訴えかけがすごく、特に目の演技が凄まじかった。スターダストのダンスホールで涙を浮かべるエルファバに、思わず涙した。吹き替えでも字幕でも泣いていた。そして、アリアナ・グランデはとかく振る舞いがまさしくグリンダらしくとてもキュートだった。
フィエロが本を踏み鳴らすダンスシーンはやはり物議を読んだようだ。読書嫌いにも関わらず、本が踏みつけにされることに私も嫌悪感があった。本好きではないのに不思議だ。本は人の思考の結晶、つまり脳みそであり、人を虐げているような嫌悪感があるのだろう。わたしと特に仲の良いPCやiPadが踏まれていても、壊れる心配はあれど同様の嫌悪が浮かばない。不思議だ。
しかし、本に乗ってくるりと方向転換するダンスには、思わず嫌悪感を忘れてダンスの魅力に見惚れてしまった。
衣装のディテールとシルエットがとにかく美しかった。Popular以降のエルファバの服は、色は黒のままでありながらも洗練されていくのがわかった。Popularの脚が透けて見える愛らしくもセクシーなグリンダの衣装にもすごく惹きつけられた。
エメラルドシティは美しかったが、劇団四季で観たエメラルドシティの緑の彩りの美しさか脳裏から離れない。スクリーンを見ながらステージという幅の中で幻想的なエメラルドシティを浮かび上がらせた劇団四季の舞台に賛美を送っていた。
正直、私は歌の良し悪しにめっぽう鈍感だ。歌が上手い/そこそこの二項対立の評価しか持っていない。歌が上手かった。PopularとOne Short dayとdefyning gravityが好きだ。仕事帰りに聞きながら、マスクの下で口ずさむとあっという間に仕事を忘れて陽気な気分になれる。
たとえ他人と価値観が合わずとも、己の道を真摯に貫く勇敢さが頼もしかった作品だった。わたしはそもそも恋愛パワーでなんとかなる作品が苦手だ。覚えたての言葉を使うと、強制的性愛が前提である作品に抵抗がある。ウィキッドは恋愛を含みながらも、主軸はエルファバとグリンダの間の愛情であることが何より好きだ。
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劇場版忍たま乱太郎「ドクタケ忍者隊 最強の軍師」を見ました(☆2くらいの感想)
※ネタバレあり
途中めちゃくちゃ長い、めちゃくちゃ長かった、冗長な大河ドラマ見てる感じだった。
大河ドラマは歴史物なので、物語の要所の出来事がWikipediaを見ればわかるようになっている。
この人物はこの戦いで敗れる、正室はここで自害させられる、など。
要所はわかっているが、そこに至るまでの創作や演出を楽しむのが大河ドラマである。
この映画も「きり丸は土井先生と暮らしている」ということとタイトルさえ知っていれば
・土井先生がドクタケ忍者隊の軍師になって忍術学園に立ちはだかる
・最終的に救出されて忍術学園に戻る
・救出の際、おそらくきり丸を中心としたは組が関わる
くらいは想像がつく。
が、救出されると分かりきっている中、土井先生がドクタケにいることが発覚する〜救出するまでの話が果てしなく冗長に感じた。
おそらく、「救出するまでの話」に含まれている5〜6年生や大人たちのやりとりや戦闘を楽しめばよいのだが、
事前情報なく5〜6年生に萌えられるような「萌え筋」の反射神経がないと超長いし超冗長に感じた。
知らないキャラクターでも背景やキャラクターを「見出し」て萌えて感情移入できる萌え筋が私はもう衰えているのだ。
たぶん、事前情報なくこの映画の良さがわかるヲタクたちは萌え筋がちゃんと瑞々しく働いている。
※正直きり丸エピソード〜救出まで、退屈と感じていたのでそんなに記憶がない。そして両隣のヲタクが持ち込み飲食物をガサゴソしていることが気になって注意力散漫だった。
ヲタクって映画館の飲食物を買わずに、ルール違反して飲食物を持ち込むくらい貧困なんでしょうか…
救出は映画の中間から少しすぎたくらいで、その後もう一展開くらいほしかった。しかし、子供向けアニメに2転・3転の三幕構成を期待するなという感じではある。
女性向けで覇権をとっているけど、まあ別に見なくてもよかったな…という映画、ゲ謎に続いて2回目だ。
たぶん、覇権に萌えられるヲタクって、関係性やキャラクターへの萌え筋がちゃんとあるヲタクなので、もう私には…と衰えを感じるばかりだ。
そんなわけで全体の流れとしては萌え筋が廃れた賢者ヲタクにとってはnot for meだったわけだが、以下、印象に残ったことをちまちまと。
・一番かっこいいの山田先生だなと思った。大人が子供に対して配慮している様は嬉しい。
・背景描写が良かった。建築物や暮らしなど。普段大河ドラマでちょっと人物から浮いたCGを見ている分、世界観に合った画で描かれている歴史的風景がすごく良いと思った。
・忍たまの世界では忍者組織が領地を持って民を支配しているんだね。案外ドクタケ配下の城下町が発展していて、そこまで極悪じゃない様も良かった。あの時代、弱者や困窮者はどれだけ良い支配でもありそうなものなので、そこまでマイナスに感じなかったのもある。
・さすがにきり丸可愛かった。土井先生とのエピソードも良かったし、土井先生がドクタケの軍師になって記憶を失っていることを知って落ち込む様もよかった。
・正直、きり丸と土井先生との関係性でもうひと展開あっても嬉しかったな。萌えたいというより、何も知らない私にとっては分かりやすいから。でも他キャラクターも土井先生を信頼して慕っている様をたくさん詰めたかったのだろう。仕方なし。
・細々とした戦闘や戦略が忍者らしいのも面白かった。変装であったり、文を奪ったり、道具を臨機応変に使う様であったり、なにより忍んで勝つという様、すごく面白いなと感じた。
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※ネタバレあり
途中めちゃくちゃ長い、めちゃくちゃ長かった、冗長な大河ドラマ見てる感じだった。
大河ドラマは歴史物なので、物語の要所の出来事がWikipediaを見ればわかるようになっている。
この人物はこの戦いで敗れる、正室はここで自害させられる、など。
要所はわかっているが、そこに至るまでの創作や演出を楽しむのが大河ドラマである。
この映画も「きり丸は土井先生と暮らしている」ということとタイトルさえ知っていれば
・土井先生がドクタケ忍者隊の軍師になって忍術学園に立ちはだかる
・最終的に救出されて忍術学園に戻る
・救出の際、おそらくきり丸を中心としたは組が関わる
くらいは想像がつく。
が、救出されると分かりきっている中、土井先生がドクタケにいることが発覚する〜救出するまでの話が果てしなく冗長に感じた。
おそらく、「救出するまでの話」に含まれている5〜6年生や大人たちのやりとりや戦闘を楽しめばよいのだが、
事前情報なく5〜6年生に萌えられるような「萌え筋」の反射神経がないと超長いし超冗長に感じた。
知らないキャラクターでも背景やキャラクターを「見出し」て萌えて感情移入できる萌え筋が私はもう衰えているのだ。
たぶん、事前情報なくこの映画の良さがわかるヲタクたちは萌え筋がちゃんと瑞々しく働いている。
※正直きり丸エピソード〜救出まで、退屈と感じていたのでそんなに記憶がない。そして両隣のヲタクが持ち込み飲食物をガサゴソしていることが気になって注意力散漫だった。
ヲタクって映画館の飲食物を買わずに、ルール違反して飲食物を持ち込むくらい貧困なんでしょうか…
救出は映画の中間から少しすぎたくらいで、その後もう一展開くらいほしかった。しかし、子供向けアニメに2転・3転の三幕構成を期待するなという感じではある。
女性向けで覇権をとっているけど、まあ別に見なくてもよかったな…という映画、ゲ謎に続いて2回目だ。
たぶん、覇権に萌えられるヲタクって、関係性やキャラクターへの萌え筋がちゃんとあるヲタクなので、もう私には…と衰えを感じるばかりだ。
そんなわけで全体の流れとしては萌え筋が廃れた賢者ヲタクにとってはnot for meだったわけだが、以下、印象に残ったことをちまちまと。
・一番かっこいいの山田先生だなと思った。大人が子供に対して配慮している様は嬉しい。
・背景描写が良かった。建築物や暮らしなど。普段大河ドラマでちょっと人物から浮いたCGを見ている分、世界観に合った画で描かれている歴史的風景がすごく良いと思った。
・忍たまの世界では忍者組織が領地を持って民を支配しているんだね。案外ドクタケ配下の城下町が発展していて、そこまで極悪じゃない様も良かった。あの時代、弱者や困窮者はどれだけ良い支配でもありそうなものなので、そこまでマイナスに感じなかったのもある。
・さすがにきり丸可愛かった。土井先生とのエピソードも良かったし、土井先生がドクタケの軍師になって記憶を失っていることを知って落ち込む様もよかった。
・正直、きり丸と土井先生との関係性でもうひと展開あっても嬉しかったな。萌えたいというより、何も知らない私にとっては分かりやすいから。でも他キャラクターも土井先生を信頼して慕っている様をたくさん詰めたかったのだろう。仕方なし。
・細々とした戦闘や戦略が忍者らしいのも面白かった。変装であったり、文を奪ったり、道具を臨機応変に使う様であったり、なにより忍んで勝つという様、すごく面白いなと感じた。
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パナソニック汐留美術館で開催中のル・コルビュジエ「諸芸術の綜合」に行きました。
抽象絵画の好みの話と、「言語化」の話。
ル・コルビュジエは近代建築の当たり前を築いた建築家です。「住宅は住むための機械である」と残した通り、機能性を重視したモダニズム建築家です。具体的には国立西洋美術館の建築家です。
この展覧会は、ル・コルビュジエが残した絵画やモチーフを並べていて、建築家で有名なル・コルビュジエを綜合的に見ていきましょうというものです。
(「モダン」とは現代的という意味なのにも関わらず、なんだか一昔前の感覚があります。
19世紀半ば〜20世紀の機能的なデザインを「モダンデザイン」と当時の人が名付けてしまったの、自信満々すぎる。もう「現代」に更新がないような評論っぷり。
その後のちょっと遊んだデザインを「ポストモダン」と言います。成果物_final_end_last.psd?)
いや〜、わからなかった、ル・コルビュジエの絵画の良さが…。
唯一オッと惹かれた絵があったと思ったら、ワシリー・カンディンスキーの作品でした。
ル・コルビュジエ見に行った理由としては、私は自分(と人間)の「快」に興味があるためです。
人間、快く過ごしてくれ、と思っている。仕事は本当にやりたくないのだが、仕事せざるを得ないならば、人間が快く過ごす仕組みを作りたいと思っている。
そして、少なくとも私にとっての「快」を感じるひとつがモダンデザインと呼ばれる製作物である、とカラーコーディネーター検定の勉強で思い至りました。
モダニズム建築の大家であるル・コルビュジエの展覧会を覗けば「快」がわかるかもと期待してと足を運びました。
結局、ル・コルビュジエ自身の作品の良さは私にはわからなかったものの、
ワシリー・カンディンスキーの絵はいいなと思った。
でも、言語化できない。ル・コルビュジエの抽象絵画には無関心で、ワシリー・カンディンスキーの抽象絵画に心惹かれた理由が。
少し変わるが、わたしの根本には、岡本太郎がいる。川崎市民は岡本太郎を小学校教育で一度は通る。小学校6年生の時には、何点かの作品から模写をする課題を与えられる。
岡本太郎の作品がかなり好きだ。渋谷で「明日の神話」を見るたびに少し心が暖かくなる。でも、岡本太郎だってド・抽象絵画だ。
私は周囲を見てもわりと言語化をよくする人間で、言語化を避ける人の心があまりよくわからなかった。
今日、ル・コルビュジエの抽象絵画と、ワシリー・カンディンスキーの抽象絵画と、心の中の岡本太郎を比較した時、心からこの感情は言語化「できない」だろうなと感じた。
第一に、「快」とは私の審美眼では測れない外側にも広がっている。デザイナーが直す1mmの違和感を、私は認知できないので測れない。
ル・コルビュジエが抽象絵画で表した彼自身の「快」は、きっと彼の建築デザインに「快」として埋まっている。私は消費者として、ル・コルビュジエの作った建築の「快」を受け取れるけれど、彼の「快」の仕組みを、それこそ抽象絵画から受け取れるほどのスキルは今はない。
第二に、言語化というのは他者での再現性を確保するための高度な技術なのだ。そう簡単に言語化(視覚化/数式化)できたなら、ル・コルビュジエじゃなくてもモデュロール
(建造物の基準寸法)を作れるはずだ。感じたものを認知できるようにするのは、それだけ高度な行為で、生半可だと言語にすることで漏れてしまうこともあるのだ。
とはいえ、私は言語化、というより思考を深めることを諦めたくはない。
ル・コルビュジエの抽象絵画で感じたことと、ワシリー・カンディンスキーの抽象絵画で感じたこの差異の違和感を思考した。たとえこれが私の違和感の一部でないにしろ、構わない。
言語化というのは、一瞬で到達する必要はない。しかし、あらゆる時点で言語化して楔を打っておかなければ、また別の思考をした時にダシにすることができない。私の記憶は脆く儚く、言語化で留めておかなければ、次の発展的思考はない。
▼図版を買うか迷い、いやしかし別に絵画好きじゃなかったな、とル・コルビュジエの建築物の特集が組まれたモックと、今回の展覧会で一番気に入ったワシリー・カンディンスキーのポストカードを買いました。

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抽象絵画の好みの話と、「言語化」の話。
ル・コルビュジエは近代建築の当たり前を築いた建築家です。「住宅は住むための機械である」と残した通り、機能性を重視したモダニズム建築家です。具体的には国立西洋美術館の建築家です。
この展覧会は、ル・コルビュジエが残した絵画やモチーフを並べていて、建築家で有名なル・コルビュジエを綜合的に見ていきましょうというものです。
(「モダン」とは現代的という意味なのにも関わらず、なんだか一昔前の感覚があります。
19世紀半ば〜20世紀の機能的なデザインを「モダンデザイン」と当時の人が名付けてしまったの、自信満々すぎる。もう「現代」に更新がないような評論っぷり。
その後のちょっと遊んだデザインを「ポストモダン」と言います。成果物_final_end_last.psd?)
いや〜、わからなかった、ル・コルビュジエの絵画の良さが…。
唯一オッと惹かれた絵があったと思ったら、ワシリー・カンディンスキーの作品でした。
ル・コルビュジエ見に行った理由としては、私は自分(と人間)の「快」に興味があるためです。
人間、快く過ごしてくれ、と思っている。仕事は本当にやりたくないのだが、仕事せざるを得ないならば、人間が快く過ごす仕組みを作りたいと思っている。
そして、少なくとも私にとっての「快」を感じるひとつがモダンデザインと呼ばれる製作物である、とカラーコーディネーター検定の勉強で思い至りました。
モダニズム建築の大家であるル・コルビュジエの展覧会を覗けば「快」がわかるかもと期待してと足を運びました。
結局、ル・コルビュジエ自身の作品の良さは私にはわからなかったものの、
ワシリー・カンディンスキーの絵はいいなと思った。
でも、言語化できない。ル・コルビュジエの抽象絵画には無関心で、ワシリー・カンディンスキーの抽象絵画に心惹かれた理由が。
少し変わるが、わたしの根本には、岡本太郎がいる。川崎市民は岡本太郎を小学校教育で一度は通る。小学校6年生の時には、何点かの作品から模写をする課題を与えられる。
岡本太郎の作品がかなり好きだ。渋谷で「明日の神話」を見るたびに少し心が暖かくなる。でも、岡本太郎だってド・抽象絵画だ。
私は周囲を見てもわりと言語化をよくする人間で、言語化を避ける人の心があまりよくわからなかった。
今日、ル・コルビュジエの抽象絵画と、ワシリー・カンディンスキーの抽象絵画と、心の中の岡本太郎を比較した時、心からこの感情は言語化「できない」だろうなと感じた。
第一に、「快」とは私の審美眼では測れない外側にも広がっている。デザイナーが直す1mmの違和感を、私は認知できないので測れない。
ル・コルビュジエが抽象絵画で表した彼自身の「快」は、きっと彼の建築デザインに「快」として埋まっている。私は消費者として、ル・コルビュジエの作った建築の「快」を受け取れるけれど、彼の「快」の仕組みを、それこそ抽象絵画から受け取れるほどのスキルは今はない。
第二に、言語化というのは他者での再現性を確保するための高度な技術なのだ。そう簡単に言語化(視覚化/数式化)できたなら、ル・コルビュジエじゃなくてもモデュロール
(建造物の基準寸法)を作れるはずだ。感じたものを認知できるようにするのは、それだけ高度な行為で、生半可だと言語にすることで漏れてしまうこともあるのだ。
とはいえ、私は言語化、というより思考を深めることを諦めたくはない。
ル・コルビュジエの抽象絵画で感じたことと、ワシリー・カンディンスキーの抽象絵画で感じたこの差異の違和感を思考した。たとえこれが私の違和感の一部でないにしろ、構わない。
言語化というのは、一瞬で到達する必要はない。しかし、あらゆる時点で言語化して楔を打っておかなければ、また別の思考をした時にダシにすることができない。私の記憶は脆く儚く、言語化で留めておかなければ、次の発展的思考はない。
▼図版を買うか迷い、いやしかし別に絵画好きじゃなかったな、とル・コルビュジエの建築物の特集が組まれたモックと、今回の展覧会で一番気に入ったワシリー・カンディンスキーのポストカードを買いました。

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劇団四季の「ゴースト&レディ」を見た。その晩に、原作も読んだ。
以下、ネタバレあり。
これまで観てきたミュージカルと違って山場が多い、体感RRRぐらいに場面が多かった。その場面における雰囲気や明暗を自然につなげる舞台美術がすごかった。特に、ロンドンから病院に移り、不衛生で汚い環境を表現して、フローによって衛生や明るさを取り戻す流れが舞台美術と証明の優だった。特に、フローの実家に至るまでの馬車の描写は、幽霊達のダンスと共に、なんて楽しい舞台なのだとワクワクした。
ウィキッドの時も同様に感じたが、やはり愛(ここでは恋愛に限らない、愛)が深まるまでの過程がお話として描かれていると、わたしは物語を楽しめる。
出会って3秒で恋に落ちて、その後もLOVE POWERでなんとかするミュージカルは、どこか腑に落ちないままお話でなく歌だけを楽しむものに至るイメージが強かった
「ゴースト&レディ」も劇団四季の例に漏れず、愛の話であるものの、互いに孤独にいたり互いを強く求めるまでの信頼関係を描き出していたので、関係性も物語も楽しめた。
現代のドラマや漫画も、やはり突拍子も無い愛ではなく、過程を大事にする話が多い。「ゴースト&レディ」は、物語が好きなミュージカル初心者をミュージカルに引き込むいいきっかけになるのではないか。
初心者を引き込む一方、漫画にないオリジナルキャラクターとしてかつて想いを寄せたことがあるものの振った婚約者と、その男と婚約して病院を去ることになるエイミーを出すことで、フローが抱いた「孤独」を恋愛描写慣れした従来のミュージカル観劇者にも理解させる潤色も巧みだ。生き霊という、わかりづらい描写を影絵で残しながらも、説明としては大幅に省いて気にしないでいいようにしているのも劇として非常に親切だ。
ーー
この1年間、機会に恵まれて劇団四季のミュージカルを何本か見ている。毎回、舞台美術を見てしまう。
話の風景を描写する説得力、そして1場面が「画」として美しい色彩構成、そして場にある大道具を足し引きする技術に驚くばかりだ。
「ゴースト&レディ」の最初の場面は華やかな劇場の舞台と客席で始まる。客席の枠組みは残り続けながら、照明による光と影で描写を変えていく。
中高生の時、演劇部だった。地方大会で落ちるような弱小演劇部だ。役者もスタッフもみんなで大道具を作った。ホームセンターで180cmの角材とベニヤ板で作る役者と舞台奥を隠す壁となる「パネル」、ただの木の箱である「ユニット」を作った。この2つの組み合わせで、ほぼすべての場面を切り抜けた。その30cmほどの木の箱であるユニットは、時に椅子であり、屋上であり、空飛ぶアンドロイドの発射台であった。
たまに、顧問に連れられて演劇の学習のために観劇に行った。あのときは、プロの演劇など理解するだけで精一杯(たまに理解できなくて寝た)で、自分の舞台に活かそうなどという発想は湧かなかった。
今見れば、中高生の大道具とは比べ物にならないくらい予算と人手がかけられている劇団四季においても相当”アナログな”技法が残っている。舞台を明転のまま転換するために、明転の状態で役者が大道具を外に持ち出す…ということは中高の演劇部でもやっていた。劇団四季でそれを見ると、大道具をはけさせた分、あきらかに役者が歩める幅が広がったように見え、立派な場面転換になっていると感じる。中高生の頃、明転状態で大道具をハケさせることに見栄え的な大きな意味など考えたことがなかった。きっと、これはユニットひとつの移動でもできることだった。でも、中高生の頃はそんな「活かし方」なんて考える応用的知性はなかった。
馬車のシーンでフローの役者が前後に上半身を揺らしていたのもかなり”アナログな”技法だ。こういったテクニックはきっと、ちゃんと考えれば、中高生の劇でも応用できたはずなのだ。
そう思っている私からすれば、高校生からの私の思考の進化は立派なものだ。「学力」は大学受験がピークだったが、こういったものがちょっとした「知性」と呼べるのかもしれない。大人になったなと感じる。
演劇から離れてもう10年経ったが、今ならもっと良い演出ができるのだろう。こういった思考を高校生で獲得できていれば、と、少し惜しく感じてしまう。
「ウィキッド」は相当よく、もう1回、2回くらい観たい(聴きたい)と思った劇だったが、「ゴースト&レディ」は1回でも観てよかったと強く思える劇だった。
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以下、ネタバレあり。
これまで観てきたミュージカルと違って山場が多い、体感RRRぐらいに場面が多かった。その場面における雰囲気や明暗を自然につなげる舞台美術がすごかった。特に、ロンドンから病院に移り、不衛生で汚い環境を表現して、フローによって衛生や明るさを取り戻す流れが舞台美術と証明の優だった。特に、フローの実家に至るまでの馬車の描写は、幽霊達のダンスと共に、なんて楽しい舞台なのだとワクワクした。
ウィキッドの時も同様に感じたが、やはり愛(ここでは恋愛に限らない、愛)が深まるまでの過程がお話として描かれていると、わたしは物語を楽しめる。
出会って3秒で恋に落ちて、その後もLOVE POWERでなんとかするミュージカルは、どこか腑に落ちないままお話でなく歌だけを楽しむものに至るイメージが強かった
「ゴースト&レディ」も劇団四季の例に漏れず、愛の話であるものの、互いに孤独にいたり互いを強く求めるまでの信頼関係を描き出していたので、関係性も物語も楽しめた。
現代のドラマや漫画も、やはり突拍子も無い愛ではなく、過程を大事にする話が多い。「ゴースト&レディ」は、物語が好きなミュージカル初心者をミュージカルに引き込むいいきっかけになるのではないか。
初心者を引き込む一方、漫画にないオリジナルキャラクターとしてかつて想いを寄せたことがあるものの振った婚約者と、その男と婚約して病院を去ることになるエイミーを出すことで、フローが抱いた「孤独」を恋愛描写慣れした従来のミュージカル観劇者にも理解させる潤色も巧みだ。生き霊という、わかりづらい描写を影絵で残しながらも、説明としては大幅に省いて気にしないでいいようにしているのも劇として非常に親切だ。
ーー
この1年間、機会に恵まれて劇団四季のミュージカルを何本か見ている。毎回、舞台美術を見てしまう。
話の風景を描写する説得力、そして1場面が「画」として美しい色彩構成、そして場にある大道具を足し引きする技術に驚くばかりだ。
「ゴースト&レディ」の最初の場面は華やかな劇場の舞台と客席で始まる。客席の枠組みは残り続けながら、照明による光と影で描写を変えていく。
中高生の時、演劇部だった。地方大会で落ちるような弱小演劇部だ。役者もスタッフもみんなで大道具を作った。ホームセンターで180cmの角材とベニヤ板で作る役者と舞台奥を隠す壁となる「パネル」、ただの木の箱である「ユニット」を作った。この2つの組み合わせで、ほぼすべての場面を切り抜けた。その30cmほどの木の箱であるユニットは、時に椅子であり、屋上であり、空飛ぶアンドロイドの発射台であった。
たまに、顧問に連れられて演劇の学習のために観劇に行った。あのときは、プロの演劇など理解するだけで精一杯(たまに理解できなくて寝た)で、自分の舞台に活かそうなどという発想は湧かなかった。
今見れば、中高生の大道具とは比べ物にならないくらい予算と人手がかけられている劇団四季においても相当”アナログな”技法が残っている。舞台を明転のまま転換するために、明転の状態で役者が大道具を外に持ち出す…ということは中高の演劇部でもやっていた。劇団四季でそれを見ると、大道具をはけさせた分、あきらかに役者が歩める幅が広がったように見え、立派な場面転換になっていると感じる。中高生の頃、明転状態で大道具をハケさせることに見栄え的な大きな意味など考えたことがなかった。きっと、これはユニットひとつの移動でもできることだった。でも、中高生の頃はそんな「活かし方」なんて考える応用的知性はなかった。
馬車のシーンでフローの役者が前後に上半身を揺らしていたのもかなり”アナログな”技法だ。こういったテクニックはきっと、ちゃんと考えれば、中高生の劇でも応用できたはずなのだ。
そう思っている私からすれば、高校生からの私の思考の進化は立派なものだ。「学力」は大学受験がピークだったが、こういったものがちょっとした「知性」と呼べるのかもしれない。大人になったなと感じる。
演劇から離れてもう10年経ったが、今ならもっと良い演出ができるのだろう。こういった思考を高校生で獲得できていれば、と、少し惜しく感じてしまう。
「ウィキッド」は相当よく、もう1回、2回くらい観たい(聴きたい)と思った劇だったが、「ゴースト&レディ」は1回でも観てよかったと強く思える劇だった。
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「マリア様がみてる」の原作、短編は残ってるけれど、最終巻(ハローグッバイ)まで読みました。小学校の時にリリアン女学園に清らかな心を思い出しつつ、女子校に通った日々を重ねて、そしてにじんだ性欲を実感する、アルバムめくるような読書体験でした。
祐巳という人間の、精神鍛錬の末自他境界がはっきりしつつも愛とコミカルに溢れた姿は大人の今だからこそ素直に尊敬できます。そして「大人びた」祥子がそんな祐巳を鏡にしながらゆっくりと優しさをまとっていく様が、人間らしくて愛しかったです。色々な愛の表現が折り重なっていて、今もう一度読み返せてよかったなと思います。
聖さまにやっぱり、憧れるけど今読み返すと大学生のわりに振る舞いが子供で、聖さまはもう年上ではないんだなという実感もあります。でも、あれも聖さまの大人になりかただし、心の区切り方なんだなと思います。聖志摩の伏せられた愛しあい方が本当に好きです。
以下、ハローグッバイの感想
有馬菜々さんのロザリオ授受、本当に素敵なワンシーンだった。
すぐに描写は去ってしまったけど、志摩子が聖に1年ぶりに会えてよかった〜!!!
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祐巳という人間の、精神鍛錬の末自他境界がはっきりしつつも愛とコミカルに溢れた姿は大人の今だからこそ素直に尊敬できます。そして「大人びた」祥子がそんな祐巳を鏡にしながらゆっくりと優しさをまとっていく様が、人間らしくて愛しかったです。色々な愛の表現が折り重なっていて、今もう一度読み返せてよかったなと思います。
聖さまにやっぱり、憧れるけど今読み返すと大学生のわりに振る舞いが子供で、聖さまはもう年上ではないんだなという実感もあります。でも、あれも聖さまの大人になりかただし、心の区切り方なんだなと思います。聖志摩の伏せられた愛しあい方が本当に好きです。
以下、ハローグッバイの感想
有馬菜々さんのロザリオ授受、本当に素敵なワンシーンだった。
すぐに描写は去ってしまったけど、志摩子が聖に1年ぶりに会えてよかった〜!!!
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聖志摩ってシてそうでエロいなの話(内容がわたしの性欲まみれで最悪です)
聖志摩のセフレ感がエロい。聖志摩は当然セフレじゃないのだけれど、セフレのような関係にも関わらずセックスしているからこその正妻の余裕を見せる志摩子って感じがして、エロい。
そもそも聖さまが志摩子に目をつけたのも、志摩子の栞に似た雰囲気に一目惚れしているからだし。蓉子が「似ている」と言った対象を栞と勘違いして力一杯否定しているあたり、栞に雰囲気が似ていると思っていたんだろう。聖さま、シスターになりたい女が性癖すぎる🥲わたしもそういう色素の薄い儚い女性が好きだよ。
でろでろに依存していた栞と二度と会えなくなるという絶望の再演になったら心が壊れちゃうので、志摩子とは距離をとるのだけど、蓉子に「志摩子は聖に似ている」と言われることをきっかけに近寄って行って志摩子にロザリオを渡す。自分が「本命」になり得ない祐巳とは異なり、お姉さまに言われた通り、本当に大切だから距離をとるようにしている。
でも聖さまって理性に逆らわない様相があるので、性欲爆発したらふつうに志摩子に手を出しそうなので一夜〜三夜ぐらい共にしてそう。というか志摩子って聖さまがセックス誘ったらなしくずしでしょう。いくら志摩子も我が強いといえど、聖さまにわりと骨抜きだし。
一夜ともにしても聖さまの態度って変わらなそうだし、志摩子もその変わらない態度をわかっていそう。この姉妹、表に見せない/口に出さない依存と理解と繋がりがあり、その陰っぽい感じが淫靡だよ〜。表に出ている様相が明らかでないからこそ、ヤってそうでエロい、聖志摩。
聖祐巳はそもそも祥子のことを祐巳が一番愛しており、それを聖さまもわかっているのでセックスしてなさそう。別に祥子と祐巳の間が恋愛関係でなくても、祐巳にしてみれば浮気だろうし。
祐巳はからかいがいがあるからという他に、祥子がいるので自分は本命にならなくてすむという安心感があるからこそ、聖さまは祐巳にたいしてあのベタベタ距離だと思うんだよね。だからこそWillで祐巳から口元にキスした時の衝撃が強いし、意外すぎて聖さまドキドキしただろうな。白薔薇系譜の激モテメロ女が聖だとしたら、赤薔薇系譜の激モテメロ女って祐巳だし………メロメロ女対決すぎるね
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聖志摩のセフレ感がエロい。聖志摩は当然セフレじゃないのだけれど、セフレのような関係にも関わらずセックスしているからこその正妻の余裕を見せる志摩子って感じがして、エロい。
そもそも聖さまが志摩子に目をつけたのも、志摩子の栞に似た雰囲気に一目惚れしているからだし。蓉子が「似ている」と言った対象を栞と勘違いして力一杯否定しているあたり、栞に雰囲気が似ていると思っていたんだろう。聖さま、シスターになりたい女が性癖すぎる🥲わたしもそういう色素の薄い儚い女性が好きだよ。
でろでろに依存していた栞と二度と会えなくなるという絶望の再演になったら心が壊れちゃうので、志摩子とは距離をとるのだけど、蓉子に「志摩子は聖に似ている」と言われることをきっかけに近寄って行って志摩子にロザリオを渡す。自分が「本命」になり得ない祐巳とは異なり、お姉さまに言われた通り、本当に大切だから距離をとるようにしている。
でも聖さまって理性に逆らわない様相があるので、性欲爆発したらふつうに志摩子に手を出しそうなので一夜〜三夜ぐらい共にしてそう。というか志摩子って聖さまがセックス誘ったらなしくずしでしょう。いくら志摩子も我が強いといえど、聖さまにわりと骨抜きだし。
一夜ともにしても聖さまの態度って変わらなそうだし、志摩子もその変わらない態度をわかっていそう。この姉妹、表に見せない/口に出さない依存と理解と繋がりがあり、その陰っぽい感じが淫靡だよ〜。表に出ている様相が明らかでないからこそ、ヤってそうでエロい、聖志摩。
聖祐巳はそもそも祥子のことを祐巳が一番愛しており、それを聖さまもわかっているのでセックスしてなさそう。別に祥子と祐巳の間が恋愛関係でなくても、祐巳にしてみれば浮気だろうし。
祐巳はからかいがいがあるからという他に、祥子がいるので自分は本命にならなくてすむという安心感があるからこそ、聖さまは祐巳にたいしてあのベタベタ距離だと思うんだよね。だからこそWillで祐巳から口元にキスした時の衝撃が強いし、意外すぎて聖さまドキドキしただろうな。白薔薇系譜の激モテメロ女が聖だとしたら、赤薔薇系譜の激モテメロ女って祐巳だし………メロメロ女対決すぎるね
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マリア様が見てるに再燃しています。
小学6年生の時、姉の本棚から盗み見たマーガレット版の「マリアさまが見てる」から世界に引き込まれ、そのまま原作小説を読みました。
ロザリオを用いた姉妹制度にものすごく憧れて、ロザリオを欲したものです。特に、志摩子さまが大好きで、あの頃から綺麗で可愛くて色素が薄くてふわふわで優雅な女性が好きだったなと今振り返れます。
今回アニメ版を初めて見ました。本当にあの頃とイメージ違わない声と、そして聖さまのキャラデザの良さに心躍り、なにより瞳子の揺れ動きが気になりすぎて、「仮面のアクトレス」から最後まで小説で読もうと思っています。
小学校の私は、「友達が受験するから」という邪な動機で中学受験を志しました。こんなふざけた動機で高い学費を払ってくれた両親には頭が上がりません。そんな動機なので、後に入学することになる志望校のことを最初は名前しか知りませんでした。受験をすると決めた後、目指している志望校の始業の挨拶が「ごきげんよう」で、制服がセーラー服であることを知った時、本当にあこがれのマリア様がみてるの世界のように感じてとても嬉しく、志望校が本当に志望校になった契機だったなと覚えています。
まあ実際、女子校は男性がいない分、よく言えばジェンダー規範にとらわれない、悪く言えば野生のように育つので、「ごきげんよう」も「ぇんょ〜」に変わるようなはしたない人間になったわけだけれど。女子校に入って、演劇部に入ったから今の自分があると自負していますが。
狛日で同人活動を始めてから4年間、アニメ見たり漫画読んだりもしていたけれど、ここ4年原稿が余暇のメインで、他はサブ的な楽しみをしていました。平日も、休日も、空き時間は基本的に原稿の日々でした。
9月の原稿が終わり、次はあえてイベントをスキップして7月参加にしようと思っています。久々に原稿を焦る必要がない状態です。なんだか所在なく、そしてやりたいことをできるという気持ちで楽しみです。まだ寄稿があるけど。
ひとつ、やりたいこととして、懐かしさと、面白さを楽しみつつ「マリア様がみてる」を最後まで完走しようと思います。
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小学6年生の時、姉の本棚から盗み見たマーガレット版の「マリアさまが見てる」から世界に引き込まれ、そのまま原作小説を読みました。
ロザリオを用いた姉妹制度にものすごく憧れて、ロザリオを欲したものです。特に、志摩子さまが大好きで、あの頃から綺麗で可愛くて色素が薄くてふわふわで優雅な女性が好きだったなと今振り返れます。
今回アニメ版を初めて見ました。本当にあの頃とイメージ違わない声と、そして聖さまのキャラデザの良さに心躍り、なにより瞳子の揺れ動きが気になりすぎて、「仮面のアクトレス」から最後まで小説で読もうと思っています。
小学校の私は、「友達が受験するから」という邪な動機で中学受験を志しました。こんなふざけた動機で高い学費を払ってくれた両親には頭が上がりません。そんな動機なので、後に入学することになる志望校のことを最初は名前しか知りませんでした。受験をすると決めた後、目指している志望校の始業の挨拶が「ごきげんよう」で、制服がセーラー服であることを知った時、本当にあこがれのマリア様がみてるの世界のように感じてとても嬉しく、志望校が本当に志望校になった契機だったなと覚えています。
まあ実際、女子校は男性がいない分、よく言えばジェンダー規範にとらわれない、悪く言えば野生のように育つので、「ごきげんよう」も「ぇんょ〜」に変わるようなはしたない人間になったわけだけれど。女子校に入って、演劇部に入ったから今の自分があると自負していますが。
狛日で同人活動を始めてから4年間、アニメ見たり漫画読んだりもしていたけれど、ここ4年原稿が余暇のメインで、他はサブ的な楽しみをしていました。平日も、休日も、空き時間は基本的に原稿の日々でした。
9月の原稿が終わり、次はあえてイベントをスキップして7月参加にしようと思っています。久々に原稿を焦る必要がない状態です。なんだか所在なく、そしてやりたいことをできるという気持ちで楽しみです。まだ寄稿があるけど。
ひとつ、やりたいこととして、懐かしさと、面白さを楽しみつつ「マリア様がみてる」を最後まで完走しようと思います。
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燕は戻ってこない(ちょっとだけラストマイルの話もしている)
貧困女性への搾取描写を描いていることに息苦しさの伴う尊敬があった。金の価値があまりに高く、金で身体と精神の売買を正当化できる異常さ。
女の方が割合の多い貧困という苦境からの一発逆転が、自分の命と心を金にすることによって成し得てしまう現実が苦しい。
ラストマイルでも思ったが、この世界で便利に生きているとどうしてもどこかに貧困者の搾取が存在して、自分が加担している息苦しさがある。男女関わらず。その現実を知ってなお、利便性を手放せない自分を、自分は心から非難できない。きっと今も、誰かの何かを踏み躙っているのだろうが、実感が遠く、今の生活をやめられない。そういった搾取という罪の自覚をありありと描いて意見を表明するのはすごいことで、「燕は戻ってこない」の作家・ドラマに携わった人たちを尊敬する。
登場人物全員エゴイスティックで批難すべきところはあるけれど、誰しもがエゴイスティックであるから誰も評価などできないというところがとてもよかった。
特に、愚かな行為をするリキの描き方は圧巻だ。代理母の契約を破って酒を煽る、排卵日前に他の男とセックスをするのははっきりいって”呆れる”行為だ。しかしリキの行動もなんとなくわかる。自分がモノとして管理されている中、自分は人間だと主張する抵抗であり、自分をモノとして扱う富裕者に対する対抗だ。そして自らリスクを上げても、欲しい結果を得られるはずの幸運な者だと信じたかった願いだとも思う。そういう、一時的な興奮を優先したエゴにとても惹かれた。最後にリキは、双子のうちの”女”であるぐらだけを連れ去る。リキは女という地獄をいやというほど味わったにも関わらず、「草桶家で幸せに生きる」を男であるぐりに与えて女のぐらを貧困に道連れにした。リキの短期的な景色しか見えていないエゴを表しており素晴らしい。貧困層は長期的に得な選択を取れない。10個まとめて1000円は買えず、単価120円の1個しか買えない。目の前の生活を生きていくしかないし、目の前の楽に思考が持っていかれてしまう。裕福な他人から見たら浅はかかもしれないけど、そうしてリキも生きてきたのだ。きっとぐらを連れた先も、リキが生きてきた道からは逃れられないと思うと、どうしようもなく悲しい。
また、物語の中で優しく理知的に見えた悠子が、終始うまく倫理観のない掌返しをするもさまもよかった。流産経験の恐怖から誰の子かわからない子を堕胎するなといい、夫が代理母を人扱いしない様に嫌気がさして離婚を申し出ながら、子を見た瞬間に「ほしい」という。同じエゴなのに、こうもリキと悠子で見え方が違って良いものか。
私は、フィクションにおいて人間が行なった選択が、選択通りの帰結を呼ぶ話がとても好きだ。1に1を足すことを選んだら、2になる。奇跡が起きて3になることはない、そういう話が好きだ。
しかし、現実では意思をもって選択した結果、不都合な事実が待っていても「お前が選んだことだから責任を取れ」などと言えないと考えさせられた。貧困によって長期的な眺望を奪われたリキの行動を「あなたが選んだことだから」で正当化できるわけがない。選択によってもたらされた現実は変わらないけれど、不都合な現実を目の当たりにした時に、選択した人を非難するのでは無く不都合な現実が生まれてしまう仕組みを非難したいし、よりよい未来を選べる方法を考えたい。
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貧困女性への搾取描写を描いていることに息苦しさの伴う尊敬があった。金の価値があまりに高く、金で身体と精神の売買を正当化できる異常さ。
女の方が割合の多い貧困という苦境からの一発逆転が、自分の命と心を金にすることによって成し得てしまう現実が苦しい。
ラストマイルでも思ったが、この世界で便利に生きているとどうしてもどこかに貧困者の搾取が存在して、自分が加担している息苦しさがある。男女関わらず。その現実を知ってなお、利便性を手放せない自分を、自分は心から非難できない。きっと今も、誰かの何かを踏み躙っているのだろうが、実感が遠く、今の生活をやめられない。そういった搾取という罪の自覚をありありと描いて意見を表明するのはすごいことで、「燕は戻ってこない」の作家・ドラマに携わった人たちを尊敬する。
登場人物全員エゴイスティックで批難すべきところはあるけれど、誰しもがエゴイスティックであるから誰も評価などできないというところがとてもよかった。
特に、愚かな行為をするリキの描き方は圧巻だ。代理母の契約を破って酒を煽る、排卵日前に他の男とセックスをするのははっきりいって”呆れる”行為だ。しかしリキの行動もなんとなくわかる。自分がモノとして管理されている中、自分は人間だと主張する抵抗であり、自分をモノとして扱う富裕者に対する対抗だ。そして自らリスクを上げても、欲しい結果を得られるはずの幸運な者だと信じたかった願いだとも思う。そういう、一時的な興奮を優先したエゴにとても惹かれた。最後にリキは、双子のうちの”女”であるぐらだけを連れ去る。リキは女という地獄をいやというほど味わったにも関わらず、「草桶家で幸せに生きる」を男であるぐりに与えて女のぐらを貧困に道連れにした。リキの短期的な景色しか見えていないエゴを表しており素晴らしい。貧困層は長期的に得な選択を取れない。10個まとめて1000円は買えず、単価120円の1個しか買えない。目の前の生活を生きていくしかないし、目の前の楽に思考が持っていかれてしまう。裕福な他人から見たら浅はかかもしれないけど、そうしてリキも生きてきたのだ。きっとぐらを連れた先も、リキが生きてきた道からは逃れられないと思うと、どうしようもなく悲しい。
また、物語の中で優しく理知的に見えた悠子が、終始うまく倫理観のない掌返しをするもさまもよかった。流産経験の恐怖から誰の子かわからない子を堕胎するなといい、夫が代理母を人扱いしない様に嫌気がさして離婚を申し出ながら、子を見た瞬間に「ほしい」という。同じエゴなのに、こうもリキと悠子で見え方が違って良いものか。
私は、フィクションにおいて人間が行なった選択が、選択通りの帰結を呼ぶ話がとても好きだ。1に1を足すことを選んだら、2になる。奇跡が起きて3になることはない、そういう話が好きだ。
しかし、現実では意思をもって選択した結果、不都合な事実が待っていても「お前が選んだことだから責任を取れ」などと言えないと考えさせられた。貧困によって長期的な眺望を奪われたリキの行動を「あなたが選んだことだから」で正当化できるわけがない。選択によってもたらされた現実は変わらないけれど、不都合な現実を目の当たりにした時に、選択した人を非難するのでは無く不都合な現実が生まれてしまう仕組みを非難したいし、よりよい未来を選べる方法を考えたい。
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映画、「ラストマイル」を観ました(☆2くらいの感想)
☆2というのは、面白いしエンタメではあるのだけれど、これだけたくさん観られて感想が見受けられる割に、他一般の名作と言われる映画ほど絶賛には値しないかな〜くらいの☆2
俳優陣が豪華で演技が上手いので、演技に対する見応えはあった。満島ひかりさんって芸達者で華やかな俳優だ。
他アンナチュラル組やMIU404組もよかったし、演技も相まってキャラものとしては100点だと思う。
あと画が気持ちよかった。暗く青みがかかった倉庫内に、補色であるオレンジが綺麗に映えている画や各所構図はものすごく気持ちよかった。
けど、野木さんのドラマチックさは映画だと若干間延びするな〜という印象があった。明らかに三幕構成すぎて展開が見えていたというのも大きい。中間地点でエレナ(演:満島ひかり)に疑惑がかかるところとか、明らかに今後疑いが晴れてカタルシスが待っているだろうな…と予期できてしまった一方、犯人の描写が上映時間の中でも少ないのでそこまで情を入れ込めるわけじゃなくて映画的な気持ちいいカタルシスはないというか…。別に映画にカタルシスは必須ではないけれど、野木さんはけっこうカタルシスを描いた上で問題提起を残していく作家だと思っていたからこそ、映画の長尺に対して味が薄くてちょっと残念。
ただ、私の中で「労働環境」という空気に近い敵は個人ごときに依拠しないという意識が強いからかもしれない。現行の偉い人に責任を負わせたとて…という感じである。ディーンフジオカが演じた役や、アジア統括でも、会社の利益という空気には抗えない。そこに責任を転嫁してどうするの?という感情があり、二人が責任を追われても別に「労働環境」という空気の悪魔が拭える訳じゃない。やばい環境って悪だよね、という警鐘は伝わるけど、それって責任者を討伐したら変わるの?という疑問がモヤついているからカタルシスがないのかもしれない。難しいな。普段我々が利益を搾取している物流関係の労働環境の悪さへの警鐘は伝わったので、伝わった時点で映画のテーマ性の伝達はクリアしている。労働環境の悪さとそれを搾取する消費者って映画で解決を出せる問題ではないけど、それを投げかけられてもじゃあどうしろと?っていう感じもあるのかな。
あと、主役のひとりである岡田将生のキャラが印象が薄く、特別に成長などもないのも惜しい…。気だるげな若者な割にはエレナを追い詰める謎の正義感があったり、エレナの事情を聞いて共感したりするよくわからないキャラだてだった。満島ひかりの徹底したサブポジだったのかもしれないけど。
全体的に、俳優はすごいし画もすごいけど、若干間延びしている割にはカタルシスがないので、他にもっと名作はあるだろ〜という感じの星2。
あとジャンプスケアが苦手なので、爆発の予期はあってもドッカンドッカンがすっごいきつくて途中で気絶するかと思った。
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☆2というのは、面白いしエンタメではあるのだけれど、これだけたくさん観られて感想が見受けられる割に、他一般の名作と言われる映画ほど絶賛には値しないかな〜くらいの☆2
俳優陣が豪華で演技が上手いので、演技に対する見応えはあった。満島ひかりさんって芸達者で華やかな俳優だ。
他アンナチュラル組やMIU404組もよかったし、演技も相まってキャラものとしては100点だと思う。
あと画が気持ちよかった。暗く青みがかかった倉庫内に、補色であるオレンジが綺麗に映えている画や各所構図はものすごく気持ちよかった。
けど、野木さんのドラマチックさは映画だと若干間延びするな〜という印象があった。明らかに三幕構成すぎて展開が見えていたというのも大きい。中間地点でエレナ(演:満島ひかり)に疑惑がかかるところとか、明らかに今後疑いが晴れてカタルシスが待っているだろうな…と予期できてしまった一方、犯人の描写が上映時間の中でも少ないのでそこまで情を入れ込めるわけじゃなくて映画的な気持ちいいカタルシスはないというか…。別に映画にカタルシスは必須ではないけれど、野木さんはけっこうカタルシスを描いた上で問題提起を残していく作家だと思っていたからこそ、映画の長尺に対して味が薄くてちょっと残念。
ただ、私の中で「労働環境」という空気に近い敵は個人ごときに依拠しないという意識が強いからかもしれない。現行の偉い人に責任を負わせたとて…という感じである。ディーンフジオカが演じた役や、アジア統括でも、会社の利益という空気には抗えない。そこに責任を転嫁してどうするの?という感情があり、二人が責任を追われても別に「労働環境」という空気の悪魔が拭える訳じゃない。やばい環境って悪だよね、という警鐘は伝わるけど、それって責任者を討伐したら変わるの?という疑問がモヤついているからカタルシスがないのかもしれない。難しいな。普段我々が利益を搾取している物流関係の労働環境の悪さへの警鐘は伝わったので、伝わった時点で映画のテーマ性の伝達はクリアしている。労働環境の悪さとそれを搾取する消費者って映画で解決を出せる問題ではないけど、それを投げかけられてもじゃあどうしろと?っていう感じもあるのかな。
あと、主役のひとりである岡田将生のキャラが印象が薄く、特別に成長などもないのも惜しい…。気だるげな若者な割にはエレナを追い詰める謎の正義感があったり、エレナの事情を聞いて共感したりするよくわからないキャラだてだった。満島ひかりの徹底したサブポジだったのかもしれないけど。
全体的に、俳優はすごいし画もすごいけど、若干間延びしている割にはカタルシスがないので、他にもっと名作はあるだろ〜という感じの星2。
あとジャンプスケアが苦手なので、爆発の予期はあってもドッカンドッカンがすっごいきつくて途中で気絶するかと思った。
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「虎に翼」第11週51話
https://x.com/yorikoko/status/1800015194...
吉田さんが描いた、轟から花岡への恋愛感情を元にした描写たちにとにかく素晴らしさを感じた。本人に自認はなく、感情に名前をつけなかったところも含めて。たしかに脚本家は恋愛感情を込めて書いているけれど、恋愛感情が男女の恋愛テンプレートのようにわかりやすく描かれていたわけではなく、単に轟から花岡への感情が描かれていて、しかしわたしたちが勝手に透明化してしまった。同性愛の描かれ方として、そこに固定の描写なんてなくて、でも恋愛感情を織り込めていて、ああ。本当に素敵な脚本。
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https://x.com/yorikoko/status/1800015194...
吉田さんが描いた、轟から花岡への恋愛感情を元にした描写たちにとにかく素晴らしさを感じた。本人に自認はなく、感情に名前をつけなかったところも含めて。たしかに脚本家は恋愛感情を込めて書いているけれど、恋愛感情が男女の恋愛テンプレートのようにわかりやすく描かれていたわけではなく、単に轟から花岡への感情が描かれていて、しかしわたしたちが勝手に透明化してしまった。同性愛の描かれ方として、そこに固定の描写なんてなくて、でも恋愛感情を織り込めていて、ああ。本当に素敵な脚本。
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パラコレ雛菜
アイドルの将来論になると、どうしてもアイドリッシュセブンを思い返してしまう。
姉鷺カオルは最高のアイドルは「終わらないアイドル」と言い、小鳥遊音晴は「僕らだけは彼ら(アイドル)に永遠を求めちゃいけない」といった。
雛菜の3年後がアイドルであり、とても嬉しい。そして、アイドルとしての希望していたファッションショー出演と大学進学を天秤にかけて、迷いなく彼女の「しあわせ」として大学受験を選べる雛菜であることを幸福に思う。「何にも変わってなかったです、楽しくお仕事していました」という、不変だが幸福という答えに将来への不安のなさを感じた。
幸せで楽しいという筋が変わらない自分を信じられるから、不変であることを幸せだと唱えられるのだ。
人生、何度かこの歳に・この環境にあったからこそ自己の性格の根幹が形成されたなというタイミングがある。
私は中高過ごした演劇部で行動や振る舞いが定まり、大学のサークルを通じて興味が定まり、社会人になって生き方や思考の礎が定まっていった。
舞台経験を通じて良い意味でも悪い意味でも恥を知らない振る舞いになり、サークルを通じて人の行動や心理に興味を持ち、社会を通じて一般論に流されずに自分で考えて幸せを選択していく精神を培っていったように思う。今は、自己の人生の有りたい姿のために行動や習慣を身につけたいと思いつつ、まだ定まっていないという最中だ。
高校1年生にも関わらず、生き方が定まっており、将来が不変であっても楽しいと言い切ることができる彼女は、未だ定まらない人間にとっては憧れの象徴だ。
雛菜の道は「しあわせ」に溢れた一本道であることが彼女の意思によって決まっているのだけれど、その道がまだアイドルの道と交差していることをひたすら嬉しく思う。
そして、雛菜が幸福をいう時、「幸せ」ではなく「しあわせ」というひらがな表記なのがこれまた彼女らしいよな、と思います。
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アイドルの将来論になると、どうしてもアイドリッシュセブンを思い返してしまう。
姉鷺カオルは最高のアイドルは「終わらないアイドル」と言い、小鳥遊音晴は「僕らだけは彼ら(アイドル)に永遠を求めちゃいけない」といった。
雛菜の3年後がアイドルであり、とても嬉しい。そして、アイドルとしての希望していたファッションショー出演と大学進学を天秤にかけて、迷いなく彼女の「しあわせ」として大学受験を選べる雛菜であることを幸福に思う。「何にも変わってなかったです、楽しくお仕事していました」という、不変だが幸福という答えに将来への不安のなさを感じた。
幸せで楽しいという筋が変わらない自分を信じられるから、不変であることを幸せだと唱えられるのだ。
人生、何度かこの歳に・この環境にあったからこそ自己の性格の根幹が形成されたなというタイミングがある。
私は中高過ごした演劇部で行動や振る舞いが定まり、大学のサークルを通じて興味が定まり、社会人になって生き方や思考の礎が定まっていった。
舞台経験を通じて良い意味でも悪い意味でも恥を知らない振る舞いになり、サークルを通じて人の行動や心理に興味を持ち、社会を通じて一般論に流されずに自分で考えて幸せを選択していく精神を培っていったように思う。今は、自己の人生の有りたい姿のために行動や習慣を身につけたいと思いつつ、まだ定まっていないという最中だ。
高校1年生にも関わらず、生き方が定まっており、将来が不変であっても楽しいと言い切ることができる彼女は、未だ定まらない人間にとっては憧れの象徴だ。
雛菜の道は「しあわせ」に溢れた一本道であることが彼女の意思によって決まっているのだけれど、その道がまだアイドルの道と交差していることをひたすら嬉しく思う。
そして、雛菜が幸福をいう時、「幸せ」ではなく「しあわせ」というひらがな表記なのがこれまた彼女らしいよな、と思います。
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真田丸を見返すためにNHKオンデマンドに入ったので、ついでに「虎に翼」を見ています。超面白い!!!
女性初の弁護士・裁判官のひとりとなる女性の生涯を追った作品で、序盤は結婚に対して抱くモヤモヤを突破して、大学の法学部の女子部に入学を決意する描写が描かれています。
俳優が豪華でみんな演技が上手くて、世界に入り込んで登場人物に共感しちゃうんですよね〜。伊藤沙莉さんも松山ケンイチさんも仲野太賀さんも石田ゆり子さんも大好きだ。
朝ドラヒロインにありがちな口癖の多用、大好き。「あさが来た」の「びっくりぽんや」みたいなやつ。今回は「はて…?」で、当時の世論に懐疑心を抱く主人公にぴったりで大好き。
大学生時代は「まんぷく」「半分、青い」「なつぞら」「スカーレット」などの朝ドラが好きでした。やっぱり朝ドラ面白い!朝ドラで好きな脚本家が増えたりします。気に入ったドラマの脚本家を調べると、好きな作品の本を書いていたりして、再会できた感動を味わえることが多いです。「虎に翼」の脚本家は「TIGER&BUNNY」で共同脚本を担っていた方(吉田恵里香さん)らしいです。そりゃ好きだわ…
女性初の弁護士・裁判官のひとりとなる女性の生涯を追った作品で、序盤は結婚に対して抱くモヤモヤを突破して、大学の法学部の女子部に入学を決意する描写が描かれています。
俳優が豪華でみんな演技が上手くて、世界に入り込んで登場人物に共感しちゃうんですよね〜。伊藤沙莉さんも松山ケンイチさんも仲野太賀さんも石田ゆり子さんも大好きだ。
朝ドラヒロインにありがちな口癖の多用、大好き。「あさが来た」の「びっくりぽんや」みたいなやつ。今回は「はて…?」で、当時の世論に懐疑心を抱く主人公にぴったりで大好き。
大学生時代は「まんぷく」「半分、青い」「なつぞら」「スカーレット」などの朝ドラが好きでした。やっぱり朝ドラ面白い!朝ドラで好きな脚本家が増えたりします。気に入ったドラマの脚本家を調べると、好きな作品の本を書いていたりして、再会できた感動を味わえることが多いです。「虎に翼」の脚本家は「TIGER&BUNNY」で共同脚本を担っていた方(吉田恵里香さん)らしいです。そりゃ好きだわ…
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あらすじ:フランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフは貧困街の生まれ。路上での歌を見出され、表舞台を駆け上がっていく。殺人容疑をかけられ、最愛の男を事故でなくし、モルヒネに溺れながら、愛に溢れた人生を駆けていく。
大竹しのぶさんの演技を昔から好いていた。普段の演技めいた愛らしいおばさまの立ち居振る舞いから豹変し、役に没入する姿を見て、テレビの前で圧倒されていた。大竹しのぶが舞台に立てなくなる前に、彼女の演技を生で観てみたかった。
「ピアフ」の大竹しのぶはまさしくピアフであった。下品で、セックスのことを考えていて、ワガママで、礼儀知らず。大股で歩き、笑いと言えば卑猥なこと。恋に生き、薬に溺れ、自制心はなく、しかし歌は心の底をまるごとひっくり返したような深い歌声であった。
どれほど日常に近いテーマであっても、舞台に立つ役者の振る舞いは、日常の人間のそれとは異なる。舞台においては、客席からの見え方・聞こえ方を意識するからだ。
たとえば、1対1で話していても、互いに真横になって話すことはあまりない。正面を向いて話すことすらある。奥の客席に届くように響く声で話し、後ろの客からも見えるように大仰にリアクションする。
「ピアフ」には舞台慣れした役者、歌の上手い役者が並んでいた。しかし演劇だった。(別にそれで正しい)
大竹しのぶが恐ろしいのは、ただピアフが舞台にそのままいて、演劇のように見えないことである。大竹しのぶはどこまでも下品なアバズレ女である薬で気の狂った女、ピアフだった。確かにその振る舞いは舞台映えして、早口の言葉でも客席に理解させることができているのに、ひとりだけあまりにも あるがまま舞台に立っていて、周りはそのあるがままの女を囲んで演劇していた。
舞台が終わり、照明が消え、また点いた途端、無邪気なおばさまである「大竹しのぶ」がそこにあった。アクのない無邪気な笑顔で、舞台を颯爽と駆けてカーテンコールに答えていた。先程まで大股で、ガニ股でドタバタと歩く品のない女だったはずなのに。
ピアフという女のめちゃくちゃで愛がこびりついた女の人生を舞台にしているので、恋とセックスと情動で動くタイプが主人公であり、全く好みのタイプのストーリーではないはずだったが、そんな女から目が離せず、釘付けになってしまった。
演劇部出身が言うなと言う話だが、演劇というのは話を端折ることが多く、脳内でストーリーを繋げなければならない割に、登場人物が多くて区別つかず、それでいてミュージカルみたいに歌やダンスの技能を楽しむことができないので、正直あんまり得意じゃない。が、ここまで演技という技能に圧倒できるなら、演劇も良いものだなと思いました。
P.S.
ピアフの楽曲を帰ってから聴いた。あの時代のシャンソンのアコーディオンの軽快さが好きだ。しばらく聴き流してみようと思う。
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