カテゴリ「考え事」に属する投稿41件]


遺書を作ろう2026(死ぬ予定、なし)

みなさんは、カレー沢薫先生の漫画「ひとりでしにたい」をご存知だろうか。
独身ドルヲタの鳴海が、イケイケだった叔母の風呂場での孤独死を契機に、
どうやってひとりで生きてひとりで死ぬか向き合う様をテンポ良く面白く描いた講談社の漫画である。
https://comic-days.com/episode/139336863...



途中、鳴海は那須田というひと癖のあるエリート(24歳)に惚れられるものの、
理解あるカレにすることもないので安心して楽しめる漫画である。
鳴海が自分の生きる道を歩んでいく様に勇気をもらえる。
一方で、独身で人生におけるあまりに覚えのある描写や、
これから私に襲いかかるであろう悩みたちに、しっかりと食らっている。

※以下、紹介する作中のセリフは要約して記している
「女性の方が長く生きるというデータに甘えて、お母さんがお父さんより先に死ぬ可能性を考えていないですよね?」

私は実家暮らしなのだが、母が先に亡くなり父が遺った場合は間違いなく確実に実家を出るだろう。
何を隠そう九州血統の実家である。母は謙遜するが、九州出身の母は家事・家庭管理へのこだわりが凄い。この家は母の万全の家事・家庭管理を中心に回っている。

父は契約や細かい類は読めないし、誤読も激しい。女が動いて男は何もしない、そういう価値観が直近まで無意識にこびりついていた。
ここ5年でようやく改善されつつあるものの、母が先に亡くなったら、私が引退した父の世話をすることになる確率が80%くらい残っている。20年、30年も続くと私の人生への影響が大きすぎる。
私が実家暮らしをしている理由の一つは、将来的な父母の施設を少しでも支援するためというのもある。
しかし、父はいまだに施設に行ってもいいと断言したことがない。(母は絶対施設がいいと言う)

いやっ、まあ、そうでしょう。父が母より先に死んだ方が楽である。
「父の方が長く生きること」ではなく「母が先に死ぬこと」という言い回しもまたぐっさり刺さるのである。
父が生き残ると労働というコストがかかることが目に見えている。
その裏には、現在母の労働というコストが支払われているにもかかわらず、だ。
自分の持つこの悪魔みたいな考えが、オブラートもないまま目の前に突き出された気分はなかなか厳しいものがあった。
それほど描写がリアルで真に迫っていて、面白い漫画である。

※父をフォローしておく。
この九州価値観のおかげか、男は家族に家を与え家族に金を出すもの、という価値観を反発なく持ってくれていた。そのおかげでとてもコストの高い進路を選ばせてもらった。
しかも、高圧的で恩着せがましい性格もなく、教育においては放置であった。
良し悪しは置いておいて、お金を黙って出してもらったことにはとても感謝している。
まあ、宝くじの当選やら引き出し放題のATMと何が違うかと言われると、まだ答えはない。
この後の父との生活で見つけようと思う。最近は姪が来た時によく世話をしてくれており、感謝している。

※「ひとりでしにたい」はNHKで綾瀬はるか主演でドラマ化されたが、漫画がおすすめである。
30代後半社会人女性(ドルヲタ)の肩身の狭さや恥ずかしさ、言い換えてしまうと「キツさ」を、
綾瀬はるかのようなボケた様すら愛らしい女性が演じることは無理があったと思う。

そんな「ひとりでしにたい」に影響されて、私もひとりで死ぬ準備をしている。死ぬ予定はない。

ひとりで死ぬというのはなかなか難しいのだ。
たとえば今唐突に私が死んだら、諸般の手続き・死体処理(葬式)・遺品整理を「もちろん」母が行うことになる。
父母が亡くなって私が本当に独居になり死んだ時には、姉、ひいては姪がその役割を担わなければならない。それはひとりでしぬことではない。
ひとりでしぬ、とは死後までひとりで片付けて、最小限の迷惑で死に、そして私に思い出を持ってくれる人が、
その思い出に思いを馳せることだけに集中できるようにすることだと思っている。
そのためには、故人となる私のある程度の下準備、遺志という名の指示が必要なのである。

だから、ある程度の年数で定期的に書き換える前提で、遺書を作っていかねばと考えている。なのでこうしてたまに書くことに思いを馳せている。

たとえば、死んだら誰に連絡するか?
高校の友人とよく遊ぶ友人には連絡するとして、SNSはどうするか。見られたくないしなあ。会社やバイオリン教室も連絡先に入れなければならない。
あ!みなさんへ。この個人サイト(&てがろぐ)はクレカが死んだらサーバー契約が1年内に切れるので、消し飛ぶ。
更新なくしばらく経ち、突然404を出したら死んだということです。これは皆さんへの遺書。よし。

金融資産はわかりやすいとして、私の所持している遺品はどうするか?
高くて実用的なものはそのまま使ってもらった方が便利だろう。売るのも面倒だろうし。本の類は興味がなければ捨ててもらって構わない。
私の持ち物で一番高いものはなんだろうか。Mac Miniかとも思ったが、近いうちにバイオリンになるかもしれない。
そうしたらバイオリンの売り先も書かなければならないな。

おひとりさま信託のようなものを使った方がよいのだろうか、と思うくらいしっかりと生前整理に向き合ってみたい2026年である。

……

さて、ここで、「ひとりでしにたい」の描写を持ち出してハードな内面を晒す。生々しい話である。

・子供がいる方に多く残すのは当然じゃないか。
・その不平等性を、理性では納得したとしても、兄弟より愛されていなかったという気持ちで残ることがある
・生きているうちに遺産相続関係は全部整理しろ

「ひとりでしにたい」の鳴海には弟がいる。弟には子供がいる。姉である鳴海とはなんとなく折り合いが悪い。
最新話付近では、弟の第二子発覚を発端として、鳴海の父母と那須田の間で死後の遺産相続分与の議論が起こる。
そこで、鳴海の父母は弟に多く残すのが筋という。平等に扱うべきだと那須田が(なんで那須田が?)鳴海の父母に訴えかける(鳴海不在)

私と状況が全く同じである。私には姉がいて、姉には娘がいる。
いや、私も理性では姪のために多くの遺産を残すべきだとわかっている。
鳴海とは異なり、私は姉より学費がかかっているし、10年弱少ない生活費で実家暮らしをしているので、その点から言えば姉に多く残してトントンかもしれない。
が、やっぱりうまく平等を感じる様相で遺産を整理して欲しいのだ。

姉はけっこう利他的な人間で、私を尊重してくれるため、そこまで不平等なことを企てないだろう。
私も姉が私の人生におけるひとつの要所であることを認識し、大切にしなければという意識は高い。

しかし、ここ3年話していない義兄がなかなか読めない。義兄にも姉がいるらしいが姉弟仲が異常に悪く、ほぼ縁切状態で兄弟に対する印象が悪いらしい。
しかも厄介なことに、金融関係で相続担当である。知識で勝てるわけがない。
まさかないとは思いたいが、姉の知らないうちに姉家族に有利な条件で相続が終わったら、けっこうしっかり後悔する気がする。
利益/不利益という実利的な面以上に、親の死後の整理において私が不出来だったことに気づいた時、精神的に相当引きずることは明らかだ。

だからちゃんと私が把握しているうちに、そして両親の意識がはっきりしているうちにやり切りたいのだ。

実家に暮らしているからわかるのである。
父の頭が回らなくなって短気になってきていること、母の身体が思うように動かなくなってきていること。
父の気が少しずつきくようになったこと、まだ丁寧に使い方を説明すれば母は現代利器を自分なりに使いこなせるということ。
「子育て後」の状態にある我が家は、大人同士だからこその面白さがあり、しかし確実に昔とは同じようにいかなくなっていき、見据えなければならない未来も見えてしまっているのだ。

死というものがとても現実的な時間に訪れることになる両親を死と向き合わせる過酷なことだとわかっているが。
わたしがひとりでしぬために、そのためには私も私の死を見つめ、両親に背中を見せなければならない。

畳む

メモと日記,考え事 編集 BlueSky

株の話をするか、景気がいいから
とにかく目の前のお金に困っている人は、読むことを推奨しません。長期投資と個別株にちょっと興味ある人向けです。


◆あまり株に期待するな!
さて、人は景気がいい時(勝っている時)しか株の話をしないので、みなさんには気をつけてほしい。そして現在、景気がいいので、私の株の話をしようと思う。ここはわたしのブログですからね。

私は2021年8月から投資している。つまり、ド不景気だったコロナ禍を経由しているため、利益確定分(売ってちゃんと利益を得ている分)だけでかなりプラスである。
そう、2025年現在で「4年積み立てたら、やたら儲かっている」という人は、コロナ禍を経ていることがわかる。当然20〜50%くらい儲かっている。今後5年の期待値とは全く異なるし、外れ値ということがわかる。甘い言葉には気をつけよう。

さて、レートをじっと見る時間がない、平々凡々の人は株であっという間に儲かることはない。たとえば、毎月10,000円ずつ儲かるということはない。

今のような高市トレードの中では株の良さを語るSNSアカウントが多い。収益100万円!とかね。しかし、売ってない株は利益が確定していない。売らなきゃ儲けたことにはならない。人というのは見栄を張るので、資産価値が100万円増えただけで、儲けたものだと勘違いするのだ。明日にはあっという間に20万円減ったりする。

こういう見栄を張る人々は、2025/04(下図)に嘆いているわけだが、株を放置運用している人間は、4月に泣いたり10月にケタケタ笑ったりしても仕方ないのだ。ていうか3年くらい長期運用してたら、2025/04の中でもプラスであるはずなのだ。
一夜で10万儲かる話はなく、半年で不安定な数万、5年で数十万儲けることを目指すのが凡人の運用なのである。




そしてわたしは売った上で儲けているのでこれから気持ちよく株の話をするのだが、これもまた鵜呑みにしてはならない。実家暮らしなので、投資できる元金が普通とは異なるのだ。

◆前提:半分以上は投資信託
投資しているお金のうち、半分以上は投資信託のインデックス投資である。いろんな会社の株を少しずつセットで買えるから、株価の上下動に合わせて運用されますよ、ってやつ。毎月一定額どこかのインデックス系投資信託に突っ込んでいる。
旧NISAの期限切れに備えて旧NISA分だけ売ったが、こいつら、マジで放置である。いま上がっているのか下がっているのか知らない。元気でやっててくれよ!

その上で、投資で遊ぶ金を個別株に使っている。以下、個別株で、5年くらいかけてたどり着いたわたしの結論を記す。

◆お気に入り会社の株を買え
儲け目的であんまり知らん会社の株を買っても、愛着も湧かないし下がったら萎える。わたしは、四六時中チャートを追えるわけでもなく、株の勉強を頑張る勤勉な人間ではない。自分なりに顧客体験が心地よいと感じた、お気に入りの会社の株を買うのが一番良いと言う結論にたどり着いた。

お気に入りの会社を買う利点は3つ。

まず株主優待の旨みが強いこと。伊勢丹(上限あるが、10%割引)、良品計画(7%割引)、セルシス(クリスタEX 1デバイス引き換え)、どれもありがたく使わせてもらっている。

次に、めちゃくちゃな下がり方をしても応援のために持ち続ける精神を保てること。良品計画はウイグルの綿問題で一時期かなり下がったが、売らなかった。好きだから、無印良品。こうしていれば勝手に長期保有になる。倒産して株がゴミクズになっても、くぅ〜好きだったなあ〜😢って言える会社の株しか買っていない。

最後のメリットは、自分が心地いいと思った顧客体験が損なわれた時に気づく早さが早く、生きているだけで撤退判断ができることである。たとえば、クリスタ(セルシス)のアプデ動向と絵描きの不満なんて、株を追ってなくても即時に目に入るし、クリスタユーザーとして改悪にはすぐ気づける。チャートを追わない人間にとって、日常を生きるだけで撤退/継続判断ができる価値は大きい。

ちなみにアイマスから離れた時にバンナム株を売っている。今はエアライダーで上がっているのかもしれないが、アイマスという縁が切れているのでどうでもよい。儲けるために買うのではなく、応援するために買うスタンスは絶対に崩さないようにしている。

◆よそ見する時も目的以上のことを目指すな
とはいえ、たまにお気に入りではないが目的を持って株を買うことがある。代表例が、今年9月末に保有していればディズニーリゾートの1dayパスポートを手に入れられたオリエンタルランド。これはタダで1dayパスポートを手に入れるために買った。優待〆前に買い、全く同じ価格に戻った時に売った。

別にオリエンタルランドがその後に上がっていようが下がっていようが、1dayパスポートをタダで手に入れる目的は果たせたのでそれで良い。目的以上の欲をかかないことは大切である。(ちなみにあれから下がったらしい)

◆10年後にどうにかなってれば、いいや
別に株であぶく銭を得ようとしているわけではないし、自分の生活を自分で守るしかない10年後、20年後になんとかなっていればいい。

だから、目の前の株価大暴落は全然気にする必要がない。むしろ毎月定額で買っているなら、たくさん買えてラッキー♪の気持ちでいる。株式相場がバカ下がった時に、ウキウキとお気に入りの会社の株を買ったりしている。
コロナ禍を経たからこそ、経済が3年落ち込んでいようが、もはや落ち込んでいることこそラッキーと思い込めるわけだ。もちろん、投資のお金が全てゼロになっても生活できるからこそ、であるが。

これが、インデックス積立放置・ウキウキ個別株人間の株式運用である。なお、これは給料の半分以上を投資に突っ込める人間の運用である。

この文章で強いてみなさんに伝えたいことを書くならば、株に真剣になれない人間は、真剣になれないなりのスタンスでいなければならないということだ。株のことをたくさん勉強して、画面に張り付いていられるような人間じゃないなら、身の程を知り、短期的な儲けなど目指さず気楽にやれば良いのである。

以上、気分が良い時に書きたかった投資日記である。おすすめ優待は、三越伊勢丹・良品計画・絵描きならセルシスなので、買うがよろしい。政治であれこれあってインバウンドが減ったので、今なら三越伊勢丹が安めですね。もうちょっと下がる気もするけど。

※投資は自己責任で
畳む

メモと日記,考え事 編集 BlueSky

こういう遊びをして夜が更ける
〜ディズニープリンセス 住みやすい国分析〜
https://chatgpt.com/share/68daa471-76e0-...

考え事 編集 BlueSky

こんばんはみなさま。すこし相談です。



文章で綴ることが大好きな文章中毒ゆえに、X・Bluesky(6アカウント)そしてこのてがろぐで好き勝手文章を綴っております。
とてもありがたいことに、このてがろぐを見ている方が2〜3人くらいいるようです。見てくださる方もいると、てがろぐも更新しようという気が進みありがたい限りです。また、たまにいただくお便りも温かい気持ちになっております。恥ずかしながら、小さいラジオをやっている気分にまでなってます。いい気分すぎます、ありがとうみなさま。

何を迷っているかというと、ヲタクでもなく真剣な考え事でもない、凡な日記的な話を「しずかなインターネット」に切り分けようかなぁということです。

・subro.bsky.socialの投稿数が他のフォロイーより群を抜いている。加えて単なるヲタクとしての私も、エッセイ的ポストもごちゃごちゃになっている。後者の話はsubro.bsky.socialにいる友人たちとあまり馴染まない。
たとえば大河の話やドイツ語の話は私のフォロワーに合わない。誰も大河を見てないし、語学学習をしていない。そういういった、知人と繋がりのない話をしずかなインターネットで行いたい。subrowr(てがろぐ出張)とsubrol(語学)もしずかなインターネットに統合させたい。
なんだかんだ、てがろぐを見ている方はsubro.bsky.socialも見ているんだろうなと気づいた。気づいたけれど、私がシャニソンの貴音に萌えてる話とか、お呼びじゃないだろう?棲み分けしてもよいのではないか。

・このてがろぐは不定期である。更新しないときはしない。通知機能はもちろんないので、気になる方は定期的に訪れてくれていると思う。しずかなインターネットは1週間に1回、更新があればまとめて通知してくれる機能があるらしい。いかがだろうか。てがろぐを更新した時にはしずかなインターネットでも共有すれば、わざわざ頻繁にここを訪れる必要もない。

・でもこのてがろぐとの違いは?と問われると、難しい。個人の日記めいた話はしずかなインターネットに、考え事や残しておきたいことはてがろぐに置いておきたい。

・一方で、これ以上投稿先を増やしてどうするという真っ当な意見もある。

・この投稿、No.262らしい。てがろぐはおそらく、こんな頻度で更新するツールではない。私は他の方の個人サイトのてがろぐをよく訪問するが、ここまで頻繁に、しかも長文を投稿する人を見たことがない。今更すぎる。

畳む

考え事 編集 BlueSky

卯月コウを人に勧めることはむずかしい。


彼の代名詞、「エモ」は記憶や経験との再邂逅を前提とした感情であるから、卯月コウの昔日に近い経験(エロゲとか)を持っているいるか、卯月コウが配信者としてこれまでたどった道のりを認識していなければ抱けない感情だ。初見が感じるには素養がいる。

「言語化」も卯月コウの真髄だ。しかし「言語化」それ自体は初見向けの広告として使いづらい。卯月コウの言語化とは、他にない彼の視座・視点と面白い感性を示すものだ。
面白い配信者を探す初見は「言語化しているところを見たい」というニーズを自認していないので、「言語化がすごい」をダシにすることも難しい。

卯月コウの配信は話題の再利用が非常に多い。「卯月コウのタラオって何?」と問われたとき、
卯月コウの苦手とする人物像、それに類する人物像、彼の発言など、理解していただくにはキショ長文で文脈を語らねばならない。
卯月コウの話は面白くとも、凡人のキショ長文は聞いていてつまらないものだ。

そして、卯月コウが持つ要素には一般に受け付け難い要素も含む。雑談の虚構率は高く、鉄板下ネタもあり、人間の定型化もよくある。
冗談を冗談と分からなければ卯月コウは難しい。not for meを無視して、for meを味わえないと楽しめない人はいるだろう。これもまた友人に勧めづらい要素だ。

それでも私は卯月コウが卯月コウを再生産することによる卯月コウの「エモ」の輝きに目が眩んでいるし、卯月コウの他にない視点・視座・感受性を孕む「言語化」が好きだ。

なにより、卯月コウがステージで輝いているとき、私は卯月コウが好きなのだなあとしみじみと思う。
部活は違うけれど、よく話すクラスメイトが、朝礼ですごめの表彰状を貰って、少しふざけてクラスメイトに向かってピースしている。そんな面白くも誇らしい様相を見て、心から沸いてくる嬉しさに似ている。
畳む

考え事 編集 BlueSky

よしながふみ先生の「愛すべき娘たち」を拝読しました!よしなが先生が描く人間がとても好きなので、他の漫画も読んでみたいです。

https://subro36.sub.jp/MessageReply/mess...

考え事 編集 BlueSky

願望と意欲の続き、について返信しました。
おそらく想定の100倍くらいの文量を図付きで語っております。いい機会をいただいたと思います。考えるって楽しいですね。まだまだ深められる気がします。

「こういうことを思うのですがあなたはどう思いますか?」と投げかける投稿をいただいたのは多分初めてだと思います。とても嬉しかったです。私にとっては美味しいご飯という感じです。

https://subro36.sub.jp/MessageReply/mess...
20250416234242-Subro.png

考え事 編集 BlueSky

「アロマンティック・アセクシャル入門」読みました。

恋愛や性愛で関係を築きにくい自分としては、心のどこかで身近な誰もがAro/Aceであってほしいということを願ってしまっている。結婚報告を見るたびになんだか落ち込んでいた。
(Aro/Aceだからといって、結婚しないともパートナーつくらないとも限らないとわかりつつ、Aro/Aceでありながは、自分の心に逆らわず現代規範に入り込める人は特別だと思っているので、結婚/パートナーを持っている人がAro/Aceだとしても疎外感を得る)

強制的性愛(同性異性に関わらず、みんな人を好きになるよね♡)が規範になっていて、恋愛や性愛がどんな感情よりも尊ばれてしまうことにここ数年心荒らしている。そして、異性間の絆だけ結婚という形で保護されることにモヤついているのだなと思いました。

「彼氏見つけて結婚しなよ」などを投げかけられた時、「今は異性が対象とは限らないんだから」と守ってくれた人に対して、ありがたかった気持ちと、Aro spectrumへの理解を求めるのは厳しい気持ちと、パートナーの関係を結ばないと立派と見做されない心の暗さがあったな。

読書嫌いなのでちゃんと読了できることが珍しい。積読も多いし、30〜40%で止まっている本も多い。

考え事 編集 BlueSky

劇場版忍たまに限ったことではないが、覇権に対して覇権の楽しみ方ができなくなって衰えを感じる。

ヲタクというのは同じものが好きだから集うのではなく、好きのベクトルと深さが同じだから仲が良くなると考えているから、孤独も感じてしまう。コンテンツは決してコミュニケーションの媒体ではないといえど、やはりヲタクコミュニケーションの根幹に、嗜好のベクトルの合致がある。
なんなら、たとえ好きなコンテンツが異なっていなくても、それぞれのコンテンツを愛するベクトルがあっていれば仲良くなれるのだ。一方、ベクトルが合わなければ好きなコンテンツが同じでも、コミュニケーションにすれ違いが起きて、離れていくものだ。


※女性のファンが多く、比率的に女性が多くの二次創作を作成している作品を「女性向けジャンル」と定義します。

忍たまは女性向けジャンルの中ではやはり覇権と伺っている。しかし、キャラ萌えもBL萌えもできなかった。ひと昔前に流行ったゲ謎もそうだ。

二次元に限らず、QKでもそれを感じている。QK演者に対してビジュ萌え・関係性萌えをしておらず、単純に面白さと、各演者のキャラクター性や人間性の良さだけで楽しんでいる。この演者に対する好感には、「推す」ほどの急激で熱的で盲目的な感情はない。盲目的でないから生活を阻害していないという意味では良い意味で、熱量がないという意味では悪い意味で、人間としてしか見ていない。「可愛い」という感情があふれるファンアート界隈を見ていると、やはり自分は覇権的な楽しみ方ではないのだろうと感じる。

別に昔からこのようではなかった。かつての覇権、イナズマイレブンではキャラ萌えもBL萌えもしていた。そして、ダンガンロンパではBLで二次創作活動もしていた。

いつからかじんわりと、自分の中で考える「そのコンテンツの模範的」な楽しみ方に収斂していくよう、どこかロックをかけている気がする。もしくは、歳を重ねて嗜好が変わっていったのか。
もしくは、狛日で覇権の楽しみ方ができないと気づいてから、自分の嗜好の言語化をしたために、そこに収斂していくようになったのか。
参考:スーパーダンガンロンパ2 狛日における作品傾向や解釈・苦手な表現を書いた記事

覇権から孤立する悲しさはあれど、自分の嗜好や良いと思ったことに関して、覇権的な考えや過度な表現に頼らずに考えられるようになったことは人生にとっては良いことであり、あまりマイナスとは思っていない。
自分が好きなものを好きな形で愛していけるし、思考を深めていけるようになったと思うので、割り切って歳を重ねた萎え萎え賢者ヲタクをやっていこうと思う。

なお、こんな捻れた悩みを抱えるヲタクにおいて、ブルアカは救いである。コンテンツが提供する模範的な楽しみ方とは、キャラクター描写のエロさとエモさと愛らしさを楽しむものであるから、自分が考える模範的楽しみ方からはみ出さずにただのキモヲタになれる。ありがとう、ブルーアーカイブ。


畳む


考え事 編集 BlueSky

「さぶろう」を名乗って16年くらいになる。人生の半分ぐらい、「さぶろう」の自意識で生きている。

逆に、本名の名前と自分を紐づける感覚が薄い。
今まで生きてきて、呼ばれる機会は姓>さぶろう>名になっている。特に、インターネットのお友達との交流がメインとなる直近5年をとれば、確実に名前より「さぶろう」の方が呼ばれている。
実店舗でのクレカ利用以外で本名の自署を書く機会はないが、絵にサインを入れる機会があるので、書き文字で絞ると本名よりも「Subro」と自称する機会の方が多い。

名前に全く愛着がない。画数に気を使い、祖母が決めたらしいが、かつて祖母がくれたポチ袋では漢字を間違えられていた。意味上の由来もなく、血縁で偉くなった人の漢字を1字拝借して、そのままだと畏れ多いから変換したらしい。

QKでは「佐藤」を名乗っているが、佐藤と呼ばれてもまだしっくりこない。しかし、私にとって本名と名前も同感覚で、名前に対して自己がうまく紐付けられていない。

二次創作などにおいて急に名前で呼んでドギマギする様、全く萌えないのはこういう理由だろう。自己に結び付けられていない名称を呼ばれても、違和感が強い。名前にそこまで特別な視線を注いでいない人生なのだ。

夫婦別姓が話題に上ることも多いが、姓の方が名より愛着があるので、名に代わって姓を差し込むほうが納得度がある。

ちなみに、「さぶろう」と自己が結びついていると、少しお得なことがある。大河や朝ドラでは「三郎」が出てきがちなので、俳優に名を呼んでもらいやすい。織田信長の幼名は三郎だし、「光る君へ」でも藤原道長の幼名も三郎だった。吉高由里子さんにたくさん「さぶろう」と言ってもらい、なんだか嬉しくなるくらいには、自己と「さぶろう」は結びついている。
畳む

考え事 編集 BlueSky

QKで、お一人からかなり文量のある感想をいただいて、もう2週間も経つのにいまだに嬉しくて、そして感想ってものすごい操作能力を持っているのではと今更気づいたのだけれど


ある特定の自分の趣向に合った作品だけを取り上げて、「わたしはXXが好きなのですが、あなたが描いてくれるYYという部分はそこにピッタリ当てはまって感動しました。特にZZというところが…」みたいな感想を長文で送りつけたら、創作者がモチベーションを持って取り組む作品の思考を自分の趣向に寄せられることができるのでは?
人から言語で自分の思考を定義されることで、その言語に引きずられて自分の思考を定義された言語にすり替えてしまうこともあるだろうし
5万のいいねより1回の特濃メッセージの方が気持ちいいに決まってるんだから。特に、本にまとめられてもない、日常のある特定の思考の作品に熱烈な感想きたら、創作者がその感想者の気を引きたくなってくるだろうし。現に、今も山本さんと鶴崎さんを描く時うっすら感想くれた方のこと意識してしまうし。

ていうかこれ、私がやってたことか?これまで。どうだろう、作るものまで影響与えていたのだろうか

畳む

考え事 編集 BlueSky

「独身女性のロールモデル」



結婚という選択肢は、これまで多くの人が選んできた※から、おおよそ社会制度や商品も結婚・出産を前提に作られている。人生の選択をするにもパートナーと共に考えられる上、共に時間を費やせる相手となってくれる。加えて、子供がいるならば、20年以上お金と時間を費やす存在となる。

一方で、独身という道にはレールがない。
独身という道に埋まっている人生の大きなイベントは「家を買う」「親の介護」「親の死」「病気」「定年退職」くらいだ。そして、現役の次のライフステージは「老衰」と「死」である。時間を費やす人間も、親の介護がなければ基本的にない。何もなければただひたすら膨大な時間を消費するすべを考えなければならない。

※30代女性は6〜7割結婚しているらしい
https://onet.co.jp/marriage_column/3234....

と、いうことを、24歳くらいの頃に自覚し出していた話を以前した。
直近、SNSでも独身女性のロールモデルってないよねという話を見た。
http://subro36.sub.jp/TegaLog/tegalog.cg...

特定の人に憧れてもらいたいわけでもないのだが、最近は少し、独身ヲタク女性として誰かのロールモデルになれるならなりたいなと思っている。
年齢28歳、実家暮らし、一般大卒、みたいなところをネットに出しているのもそこが理由である。
私だって、「XX歳にもなって実家暮らし」と年齢と処遇を聞いてため息つかれることも、プライベートな時間を趣味にぶちこんでいることを大人気ないと言われることにもやはりどこか怯えと悲しさがある。

もちろん別に私は一般女性の中央値でも平均でもないから、多くの人のロールモデルになることはない。一般的にいえば高学歴だし、同年代一般より高収入だし、東京都近郊実家暮らしとかなんてまあある条件ではないだろう。
でもきっと、お絵描きや漫画を愛している同じ界隈には同じような人がいて、そして同じようになっていく人もいるかもしれない。そうなった時に、周りの意見で怯えているような人としては映りたくないな、と思っている。

同じようなことを以前も言ったのになぜまた綴っているかというと、
最近QKのFA界隈を眺めているからだ。18歳未満が多い、そして、一般大を目指している子が多い。多分、彼/彼女たちは絵を大学で学ばないし、きっと仕事にしない。(ダンガンロンパの同人描いている人って美大卒・職業で絵を描いている人多くないか!??!?!?!)
この子達、きっとどこかで美大に行かない・絵を趣味とする、みたいな選択肢をするんだろうなと思うと懐かしく思い自分を重ねてしまう。私も絵を趣味にしているから、美大に行こうかと思った時期がある。でも、絵は趣味でいいと割り切って、一般大に進学した。そして、一般大を卒業して会社員として就職した後、趣味つまり「時間を使えるもの」として絵や漫画があることがかなり救いになっている。美大行かなくたって趣味として絵は偉大だ。中学生の時に上手くなくたって、三十路の時には絵が上手くなって来るかもしれない。それはみっともないことではないし、絵があるから将来の時間を潰せそうだし、楽しいよって示したい。

独身において、他人に笑われても自分で未来を設計する精神を持つというのはかなり大事なことだと思うので、後続の独身たちが胸をはれるよう、私も胸をはりたいなという話。


畳む

考え事 編集 BlueSky

てがろぐにコメント機能をつけました。こういう実装をするたびにChatGPTに課金しています。
本来自明な指示を送らなければならないのに、ふんわりした指示しかできないため、かなり格闘しました。ありがとう生成AI。


そういえば、生成AIに対するスタンスとかも示したいです。わたしは生成AI自体には肯定的です。というか、仕事柄肯定的と言わざるを得ません。

基本的に私は生成AI推進派だけれど、創作という分野に関しては倫理観の欠如が顕著に見られるため、利用には懐疑的です(利用者の倫理が追いついていないと思う)。(この文章を読む人は、これで私が“AI推進派“だと切り取るよう人ではないと願いつつ。)
そして、私に対する倫理観のない屈辱的な行為には、生成AIの利用に関わらず強く反対します。

創造的でない仕事は奪ってほしいです。生成AIは人の業務時間を給料据え置きで6時間にしてくれる可能性があります。まあこの目標は、資本主義社会では難しいでしょう。労働時間が減るなら会社は利益を最大化するためにコスト(給料)を減らすに決まっているからです。まあ、少なくとも現実的に世の中から無駄な残業は減らせます。私は仕事を通じて、人に快く仕事をして欲しいと思っており、生成AIはやはり強力なツールだと思います。世の中、もっと人間が楽しく快く働きがいを感じられるはずの業務に時間をさけるようになって欲しいです。

生成AIではできないこと、それは倫理的な判断です。
生成AIでは倫理的な判断ができないから、生成AIの利用には倫理が求められます。人の尊厳や人格を奪うことはあってはならないのです。
たとえ仕事を減らせたとしても、その人の尊厳を奪うことはよくないと私は思います。

殊更にイラスト業界において、生成AIはひたすら人の尊厳を奪っていることが気になります。何年もかけて育てたスキルや画力を、奪ってやったと主張する、仕事は奪えると主張することも、作者の思想にないことをあたかもその作者が考えた/作ったように見せかけられる使い方も、私個人は嫌悪しています。
(著作権における不正義は一旦置いています。今は法的な正義ではなく、私の倫理に反するという感情的な話をしております)

わたしは、倫理観のないAI使用に強く反対します。
よって、私の絵も生成AIの学習に使うことを禁止します。が、X社については許容します。私が恐れていることは、自分の絵柄で自分を騙られて、自分の思想に反するようなものを生産されることです。X社に絵を学習されたとて、私の絵柄で絵を描くことは難しく、私に被害(上記の通り、自分を騙られること)はないので構いません。私/私の絵と詐称して、私の考えにないことをあたかも私が考えたかのように見られることが屈辱なのです。

補足1:
正直、2024年11月現在では、生成AIが創造的な仕事を完全に奪えているかというと、微妙だと思っています。生成AIは、あくまで確率的にそれらしいとのを作るだけで、まだ究極的な審美眼には劣る気がしてます。人間が作品を見て得る心地よさの精製は、まだプロフェッショナルな人間の審美眼に代えられるものではありません。

これは画像生成AIで感じているというより、普段の仕事で感じています。膨大な、時には言語化できていないインプットと、欲しいアウトプットがある中で、適当に生成AIに資料とプロンプトを突っ込んでもドラえもんの道具のように欲しいものをビッタリ出してくれない。残念ながら、私はスライドをちまちま頭を動かしながら書いているわけです。
このてがろぐにコメントボタンを実装しましたが、まあ普通に位置とか微妙ですよね。生成AIのアウトプットをプロフェッショナルな創造物と代替させるには、それをチェック/修正できる能力と審美眼が求められると思います。(コメントボタンの実装はほぼ生成AIに丸投げして、できていない部分を文句言って修正させまくりました)

そして単純に、生成AIが万能であるならば、生成AIと倫理観の欠如の問題に生成AIが解決策を出しているでしょう。やっぱり人間の創造性がまだまだ重要ということです。

補足2:
(倫理観はともかく)今の生成AIの絵ってすごいですよね。私より100,000倍上手い。
さて、生成AIの絵を見た時(生成AIだとわかった時に)に抱く嫌悪感を説明できる人がどれだけいるでしょうか。単純に生成AIだからと言って不正義であると考えるのも、問題から目を背けている気がしてなりません。困っている人に対して、なんの解決にもならないのではないでしょうか。

生成AIを自作の絵だと偽る倫理観が気持ち悪いのでしょうか。では、正直にAI製と言っていたら嫌悪感はない?
もしくは、学習セットに著作権として許諾されていないものが含まれているにも関わらず、利用している倫理観のなさが気持ち悪いのでしょうか。では、著作権的に本当にクリアな物を使っていたら嫌悪感はない?
自分が年月と努力を持って築きあげることで生まれた製作物と同等のものがプロンプト(AIに与える命令文のこと)だけで生まれることに対する、自分の経験を軽んじる行いへの憤りがあるのでしょうか。もしくは、“本物を見極める自身の審美眼”がなかったことに対する憤りを生成AI製の絵に転嫁しているのでしょうか。

私も、生成AIの絵に対する、居心地の悪さを抱いています。一方で、どういう倫理(法律)を定めたら、創作者が救われるのか、考えるにはその線引き(あなたの倫理)がとても重要になる気がします。

補足3:
上記の文章をChatGPTに入れ、関連する論文を出すように指示したところ興味深い論文を見つけてきてくれました。

生成AI(Generative AI)の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)論点の概観 : 2023年3月版
(大阪大学社会技術共創研究センター)
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ou...

"古い"文章ですが、生死AIを取り巻く倫理的・法的・社会的課題において議論された内容が各種まとめられており、とても興味深い文章です。
生成AIのデータセットは米欧のデータセットが多くバイアスが含まれるという一般的な指摘から、私たちに卑近な例まで多く取り上げています。興味があったら全文読んでみてください。堅苦しい本を1冊読むより、生成AIの様々な問題に気楽に触れることができるでしょう。

例えば、Stable Diffusionは研究目的と称して学術機関で利用したデータを使うことで、著作権問題をロンダリングしているという指摘があります。

"研究⽬的としてなら著作権に保護されたデータを( 「フェアユース」 に該当するとして) 容易に収集することができ、そこで⽣み出されたデータセットを使うことで、著作物の使⽤に対する対価を払うことなく、 商業製品を作ることが可能になるのである。まさに Stable Diffusionは(LAISON に資⾦提供をしているにもかかわらず)このような形で作成された。 "1)

1)大阪大学社会技術共創研究センター.生成AI(Generative AI)の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)論点の概観 : 2023年3月版,p.7

一方で、"古い"文章であることには注意して読んでください。GPT4が公開されない決断をされた、というのは23年3月の"古い"情報であり、GPT4は一般公開されているわけですから。

畳む

考え事 編集 BlueSky

投稿を見るには鍵を入力:

メモと日記,考え事 編集 BlueSky

QKメンバーへの印象とか、見方とか

皆さんクイズがとても好きで、時に悔しさも感じながらも楽しくクイズに人生を賭けている感じが楽しいです。クイズにもクイズ以外の好きにも真剣な様が、人生の豊かさを感じて見ていて気持ちいいし、見るだけで生活に良い影響を貰えている気がします。

伊沢さん→クイズが強い上に、本当にクイズとクイズプレイヤーが好きなことが伝わってきます。演者としての面白さの演出も光っていて、視聴者側に対する意識を強く感じます。時にピエロを演じながらも、「わかりやすい」を届けてくれます。飽くなき探究心と自立性と馬力を尊敬しています。

ふくらさん→私個人がひらめき系がものすごく苦手なので、ひらめき系の思考回路の早さに魔法をかけられたような驚きを感じています。1日だけ脳のスペックを体験できるなら絶対にふくらさんがいい。映像制作ドキュメンタリーにて、エンタメという非言語性の高くなりがちなコンテンツであっても、最適に言語化してチームプレイで動画を煮詰めていく姿勢を見て、仕事人としても尊敬できる人だと感じました。

河村さん→おかしな企画で想定外の企みをする様が好きです。河村さんしかできないアイデア性の高い動画の「破」があると思います。特許の件、二極点、わりやすい割り箸(裏工作)など。センスが良く、賢く、憧れの知識人像です。

山本さん→QKのみなさんにはそれぞれ得意ジャンルがあるけれど、漢字が得意と一貫している山本さん。
クイズには「学ぶこと」と「発揮できる」の二面があると素人ながら感じています。山本さんの漢字勉強への姿勢と漢字王として語彙問題を無双している姿を見ると、「学ぶこと」と「発揮すること」の両方ができる知の両輪を感じられます。ずっと漢字を勉強している様を私たちに見せてくれる山本さんを見てると、私も学んだことを発揮できるまで勉強したいなと思わされます。特に、山本さんを見てると漢検を勉強して日本語をもっと知りたい・使えるようになりたいなという欲求が生まれてきます。
周りが正解に対して、褒めたり感心したりしていることも多く、そんな人柄の良さも素敵です。
みなさんのことを等しく魅力的に思っていますが、同大卒なので全員並んだ時には山本さんを応援しています。早稲田を出てくれてありがとうございます。
あと服選びの系統が好きです。

鶴崎さん→ニコニコしていることが多く、クイズの一問一問に感情を見せてくれて、ものすごくチャーミングな人だと思ってます。心をものすごく和やかにしてくれる、唯一無二のキャラクター性を感じています。
あと個人的な体験ですが、得意だった数学を数学ⅡBで終えてしまったまま、受験で使わずに経済数学に飛び込み、理解しきれないまま単位を取得した思い出が燻っているので、数学を楽しんでいる人をとにかく尊敬してしまいます。いつか数学にはリベンジしたいです。

須貝さん→ものすごく頭がいい方できっと勉強で周りに劣っていたことの方が人生少ないでしょうに、クイズ初心者がゆえに周囲のクイ研出身者と比較してクイズができないことも多かった須貝さん。それなのにとにかく「知らない」「わからない」を認めて素直に感心したり、「学べた」と素直に言う姿勢がものすごくみていて気持ちよくて、こちらまで素直な人間になりたくなるナイスガイだと思います。そしてなによりしっかりクイズも強くなる賢さが人間としてかっこいいです。明るく、周りの言葉を良く聞いていて、年長者としての落ち着きがありながらも場の盛り上げができて、人間として素敵だなと思ってます。

東問さん→クイズとクイズに関する知識が本当に好きなんだなと思います。ふくらPの結婚報告動画で、タイムレースクイズをものすごく楽しみにしている東問さんをみてQKを見始めました。abc優勝に関して語る動画で、相手の回答を調整しながら、そして自身の答え方の調子で狂わせながら、場をも巻き込んで勝利を掴んだ策略には脱帽です。サブチャンネルで、クイズの回答にまつわる語彙での会話を続けているときがあり、クイズ狂人すぎるだろと思ってビビってます。クイズへの愛をものすごく感じる、豊かな人生だなと思います。
東言さん→言さんがふざける瞬間が好きです。(東言さんも好きなんだけど、東兄弟としてみすぎていて単体の感想がうまくでてこない)

東兄弟→最近ようやく見分けがつくようになりました。全く同じ人生というわけではないはずなのに、クローン・別個体と感じるような相手がいるってどんな面白い人生なんだろうと思っています。お互い一番好きなものが一緒で、ふたりで楽しくやってきて、でもやってきてことは違うから結果は異なっていて、違いもあるけどやはり重なる部分も多くて。滅多にない仲だなと興味深く見てしまいます。

とむさん→言語が得意で穏やかな雰囲気な、なんだか浮世から離れているような不思議な魅力がある方だなと思っています。
スコレーに入ってたまたまブログを最初に拝見したのですが、個人的に文章が自分にベストマッチしていて強烈に面白いです。まだ途中ですが、最初の記事から全文読んでいます。個人的に、ある程度一定回答が世間的に固まっている問いに対して思考を深めて自身が納得する答えを編み出す行為や、考えなくてもよいとされる問いに対して思考を練ることが、(このてがろぐをみれば一目瞭然の通り)とても好きです。コメントからの問いに対して思考をめぐらす様を文章にしたためてくださりありがたいし、自分とは全く異なる視点や浅学な自分には想像がつかない深さと広さの解像度があって非常に面白いです。

畳む

メモと日記,考え事 編集 BlueSky

考えたい題材
・おそろしく記憶力が悪い一方、おそらく人並みに長けている、「考えと考えの因果関係・影響関係の繋ぎ合わせ」の力により暗記をカバーしているきらいがある
・じゃあ絵で脳の処理を行わせることとは何か
・WishList

考え事 編集 BlueSky

4年間続いた原稿マラソンを中断して1ヶ月、検定の勉強・blenderの練習・絵の練習をしてきた結果、原稿を含む絵の類が一番集中できていないと気づいた。


おそらく、脳内で思考が行われている時は集中できる。特に何かと何かの要素を論理づけたり、組み合わせて活用したり、新たな発見を得ようとしているときは集中できる。例えば、今この文章を書いている私は集中しており、他のコンテンツに手を伸ばそうとは思わない。この場合、他の脳を回す要素(動画など)を並走させることは集中の阻害にしかならない。
一方で、脳を働かせない作業は全く集中できない。私は絵をあまり考えて描いていないから集中できない。その良し悪しはおいておいて、何も考えていないからこそどこかで頭を回すことを求めてしまい、Twitterに行く。作業通話の方が集中できるのも、通話によって脳の処理が走っているからだと思う。だからこそ、娯楽であり脳を回転させる必要のないYouTubeよりも頭を処理する題材に溢れている「100分で名著」が作業に向いている。
畳む

考え事 編集 BlueSky

ちまちまと空き時間に検定の参考書読んで勉強を進めつつ、寄稿もやっている。
なにかしらのやりたいことに余暇の時間を突っ込んでプライベートは全て「予定あり」に変貌させるあたり、原稿やっている時と挙動が変わらない。

一方で原稿時から変わったこととすれば、Twitterの見る頻度。アプリ上ではにじさんじのアカウントのみログインしているので、参照頻度減りました(異常ヲタク→常人のヲタク 程度の変化)

やりたいこと多すぎる。別に人生の役に立てようとも思わない、自分のためだけの黙々とした作業が好きすぎる。Wish List作ったら余裕で100超えるし、うち90はインドアな気がする。というか検定とか勉強系で10個埋まると思う。一度作ってみようかな〜!

考え事 編集 BlueSky

インターネットの縁を気に入っている。


インターネットの薄氷の縁がとても好き。インターネットによってできた縁を疎かにしているとかではない。なんなら、インターネットで得た友人が、友人上からNo.1・2・3だ。

インターネットは現実に利害が生まれにくいからこそ、どちらかが嫌になったらお互い離れましょうね、ができてとても豊かだと思う。ほぐれやすいのに仲を続けられるということだから。

年1で旅行にいくようになった友人も、議論レベルと経済価値観が近すぎてなんでも話せる同業の友人も、言葉を交わすことはあまりない15年来の相互も、ほぐれやすさがありながら縁を続けてこれたので、ひたすらこの縁が愛しい。

それだけでなく、ほぐれてしまった縁も好きだ。「いい思い出だったな」と思える、もう姿形も見えない縁も良い。ジャンルの切れ目が縁の切れ目になっている場合も、お互い心地よいひとときだけをちゃんと過ごせたということだから。

私が突き放した縁も、向こうが突き放した縁も、ちゃんと離れられてよかったねと思える。ほぐれやすさが一種の信頼なのだ。

このほぐれやすい縁が大好きなので、ジャンルを離れても仲良くしてねなどと誓わないし、明日の約束を求めないけど、繋がっている人たちに対して緩くほどけやすい形の愛はあるよ。だからこそ鎖で結びつけたくないということを大事にしたい。

書いておいてなんだが、新刊のアンチテーゼすぎる。
畳む

考え事 編集 BlueSky

プロフィールから「左右固定」表記を外している


実は結構ゴリゴリの左右固定で、描くのだけでなく見るのも左右固定である。
一時期はプロフィール左右固定明記の狛日しか見ていなかった。プロフィールにABA表記があったり非固定表記があったりすると、ミュート/リムーブしている。

この有様なので、左右固定表明を安心材料にする気持ちはすごくわかるし、わたしも安心材料として見ている。
ただ、左右固定のうち、特に糖度が高いイチャラブが好きな人が私のことフォローすると、糖度避け要素の高いわたしの言動に対して嫌な思いをすることが多いのでプロフィールから除いている。

狛日なら全て読めるものの、左右固定者の中では好みが少数派である。
左右固定というより、狛→日固定なことが転じて左右固定である。矢印が逆になるような描写であれば、狛日だろうとあまり興味がない。狛の支配欲・マウント欲を含む欲を受け止められる男、つまりセックスの際に掘られることに同意してくれるチャンスがある男として日向を見ている。そしてプライドが高くて欲望(ここでは日向の支配とマウント)を完遂する知的な男・狛枝が好きだから、左右固定なのだ。
だからこそ、狛日であろうが「性愛・恋愛に絞った矢印において」狛→←日も狛←日もあまり興味がない。その状況でパートナーとなるに至る日向から狛枝への感情や関係性の変化(拵え)は大好き。

苦手ではなく興味がない、逆もリバも興味がない別物として見ている…という感じなので、「地雷」というほど過激ではない。興味あるものの中に全く興味ないものが混ざっているから自衛しているという感じ。

一方、難しいのが私のようなやつの好みは「左右不定」に多い。左右は「どうでもいい」、つまり、「どっちでも好き」ではなくそもそもセックスの解釈が描写において不要なのでどうでもいい…という人が一番好みの狛日を描いてくださる。
しかしこの世に「左右不定」の表現は流行っておらず、「左右非固定」と表現されるのだ。しかし、現状「左右非固定」の世界は「どっちでも好き」の人の方が俄然多い。
「どっちも好き」の中でも、好きな男の受け描写がとにかく好きな人、まあいわゆる雑食の方はふたりの矢印なんてどっちでもいいし、その上「性自認の否定」や「過激な表現」を用いる人が多いので、興味がないどころか苦手まで感じてしまう場合がある。難儀だ。
https://subro36.sub.jp/wordpress/komahi_...

最近プロフィールに「左右固定」と描いてなくても、「狛日」というラベリングがされた作品を見るようになったのは、この世から「左右不定」というドンピシャ好みを探すための前進である。
しかし、私が左右不定を名乗れるのかというと、完全に左右固定なので、救えない。

畳む

考え事 編集 BlueSky

岡田将生とわたしが逃れられない外見主義(虎に翼、ラストマイルネタバレ含む)


岡田将生さんが好きだ。岡田将生さんほど、非常に整った外見であるものの、性格に欠陥があるせい(お陰)で通常の人間と同程度に扱われる役柄が合う人はいない。
例えば、「星の子」における先生、「大豆田とわ子と3人の元夫」における慎森のように。顔はいいが、性格に難があるから通常の生活を続けてられるんだろうなというキャラクターの性質を瞬時にわからせられる役者はそういない。

今ルッキズムは非難の倫理観として語られるし、わたしもやはり正常でありたいので人を外見で判断しないように心がけている。

しかし岡田将生さんを見ると自分の中のルッキズムがメキメキ生えてくる。振り返ると、あーあ、と、自分にがっかりする。

「虎に翼」の星航一として岡田将生さんは出演されている。もともと「虎に翼」の話が大好きで、知り合いの誰一人として語る人がいない中で「虎に翼」がいかに面白く素晴らしい脚本であるかろくろを回していた。しかし、星航一(演:岡田将生)が出てからは、岡田将生の顔が良すぎる…とテレビの前できゃあきゃあするばかり。おそらく私に限ったことではなく、虎に翼 タグを眺めていても、「岡田将生の顔の良さに頼る星航一」の感想がよく出てくる。最近の星航一は岡田将生さんの顔の良さでも補えないようだが。

まあ、つまるところ家庭を顧みない男(おじさん)星航一に岡田将生さんの顔のバフがかかることで話のノイズになっているのだ。登場週付近の「虎に翼」を見ていると、ルッキズムを捨てられない自分に気づいてしまう。

「ラストマイル」にて岡田将生さんが出演している。彼はなんてことない若者で、物語の中でエレナ(演:満島ひかり)の働く背中を見てちょっと頑張る役という感じで、話の中でビビッドな成長を遂げるわけではない。あえて逆説を使うが、しかし、顔が日常ではあり得ないほど美しい。なんというか、岡田将生の演技ってこんなに生を得てなかったっけ?となった。普通の、労働環境ににぶい青年に見えない。この役、もっと凡な演技が上手い役者立てたほうが良かったのでは?
窪田正孝さんはもうMIUで六郎として出ているから使えないけど。なら風間俊介さんとかどうですか。濱田岳さんとか。松下洸平さんも頭をよぎったけれどMIUで捕まる殺人犯でしたね…。今上げた役者は顔がどうではなく、私は彼らの演技が本当に好きなのだ。顔がノイズになることがない。ルッキズムを発揮してしまう役者、本当に岡田将生だけなんだ。

でも、演技を懸命にしているのに美しすぎる顔が演技のノイズになって、何をしても評価が顔に終着してしまう自分の考えが本当にキツい、彼は役者なのに。「星の子」の先生、本当に嫌なやつでよかったと思うのに、「ラストマイル」の演技は役があってなかったなと思うのだ、演技力は今の方が磨かれているはずなのに。

岡田将生さんを外見抜きで、演技で、作品で評価できるようになるまでルッキズムが潰えたとは言えない。わたしはルッキズムが憎らしいのに。あーあ。となる。
畳む

考え事 編集 BlueSky

自分の恋愛指向がおそらくデミロマンティックであり、独身のまま一生を過ごすんだろうなと腹括っている話



注:デミロマンティックとは
感情的な絆や信頼関係が築かれている関係の人に対してのみ、まれに恋愛感情を抱くセクシュアリティのこと
https://ideasforgood.jp/glossary/demirom...

24〜25歳くらいの時、自分は一生結婚しないと思った。そして、独身には簡単に参考にできる人生のレールなどなく、自分でちゃんと考えなければ人生を生き切ることは難しいかもしれないと悟った。一生を誓う機会も、出産も、人生の歩き方を相談する相手もいない、次のライフステージは大病か退職であり、人生の相談相手は自分の意思だ。

周りを見れば、世の中の人たちはパートナーがほしいと思う人が「ふつうに」多い。そして、自分はそちら側ではないなと悟った。別に毎日が楽しいから、一人でも生きていけるからパートナーはいらない、とかではなく、本当に恋愛というものがどういうものか覚えていない。そして誰かの特別になりたいという意欲がない。

横道にそれるが、大学時代にメンヘラにわりと面倒なくらい追われたことがある。恋愛指向以前に、それ以降人に特別視されることに辟易している。誰かに特別視されて愛を注がれても、自分は同等の愛を返せないので重荷になるばかりだ。メンヘラ嫌いの元凶はこいつである。

なお、アロマンティック(恋愛感情がない恋愛指向)ではない。8年前くらいにはパートナーがいたこともある。親友から発展した最初のパートナーは恋愛的に好きだった記憶もある。それ以降恋愛感情を抱いたことはない。

なお、性的指向は不明だ。恋愛しないから現実の心の揺れがなく、コンテンツにしか性欲が向かない。コンテンツの傾向を見るに、おそらく性的指向はバイかヘテロか……。恋愛を経なければ対人で性欲を発揮することがないので不明である。

社会人になりそもそも深い精神的繋がりを得るような出会いもない。そもそも仲良くなったら高確率で恋愛に発展するわけでもないので、まあ結婚はしないだろうなと腹を括っている。

腹を括るとは何かというと、独りで生きる覚悟とは少し違う。独身を生きる覚悟である。

ひとつは、独りにならないように気の合う周囲の人たちは大切にしようという覚悟だ。
人は一人では生きられない。社会の構造としてだけではなく、わたしは独りでは精神的に生きられないと悟っている。SNSをやっているような人間はどう足掻いても誰かと繋がっていたいのだ。本当にひとりでいいならSNSなどやめている。
誰とでも仲良くする、というより、好きな人たちを大事にしたいな〜という誓いである。私と違って、結婚する友人もいるけれど、わたしとあなたはわたしとあなたでいたいし、結婚してもしなくても、わたしはただのわたしとしてそこに居るからね、という誓いでもある。

そして経済的な覚悟と、家族というつながりが今しかないという覚悟だ。実家暮らししている大きな理由でもある。

お金を貯めなければ今後誰も自分を支えてくれない。他人がどう後ろ指を刺そうと私は人生を謳歌しながら、ありがたいことに東京近郊にある実家で暮らしてお金を貯める。できれば実家を相続したい。衣食住の「住」大きすぎる。姉に払う相続分与のお金、修繕費、相続税分は貯めなきゃなと思っている。計算したら思ったより高額でくくった腹がたわむ。「住」、なんと大きいことか。

そして、両親(と姉)がわたしの最後の家族だと思っており、大切にしている。特に母は大事にしている。せっかくお金はあるので、美味しいお菓子とか持って帰るし、いい寝具も買っちゃう。我が家族のQOLをせっせとあげることを楽しんでいる。まあお金をかけるならもっと家事で貢献した方がいい気もするが、平日はどうあがいても難しいので、とりあえずやれることをやる。

さて、私が30を前にして実家暮らしであることを堂々と言うのも、実はデミロマンティックと独身の覚悟が背景にある。

趣味を謳歌し、お金を使い、実家暮らし、悠々自適と言えるが、世間から見たら恥ずかしい女と言う人もいるであろう。でも言うし、誤魔化さない。「楽しく生きているし、実家でぬくぬく生きている」、と。
他人からの目線を恥ずかしがっていたら独りの人生なんてやっていけない。経済的にも、最後の家族という気持ちにも、そして自分の人生を楽しく生きるためにも、他人からの後ろ指に構っていてはダメなのだ。今の自分と、最後の家族を誇りに思って生きる。

そして、きっと私を見て、こんな人生でもいいかもなと思える「参考にできる人生」になるかもしれない、と思いながら「実家だよ、ずっと原稿しているよ」と言っている。


……と偉そうにいうが、まあ、東京近郊実家+稼げる職種はスーパーレアなので、「簡単に」参考にできないだろう。まあ豊かな暮らしであっても、実家に甘えていても、厚顔無恥に自分をやるしかないのだ、独身を楽しむ覚悟と一緒に。
畳む

考え事 編集 BlueSky

キーボード配列の起源も理由もわからないし、脳内で配列が再現ができるわけでもないのに、ブラインドタッチができることを不思議に思うことが未だにある。記憶を失ってもブラインドタッチってできるのかしら…

考え事 編集 BlueSky

気づいたけど自分の絵の認知が自分の中にないかもしれない、特に狛日においては絵って漫画描くためのたのしい作業であり、それ以上でもそれ以下でもないので、気づくと絵ができており、絵としての価値を脳内で換算していないかもしれない!
出力と漫画に組み込まれた役割だけで自分の絵の価値が完結する。確かにここ数年絵のうまさにこだわらなくなったのは、そもそも自分の絵に絵としての価値として換算していないから、上手かろうが下手だろうが全く価値に響かないからかもしれない。

考え事 編集 BlueSky

私の会社の上位層は無能に対する見切りが早い人が多い。「私の金言によって人は変わることができる」と思いながら接し、一方で人は変われないと認識して、見切る算段を裏で話すのだ。恐ろしい。これまでが仕事の話だ。

「ある人にとっての救世主になりたい」という欲望が人にはあるんだなとインターネットライフで実感している。「私の金言によって人は変わることができる」と無意識に思っている人は多い。ヲタクが自分の同人誌の価値のなさを吐露する時、不健康な生活を話す時、救ってあげたいという作用が働いて根気強く声をかけてしまうのだ。とはいえ人は変わらない。同人誌のなさを吐露する人はいずれ自分の同人には価値がないからと声をかけた事実も忘れ去ってそのジャンルを去るし、不健康な人はいつまでも不健康だ。



金言願望自体が傲慢で不健康なだけでなく、金言願望が報われない場合、言った人も言われた人も精神的に疲れるのだ。「私の同人誌に価値はない」という人に「私はすごく好きですよ」と伝えても、「私の同人誌に感想くれる人がいない」と言われ、自分の発言を無にされるのは疲れる。そして無にしてしまったことを自覚した人も、言った人しか覚えていない余計な金言に気を遣わねばならず、疲れる。

かくいう私も、金言願望はある。ただ、単純接触で人を救うことはできないと自覚し、ここ1年くらい人を救えると思うことにストップをかけている。同人誌に自信がない人も、不健康な人も、発信を見かけても自分からは全部無視している。本人が自分を受け入れるようにならない限り、精神衛生が良くなることはない。自分が励ましたからといって、その人の救世主になれることはない。暗に励ましを求められても、自分の感想を伝えるだけで「だから大丈夫」という話はしない。精神が不安定な人が作品を投稿した際も、喜んでもらおう・励まそうという目的の反応や感想は残さない。自分が好きなものや言葉を紡げる事しか言葉を残さないようにしている。

そもそもヲタ活などそれでいいのだ。反応を盛り上げて作者に自信を持たせようなどということは、あまりに傲慢だった。気を使った感想をやめた分、自分が好きなものの言語化に時間を費やすことができるし、精神不安定な人に飛び込まないから精神が引っ張られることもないし、精神衛生上もいい感じだ。自分勝手かもしれないし優しさはないかもしれないが、これでいい。

人はそう簡単に変わらないと信じている。人が変わるには適度な時間と適切な対応が必要で、一瞬袖ふれあうくらいじゃ人を変えることはできない。一方、人は変われると信じているので、袖触れ合う度に同じ内容を繰り返してでも根気強く接そうと思っている。でも後者は会社という、共通の理想像があり、毎日話す機会がある場合だけの話だ。薄く儚いインターネットの絆で、人を変えようなどと思わないようにしようと思う近頃である。


畳む

考え事 編集 BlueSky

過激な表現を面白がって使うのはやめようという、当然だけど長い間できていなかったであろうことに対する祈りがある。結果として日向の胸部について、あまり過激な発言をしたくないし、狛枝にもそれを投影してしまうのだけれど、かつて日向の胸部について「性的にイジる」ことは自分もやっていたことであり、過去の自分に対しての恥ずかしさだけある。こう、心で性的だと思うことはあるけれど、あまり発信したくないというか、そのセクハラである過激さに溺れたくないとは思う。狛枝が好いているのは胸囲91cmの日向ではなく、ただの日向であることを大切にしたい…

考え事 編集 BlueSky

私は誰かを傷つける可能性があるから、自分の解釈は鍵垢で言えという論には個人的には反対である

前提として
・私の表アカウントでの呟きの主語はすべて「私」であり、自分の思考を精緻化するためのものである。
・一方、「私はこう思わない」という話を聞くと悪口(人格否定)と捉えてしまう人はいる。
・個人的な意見の表明が他の人にも考えのきっかけを与えて、各々がひとつのテーマに従って各々の考えを示し、お互いに影響を与えて思考や言語化を精緻化していくさまを「議論」として攻撃的なものと捉える人がいる。
・そういった内容は公開アカウントではなく非公開アカウントでやることがマナーだと思っている人がいる。

私は「特定の人の意見表明を、その意見を明示しないまま「悪口を言っていた」と鍵アカウント呟いた結果、鵜呑みにした他鍵アカウントが火種を知らないまま悪口だと言い切った人を支持する雰囲気が広がり、最終的には発言者への個人攻撃になる様」をみてきた。私は、「鍵アカウントだから安心」と幻視しそうになるため、鍵アカウントは作らないようにしている。どうしてもエコーチェンバーが働き、悪意が煮詰まりがちである。当事者になりたくない。

なお、他の人も鍵アカウントをやめろと言っているのではなく、"私が"誤りそうだから作らないようにしているだけだ。

そして上記の発言も「鍵アカウントを作る人の悪口を言っている」と捉えられるのである。否である。別に他の人に強制するでも注意を促すでもない。自分はそうだと思うというだけだ(鍵アカウント内での個人攻撃が自分に届き、当事者になったら辟易するが)

解釈や思想はひとつしかなく、Aという意見はBという意見を駆逐すると考えてしまう人がいる。一方で、私はAという意見に対するBという意見は、いつかCという意見に昇華する可能性もあると考えているので、同じテーマに従って意見を交わすことが大好きだ。

たしかにこのAにはnotBを含むかも知れないが、それすらCを生むと思っている。また、notBはBの意見を持つ人の人格否定でも悪口ではない。

この意見の出し合いについて「議論」「悪口」だと捉え、全てを駆逐するのがゴールであると勘違いされると、嫌な印象を持たれるわけだ。意見を言っている人の目的と、意見を言っている人が目指していると思われている目的が異なるわけだ。

こういうメタ的視点を説得しようにも仲が良くなければ難しく、受け入れ難いものなので、結局お互い自衛した方が平和だと言うことでブロックしている。別に自分の意見を不快に思わないように説得させる親切心はないだけで、敵意のあるブロックではない。


畳む

考え事 編集 BlueSky

BL二次創作において少女漫画のヒーロー×ヒロインテンプレートが強すぎるから、そこから逃れられない限り自分の気持ちと齟齬がある作品からは逃げた方がいいんだろうな。
ジェンダーというより少女漫画の流用のイメージの方が近い。
ヒーローは
・ツンデレ(お前なんか好きじゃないし)
・受け大好き(…こいつの笑顔可愛くてドキッ)

ヒロインは
・鈍感(…?きょとん)
・かわいい(ヒーローが落ちるためのかわいい笑顔とか)
・攻めのふとした言動に恋に落ちる(守ってくれて…ドキドキした!)
・暴力ヒロイン(バキッ!)

少女漫画を読んだ世代がBL二次創作でそのテンプレートを流用して、それを読んだ世代が再生産しているイメージがある。良し悪しなどないが、私は苦手なので苦手と思う前に作家ごと避けるのが吉。

考え事 編集 BlueSky

逆を読めない理由をできるだけちゃんとまとめたい 


そもそも「受けテンプレート」である、性自認の否定/受けと女性性の同一化が苦手である。
その上で、自己愛ゆえのマウンティング・プライドの高さ・他者の反応を想定して屈服させる頭の回転の速さ・嗜虐性という要素で狛枝を好いている。そういう狛枝の好きなところを受けテンプレートは破壊しがちなので逆が読めない。そして、所謂「攻めテンプレート」では狛枝の好きな要素が見受けられやすい。

また、解釈として、狛枝は自分の言動によって相手が思う通りの反応をしたり、自分の思う通りのストーリーになるのが好きだと思っているのも攻め要素である。

なお、女性性には上記の要素が当てはめられないと考えているのではなく、受けに女性性を当てはまるという表現をすると、基本的に性格のほぼ全てが破壊されると思っている。上記の要素を持つ女性も好きだ、大場ななとか。

当然、日向の受けテンプレート化も思うところがないでもない。
日向のことは早押しで告白した方が勝ちだと思っているぐらいに流されやすいと思っているからギリギリわたしの解釈から外れない場合もあり、楽しむことができる。
というのと、最初狛日に対してここまで考えてなかったので、日向に対するそういう表現に慣れてしまったのも大いにある
(ここだけの話、自分と解釈が異なりすぎる狛日は、大好きなふたりの見た目をした創作BLくらいのテンションで楽しんでいる)

狛の男性性が否定される・狛の生き方を女性性を同一視する(好みの要素が破壊される)いうのが本当に苦手で、それは私の好きな狛枝ではない。
また、私の考えるBL捏造においては、日向は狛枝のこと恋愛的にも性愛的にも好きにならないから狛枝で勃たないし、狛枝とセックスしたいと思わないから狛枝に対して攻めは無理と考えている。
上記のひとつの狛への性癖と、1つのふたりの捏造解釈において逆が全く合わないからという整理をしている。

たぶん逆において、私が気にしている箇所に当てはまらない作品もあるんだろうけど、描かなかろうがCPで左右決めてやっている以上前者の表現を好む人の表現は楽しく読めないだろうから逆には触れないようにしている。

難しいのが、「狛日非固定」のうち、左右不定(そもそもセックスまで考えて関係を捏造していないので左右に価値がない)方はかなり共感しやすい一方、男性への女性性の当てはめが好みな人がいるリバ(異軸・同軸含)好きな人はかなり話が合わないことだ。同じ名乗りでありながら…。左右不定、流行って欲しいものだ。

書いていて思ったけど、私だいぶ狛枝好きだな…
畳む



考え事 編集 BlueSky

有村麻央に自分を重ねている。

私は容姿端麗でもなんでもないが、トムボーイ的なかっこよさに憧れた時代があったし、現に今も私服を選ぶ時はメンズライクなかっこよさに寄りがちだ。しかし、ハンサムな顔でもなく、背も164cmと中途半端、ただ骨格ナチュラルだけがそれっぽい、顔タイプナチュラル・PDナチュラルグレースの女でしかないのだ。

かっこいいを目指す人にとって、「可愛い」と言う言葉は暴力的で、自己否定で、全く賛美ではなく、嫌悪に値する感情を知ってしまっているから、有村麻央のプロデュース方針に首を傾げてしまう。

学マス「初」において、有村に伝える「可愛くなれ」は、彼女に憧れの呪いを脱がせる号令だ。

可愛さとかっこよさの両立はアイドルとしての有村麻央らしくとも、歌劇団を諦めてアイドルとして憧れの姿を選んだ彼女が目指していた偶像では決してない。たとえ売れても。

もちろん、憧れよりもより自分そのままの延長線でなれる姿に変わり、しばらく活動していたらその変わった自分の形を好きになることもきっとある。その気持ちもよくわかる。しかし、どうしても性急に暴力的な「可愛い」という単語で殴られた麻央を気にしてしまう。

考え事 編集 BlueSky

Powered by てがろぐ Ver 4.7.0.