カテゴリ「メモと日記」に属する投稿[213件](6ページ目)
カラーコーディネーター検定は2級を持っていて、1級を受験していなかったのでリニューアル後のアドバンスドクラスを勉強しているのだけれど、2級に比較しても易化したなと感じる。これで落ちたら顔がないですが…
かつてのカラーコーディネーター1級はそもそも3つの分野、ファッション色彩・環境色彩・商品色彩に分かれていて、それぞれA4の厚い参考書があり、どう見ても色彩検定1級より覚えることが豊富なそれは、なかなかに憧れだったものだ。試験には論述も含まれていた。
アドバンスドクラスは2級にすらあった用語すらない。ベツォルド・ブリュッケ現象とか。憧れたあの分厚い、3分野の体系はもうないのか…と寂しく思いつつ、1ヶ月で復習できたギリギリだなとも思いつつ。
PS
色彩検定1級は色彩検定1級で、さまざまなJIS色名とそれを表す値、と色相環・トーンに対する明度の値を覚えなければならないという別の苦しみがあったりする。暗記はリニューアル後でもカラーコーディネーター検定の方が多い。
じゃあいずれがイラストにとって得か?というと、どっちもどっちだ。そもそもイラストで使うようなヨハネス・イッテンレベルの配色はどちらでも習うし、配色理論など検定範囲の超・一部でしかないから検定を受けなくてもいい、というのが私の結論だ。
強いて言えば、色彩検定の方が色名を頭に叩き込むことになるので、色名をドヤ顔で語れる。花色は青だね、とか。もうほとんど忘れたけど。
しかし、忘れてしまったことも、どこを見れば思い出せるのか知っていればいいのだ。そのとき使ってい色の名前事典 は今でもたまに読み返す。
凪いだ波の依る岸辺 のURLに含まれるのは勿忘草色で、「海潮音」というタイトルでヨーロッパの詩を上田敏さんが訳した、ウィルヘルム・アレントの「わすれなぐさ」 からタイトルを取っている。こういった遊びができるのは、知的に豊かな行為のようで、悦に浸れて面白い。(誰も気づかなかったけど)
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かつてのカラーコーディネーター1級はそもそも3つの分野、ファッション色彩・環境色彩・商品色彩に分かれていて、それぞれA4の厚い参考書があり、どう見ても色彩検定1級より覚えることが豊富なそれは、なかなかに憧れだったものだ。試験には論述も含まれていた。
アドバンスドクラスは2級にすらあった用語すらない。ベツォルド・ブリュッケ現象とか。憧れたあの分厚い、3分野の体系はもうないのか…と寂しく思いつつ、1ヶ月で復習できたギリギリだなとも思いつつ。
PS
色彩検定1級は色彩検定1級で、さまざまなJIS色名とそれを表す値、と色相環・トーンに対する明度の値を覚えなければならないという別の苦しみがあったりする。暗記はリニューアル後でもカラーコーディネーター検定の方が多い。
じゃあいずれがイラストにとって得か?というと、どっちもどっちだ。そもそもイラストで使うようなヨハネス・イッテンレベルの配色はどちらでも習うし、配色理論など検定範囲の超・一部でしかないから検定を受けなくてもいい、というのが私の結論だ。
強いて言えば、色彩検定の方が色名を頭に叩き込むことになるので、色名をドヤ顔で語れる。花色は青だね、とか。もうほとんど忘れたけど。
しかし、忘れてしまったことも、どこを見れば思い出せるのか知っていればいいのだ。そのとき使ってい色の名前事典 は今でもたまに読み返す。
凪いだ波の依る岸辺 のURLに含まれるのは勿忘草色で、「海潮音」というタイトルでヨーロッパの詩を上田敏さんが訳した、ウィルヘルム・アレントの「わすれなぐさ」 からタイトルを取っている。こういった遊びができるのは、知的に豊かな行為のようで、悦に浸れて面白い。(誰も気づかなかったけど)
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今、創作における「さぶろう」という人間が最も需要がない状態だと気づいたのだけれど、事実には気づけど対策しようとすることなく、好きな余暇を過ごそうと思えるような精神になれていることに気づいて大変安堵した。
狛日を描かなくなっても何か惜しまれることもなく、QK描いても自分の需要しか満たせていないという事実はあるし、そこに気づきはする。けれども、自分の作品が自己の価値にちゃんと結びつかない状態になれている。別に嘆いてもいないし、構ってほしいことを暗に示すこともない。今後「さぶろう」に対する他者評価に一切関係ない趣味である検定の勉強をしたりQKの動画を見ている。
正直、長年二次創作を続けていてようやくその精神に至れたな…という安堵感がある。
私はインターネットで創作していた時間が長い。最初にTwitterを始めたのは2010年、中学生の頃だ。
同世代で絵が上手い人なんてたくさんいて、周囲がpixivのデイリーに入るのに自分が入れないという状況が悔しかった。全然反応もつかなかった。本当に比較にならないほど下手であったので、当然だ。この頃はポーマニ(人体を描く練習サイト)を頑張っていたこともあった。21時寝→3時起きで学校に行くまで絵を描いていたこともあった。
(その同世代は今ではプロのイラストレーターになっていたりする。活躍を見られるのは嬉しい。)
大学で美大に進もうかと2日くらい考えたこともあったが、「ずっと絵を描き続けられるの?」という母の問いを参考に、一般大学に進むことにした。
私には決定的に、良い絵を描くために精進する絵心がなかった。
大学受験を期に絵から離れ、大学3年生まではあまり絵を描いていなかった。
大学4年生でYOIでヲタクに復帰し、ipadによって「絵をすぐ描ける」環境が出来、ヒロアカ・弱ペダを経てだんだん絵をたくさん描くようになった。
アイドルマスターシアターデイズにハマり、絵を投稿したら普段とは比較にならない定量的な反応があった。アイマスの二次創作の土壌ならではだ。嬉しくなって、居をうつした。
(あと、アイマスは絵描きと非絵描きの垣根がものすごく低い。たとえ絵が下手でも絵を描かなくても、アイドルを通じて人と仲良くなれる。居心地の良さの形成のしやすさが段違いだった)
アイマスにどっぷり浸かり、BLを卒業したかと思いきや2020年11月に狛日にハマり、初めて漫画を描くようになり、10作も同人誌を出して2024年に至る。
400枚も漫画を描いていれば上手くなるし、私は比較的話を書くのも好きだったせいか、狛日では人生で一番反応をいただいていたと思う。
この4年、比喩なくずっと原稿を進めていた。オンリーを期に一旦頻度を減らそうと、4年ぶりの休憩期に入っている。
ものすごくありがたいことに、過去作に感想をいただけたりしたが、作品を描かないから他者評価も何もない状態だ。
でも、焦りはない。
中学生の私なら、がむしゃらに描いただろうか。アイマスに移った私なら、作品を投稿できていないことに焦っただろうか。
狛日以降、特に「Rewind」を完成させてから「見てほしい」という欲求よりも、作品やキャラクターに対する萌えとパッションで二次創作をしていることが大きい。
私の狛日はそもそも需要が少ない。画力は周囲に及ばないし、ストーリーで圧倒できるわけでもなし、おそらくBL萌えテンプレートに添った過激に性的なものの方が反応はもらえる。
でも、私は私の狛日が好きだし、別に評価をもらおうと思っておもねることもない。多分ゆっくり、4年かけて、他者評価よりも自分の描きたいと思えるエネルギーを大事にできるようになったのかな、と思う。
本気で、インターネット(Twitter)中心で生きてきた。人生の1/3はTwitterを見た時間かもしれない。14年経て、ようやく穏やかに人生を生きることが出来ているなと思う。
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狛日を描かなくなっても何か惜しまれることもなく、QK描いても自分の需要しか満たせていないという事実はあるし、そこに気づきはする。けれども、自分の作品が自己の価値にちゃんと結びつかない状態になれている。別に嘆いてもいないし、構ってほしいことを暗に示すこともない。今後「さぶろう」に対する他者評価に一切関係ない趣味である検定の勉強をしたりQKの動画を見ている。
正直、長年二次創作を続けていてようやくその精神に至れたな…という安堵感がある。
私はインターネットで創作していた時間が長い。最初にTwitterを始めたのは2010年、中学生の頃だ。
同世代で絵が上手い人なんてたくさんいて、周囲がpixivのデイリーに入るのに自分が入れないという状況が悔しかった。全然反応もつかなかった。本当に比較にならないほど下手であったので、当然だ。この頃はポーマニ(人体を描く練習サイト)を頑張っていたこともあった。21時寝→3時起きで学校に行くまで絵を描いていたこともあった。
(その同世代は今ではプロのイラストレーターになっていたりする。活躍を見られるのは嬉しい。)
大学で美大に進もうかと2日くらい考えたこともあったが、「ずっと絵を描き続けられるの?」という母の問いを参考に、一般大学に進むことにした。
私には決定的に、良い絵を描くために精進する絵心がなかった。
大学受験を期に絵から離れ、大学3年生まではあまり絵を描いていなかった。
大学4年生でYOIでヲタクに復帰し、ipadによって「絵をすぐ描ける」環境が出来、ヒロアカ・弱ペダを経てだんだん絵をたくさん描くようになった。
アイドルマスターシアターデイズにハマり、絵を投稿したら普段とは比較にならない定量的な反応があった。アイマスの二次創作の土壌ならではだ。嬉しくなって、居をうつした。
(あと、アイマスは絵描きと非絵描きの垣根がものすごく低い。たとえ絵が下手でも絵を描かなくても、アイドルを通じて人と仲良くなれる。居心地の良さの形成のしやすさが段違いだった)
アイマスにどっぷり浸かり、BLを卒業したかと思いきや2020年11月に狛日にハマり、初めて漫画を描くようになり、10作も同人誌を出して2024年に至る。
400枚も漫画を描いていれば上手くなるし、私は比較的話を書くのも好きだったせいか、狛日では人生で一番反応をいただいていたと思う。
この4年、比喩なくずっと原稿を進めていた。オンリーを期に一旦頻度を減らそうと、4年ぶりの休憩期に入っている。
ものすごくありがたいことに、過去作に感想をいただけたりしたが、作品を描かないから他者評価も何もない状態だ。
でも、焦りはない。
中学生の私なら、がむしゃらに描いただろうか。アイマスに移った私なら、作品を投稿できていないことに焦っただろうか。
狛日以降、特に「Rewind」を完成させてから「見てほしい」という欲求よりも、作品やキャラクターに対する萌えとパッションで二次創作をしていることが大きい。
私の狛日はそもそも需要が少ない。画力は周囲に及ばないし、ストーリーで圧倒できるわけでもなし、おそらくBL萌えテンプレートに添った過激に性的なものの方が反応はもらえる。
でも、私は私の狛日が好きだし、別に評価をもらおうと思っておもねることもない。多分ゆっくり、4年かけて、他者評価よりも自分の描きたいと思えるエネルギーを大事にできるようになったのかな、と思う。
本気で、インターネット(Twitter)中心で生きてきた。人生の1/3はTwitterを見た時間かもしれない。14年経て、ようやく穏やかに人生を生きることが出来ているなと思う。
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QKの画像も10枚目に至った 。
ナマモノジャンルは初めてなのだけれど、絵への影響がデフォルメの削減じゃない方に表れていてびっくりしている。
正直、絵柄がリアルによって二次元的キャラクターの愛らしさが減ると覚悟していた。折々狛枝と日向のふたりも描いているものの、デフォルメに影響はない。
むしろ、デフォルメの幅が広がる気がしている。
10枚描いた感想として、配信者FAの面白いところは模写でなく、カトゥーン化と漫画向け合成だと感じている。
画面に映っている事実をなるべく描きつつも、その場面を見て自分が抱いた感情や感想を元に、表情や画角を変えてカートゥーン化した上で、二次元として絵の良さを保たせるのがすごく楽しい。
そして5秒のシーンのいいところをギュッと1枚の絵にまとめあげる演出が楽しい。
そして、思ったより現実ってカートゥーンみたいだ。漫画みたいな口を、本当にする。漫画みたいな驚き方を、本当にする。
漫画的表現はもともと現実を二次元的にかつ静止画ながら動的に表現する技術なので、当たり前といえばそうかもしれない。
https://youtu.be/Kal1CH40IMk?si=QH9Bn3Mw...
表現しきれなかったのだが、山本さんの「Four!!!!」手前のところ、正面から見て下唇がやや左に曲がっているのが、かなり漫画的だ…と驚いた。
自分の顔でも当然、叫びながら下唇だけ左に寄せることは可能なのだが、私の今までの絵の表現ではその可動域を考えたことがなかった。

こういう表情を表現したいなという演出感覚や、実際に人ができる表情の可動域の認知に少しだけ触れることができている。
努力できない人間なりにポーマスくらいちょこっとやったことがある程度で、デッサンなどはしていない趣味の絵描きなので、
こうしてリアルな人物を動画であれ楽しんで描けるコンテンツに出会えてよかった、としみじみ思うところだ。
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ナマモノジャンルは初めてなのだけれど、絵への影響がデフォルメの削減じゃない方に表れていてびっくりしている。
正直、絵柄がリアルによって二次元的キャラクターの愛らしさが減ると覚悟していた。折々狛枝と日向のふたりも描いているものの、デフォルメに影響はない。
むしろ、デフォルメの幅が広がる気がしている。
10枚描いた感想として、配信者FAの面白いところは模写でなく、カトゥーン化と漫画向け合成だと感じている。
画面に映っている事実をなるべく描きつつも、その場面を見て自分が抱いた感情や感想を元に、表情や画角を変えてカートゥーン化した上で、二次元として絵の良さを保たせるのがすごく楽しい。
そして5秒のシーンのいいところをギュッと1枚の絵にまとめあげる演出が楽しい。
そして、思ったより現実ってカートゥーンみたいだ。漫画みたいな口を、本当にする。漫画みたいな驚き方を、本当にする。
漫画的表現はもともと現実を二次元的にかつ静止画ながら動的に表現する技術なので、当たり前といえばそうかもしれない。
https://youtu.be/Kal1CH40IMk?si=QH9Bn3Mw...
表現しきれなかったのだが、山本さんの「Four!!!!」手前のところ、正面から見て下唇がやや左に曲がっているのが、かなり漫画的だ…と驚いた。
自分の顔でも当然、叫びながら下唇だけ左に寄せることは可能なのだが、私の今までの絵の表現ではその可動域を考えたことがなかった。

こういう表情を表現したいなという演出感覚や、実際に人ができる表情の可動域の認知に少しだけ触れることができている。
努力できない人間なりにポーマスくらいちょこっとやったことがある程度で、デッサンなどはしていない趣味の絵描きなので、
こうしてリアルな人物を動画であれ楽しんで描けるコンテンツに出会えてよかった、としみじみ思うところだ。
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劇団四季の「ゴースト&レディ」を見た。その晩に、原作も読んだ。
以下、ネタバレあり。
これまで観てきたミュージカルと違って山場が多い、体感RRRぐらいに場面が多かった。その場面における雰囲気や明暗を自然につなげる舞台美術がすごかった。特に、ロンドンから病院に移り、不衛生で汚い環境を表現して、フローによって衛生や明るさを取り戻す流れが舞台美術と証明の優だった。特に、フローの実家に至るまでの馬車の描写は、幽霊達のダンスと共に、なんて楽しい舞台なのだとワクワクした。
ウィキッドの時も同様に感じたが、やはり愛(ここでは恋愛に限らない、愛)が深まるまでの過程がお話として描かれていると、わたしは物語を楽しめる。
出会って3秒で恋に落ちて、その後もLOVE POWERでなんとかするミュージカルは、どこか腑に落ちないままお話でなく歌だけを楽しむものに至るイメージが強かった
「ゴースト&レディ」も劇団四季の例に漏れず、愛の話であるものの、互いに孤独にいたり互いを強く求めるまでの信頼関係を描き出していたので、関係性も物語も楽しめた。
現代のドラマや漫画も、やはり突拍子も無い愛ではなく、過程を大事にする話が多い。「ゴースト&レディ」は、物語が好きなミュージカル初心者をミュージカルに引き込むいいきっかけになるのではないか。
初心者を引き込む一方、漫画にないオリジナルキャラクターとしてかつて想いを寄せたことがあるものの振った婚約者と、その男と婚約して病院を去ることになるエイミーを出すことで、フローが抱いた「孤独」を恋愛描写慣れした従来のミュージカル観劇者にも理解させる潤色も巧みだ。生き霊という、わかりづらい描写を影絵で残しながらも、説明としては大幅に省いて気にしないでいいようにしているのも劇として非常に親切だ。
ーー
この1年間、機会に恵まれて劇団四季のミュージカルを何本か見ている。毎回、舞台美術を見てしまう。
話の風景を描写する説得力、そして1場面が「画」として美しい色彩構成、そして場にある大道具を足し引きする技術に驚くばかりだ。
「ゴースト&レディ」の最初の場面は華やかな劇場の舞台と客席で始まる。客席の枠組みは残り続けながら、照明による光と影で描写を変えていく。
中高生の時、演劇部だった。地方大会で落ちるような弱小演劇部だ。役者もスタッフもみんなで大道具を作った。ホームセンターで180cmの角材とベニヤ板で作る役者と舞台奥を隠す壁となる「パネル」、ただの木の箱である「ユニット」を作った。この2つの組み合わせで、ほぼすべての場面を切り抜けた。その30cmほどの木の箱であるユニットは、時に椅子であり、屋上であり、空飛ぶアンドロイドの発射台であった。
たまに、顧問に連れられて演劇の学習のために観劇に行った。あのときは、プロの演劇など理解するだけで精一杯(たまに理解できなくて寝た)で、自分の舞台に活かそうなどという発想は湧かなかった。
今見れば、中高生の大道具とは比べ物にならないくらい予算と人手がかけられている劇団四季においても相当”アナログな”技法が残っている。舞台を明転のまま転換するために、明転の状態で役者が大道具を外に持ち出す…ということは中高の演劇部でもやっていた。劇団四季でそれを見ると、大道具をはけさせた分、あきらかに役者が歩める幅が広がったように見え、立派な場面転換になっていると感じる。中高生の頃、明転状態で大道具をハケさせることに見栄え的な大きな意味など考えたことがなかった。きっと、これはユニットひとつの移動でもできることだった。でも、中高生の頃はそんな「活かし方」なんて考える応用的知性はなかった。
馬車のシーンでフローの役者が前後に上半身を揺らしていたのもかなり”アナログな”技法だ。こういったテクニックはきっと、ちゃんと考えれば、中高生の劇でも応用できたはずなのだ。
そう思っている私からすれば、高校生からの私の思考の進化は立派なものだ。「学力」は大学受験がピークだったが、こういったものがちょっとした「知性」と呼べるのかもしれない。大人になったなと感じる。
演劇から離れてもう10年経ったが、今ならもっと良い演出ができるのだろう。こういった思考を高校生で獲得できていれば、と、少し惜しく感じてしまう。
「ウィキッド」は相当よく、もう1回、2回くらい観たい(聴きたい)と思った劇だったが、「ゴースト&レディ」は1回でも観てよかったと強く思える劇だった。
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以下、ネタバレあり。
これまで観てきたミュージカルと違って山場が多い、体感RRRぐらいに場面が多かった。その場面における雰囲気や明暗を自然につなげる舞台美術がすごかった。特に、ロンドンから病院に移り、不衛生で汚い環境を表現して、フローによって衛生や明るさを取り戻す流れが舞台美術と証明の優だった。特に、フローの実家に至るまでの馬車の描写は、幽霊達のダンスと共に、なんて楽しい舞台なのだとワクワクした。
ウィキッドの時も同様に感じたが、やはり愛(ここでは恋愛に限らない、愛)が深まるまでの過程がお話として描かれていると、わたしは物語を楽しめる。
出会って3秒で恋に落ちて、その後もLOVE POWERでなんとかするミュージカルは、どこか腑に落ちないままお話でなく歌だけを楽しむものに至るイメージが強かった
「ゴースト&レディ」も劇団四季の例に漏れず、愛の話であるものの、互いに孤独にいたり互いを強く求めるまでの信頼関係を描き出していたので、関係性も物語も楽しめた。
現代のドラマや漫画も、やはり突拍子も無い愛ではなく、過程を大事にする話が多い。「ゴースト&レディ」は、物語が好きなミュージカル初心者をミュージカルに引き込むいいきっかけになるのではないか。
初心者を引き込む一方、漫画にないオリジナルキャラクターとしてかつて想いを寄せたことがあるものの振った婚約者と、その男と婚約して病院を去ることになるエイミーを出すことで、フローが抱いた「孤独」を恋愛描写慣れした従来のミュージカル観劇者にも理解させる潤色も巧みだ。生き霊という、わかりづらい描写を影絵で残しながらも、説明としては大幅に省いて気にしないでいいようにしているのも劇として非常に親切だ。
ーー
この1年間、機会に恵まれて劇団四季のミュージカルを何本か見ている。毎回、舞台美術を見てしまう。
話の風景を描写する説得力、そして1場面が「画」として美しい色彩構成、そして場にある大道具を足し引きする技術に驚くばかりだ。
「ゴースト&レディ」の最初の場面は華やかな劇場の舞台と客席で始まる。客席の枠組みは残り続けながら、照明による光と影で描写を変えていく。
中高生の時、演劇部だった。地方大会で落ちるような弱小演劇部だ。役者もスタッフもみんなで大道具を作った。ホームセンターで180cmの角材とベニヤ板で作る役者と舞台奥を隠す壁となる「パネル」、ただの木の箱である「ユニット」を作った。この2つの組み合わせで、ほぼすべての場面を切り抜けた。その30cmほどの木の箱であるユニットは、時に椅子であり、屋上であり、空飛ぶアンドロイドの発射台であった。
たまに、顧問に連れられて演劇の学習のために観劇に行った。あのときは、プロの演劇など理解するだけで精一杯(たまに理解できなくて寝た)で、自分の舞台に活かそうなどという発想は湧かなかった。
今見れば、中高生の大道具とは比べ物にならないくらい予算と人手がかけられている劇団四季においても相当”アナログな”技法が残っている。舞台を明転のまま転換するために、明転の状態で役者が大道具を外に持ち出す…ということは中高の演劇部でもやっていた。劇団四季でそれを見ると、大道具をはけさせた分、あきらかに役者が歩める幅が広がったように見え、立派な場面転換になっていると感じる。中高生の頃、明転状態で大道具をハケさせることに見栄え的な大きな意味など考えたことがなかった。きっと、これはユニットひとつの移動でもできることだった。でも、中高生の頃はそんな「活かし方」なんて考える応用的知性はなかった。
馬車のシーンでフローの役者が前後に上半身を揺らしていたのもかなり”アナログな”技法だ。こういったテクニックはきっと、ちゃんと考えれば、中高生の劇でも応用できたはずなのだ。
そう思っている私からすれば、高校生からの私の思考の進化は立派なものだ。「学力」は大学受験がピークだったが、こういったものがちょっとした「知性」と呼べるのかもしれない。大人になったなと感じる。
演劇から離れてもう10年経ったが、今ならもっと良い演出ができるのだろう。こういった思考を高校生で獲得できていれば、と、少し惜しく感じてしまう。
「ウィキッド」は相当よく、もう1回、2回くらい観たい(聴きたい)と思った劇だったが、「ゴースト&レディ」は1回でも観てよかったと強く思える劇だった。
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スポッチャで背中から2回転んだので、腕の背面に大きい青タンと挫傷、他にもいろいろ数があるので、母から冗談で「DV疑われるかも」と言われた。
漫画などの創作で(もしくはもしかしたら現実でも)、深刻にDVを心配してくれた人に「転んだだけ」と、明らかに転んだだけではできないような傷を誤魔化すことがあるが、本当に「転んだだけ」でこんな暴力を受けたみたいな傷ができるとは。しかも後転で2回も転んだからこそ、なかなか変なところに傷ができており、暴力を与えられた感じに見える。
ラブコメでよく、キスマークを「虫刺され」と誤魔化すことがある。かつて、かなりキスマークみたいな虫刺されができてそれもまた面白かった。
心配されている時、本当に自責のしょうもないことが原因場合、心配している人にその原因を疑われても、本当なのだからしょうがないよな…とどうでも良いことを思った。まあ、暴力を受けているの?とも、キスマークを疑われたことも、現実にはないわけだが。
漫画などの創作で(もしくはもしかしたら現実でも)、深刻にDVを心配してくれた人に「転んだだけ」と、明らかに転んだだけではできないような傷を誤魔化すことがあるが、本当に「転んだだけ」でこんな暴力を受けたみたいな傷ができるとは。しかも後転で2回も転んだからこそ、なかなか変なところに傷ができており、暴力を与えられた感じに見える。
ラブコメでよく、キスマークを「虫刺され」と誤魔化すことがある。かつて、かなりキスマークみたいな虫刺されができてそれもまた面白かった。
心配されている時、本当に自責のしょうもないことが原因場合、心配している人にその原因を疑われても、本当なのだからしょうがないよな…とどうでも良いことを思った。まあ、暴力を受けているの?とも、キスマークを疑われたことも、現実にはないわけだが。
スポッチャ行きました!バランスボードとダンレボで2回盛大に背中から転んで痛いです!
久々に「遊び」という遊びをした気がします。たまにある友人との外出は、ご飯や買い物を軸に考えていることも多いのですが、今回は遊びのためのおでかけでした。とても満足!
誰かと「出かける」じゃなくて「遊ぶ」をずっとやりたかった。
1日充実してたなって思える日をたくさん作りたくなってきました。博物館とか美術館とか行きたくなってきた。たぶん、この外出衝動は、スポッチャの混み具合がほどほどで過ごしやすかったことも大きい。国立科学博物館とか混んでるのかな〜
以下、遊びに関するQJのはなし
須貝さんが山本さんに「よく遊ぶ」と言っていたのを見て、「よく出かける」じゃなくて「よく遊ぶ」と言えるの羨ましいと思っていた。遊べてよかった!
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久々に「遊び」という遊びをした気がします。たまにある友人との外出は、ご飯や買い物を軸に考えていることも多いのですが、今回は遊びのためのおでかけでした。とても満足!
誰かと「出かける」じゃなくて「遊ぶ」をずっとやりたかった。
1日充実してたなって思える日をたくさん作りたくなってきました。博物館とか美術館とか行きたくなってきた。たぶん、この外出衝動は、スポッチャの混み具合がほどほどで過ごしやすかったことも大きい。国立科学博物館とか混んでるのかな〜
以下、遊びに関するQJのはなし
須貝さんが山本さんに「よく遊ぶ」と言っていたのを見て、「よく出かける」じゃなくて「よく遊ぶ」と言えるの羨ましいと思っていた。遊べてよかった!
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QKメンバーへの印象とか、見方とか
皆さんクイズがとても好きで、時に悔しさも感じながらも楽しくクイズに人生を賭けている感じが楽しいです。クイズにもクイズ以外の好きにも真剣な様が、人生の豊かさを感じて見ていて気持ちいいし、見るだけで生活に良い影響を貰えている気がします。
伊沢さん→クイズが強い上に、本当にクイズとクイズプレイヤーが好きなことが伝わってきます。演者としての面白さの演出も光っていて、視聴者側に対する意識を強く感じます。時にピエロを演じながらも、「わかりやすい」を届けてくれます。飽くなき探究心と自立性と馬力を尊敬しています。
ふくらさん→私個人がひらめき系がものすごく苦手なので、ひらめき系の思考回路の早さに魔法をかけられたような驚きを感じています。1日だけ脳のスペックを体験できるなら絶対にふくらさんがいい。映像制作ドキュメンタリーにて、エンタメという非言語性の高くなりがちなコンテンツであっても、最適に言語化してチームプレイで動画を煮詰めていく姿勢を見て、仕事人としても尊敬できる人だと感じました。
河村さん→おかしな企画で想定外の企みをする様が好きです。河村さんしかできないアイデア性の高い動画の「破」があると思います。特許の件、二極点、わりやすい割り箸(裏工作)など。センスが良く、賢く、憧れの知識人像です。
山本さん→QKのみなさんにはそれぞれ得意ジャンルがあるけれど、漢字が得意と一貫している山本さん。
クイズには「学ぶこと」と「発揮できる」の二面があると素人ながら感じています。山本さんの漢字勉強への姿勢と漢字王として語彙問題を無双している姿を見ると、「学ぶこと」と「発揮すること」の両方ができる知の両輪を感じられます。ずっと漢字を勉強している様を私たちに見せてくれる山本さんを見てると、私も学んだことを発揮できるまで勉強したいなと思わされます。特に、山本さんを見てると漢検を勉強して日本語をもっと知りたい・使えるようになりたいなという欲求が生まれてきます。
周りが正解に対して、褒めたり感心したりしていることも多く、そんな人柄の良さも素敵です。
みなさんのことを等しく魅力的に思っていますが、同大卒なので全員並んだ時には山本さんを応援しています。早稲田を出てくれてありがとうございます。
あと服選びの系統が好きです。
鶴崎さん→ニコニコしていることが多く、クイズの一問一問に感情を見せてくれて、ものすごくチャーミングな人だと思ってます。心をものすごく和やかにしてくれる、唯一無二のキャラクター性を感じています。
あと個人的な体験ですが、得意だった数学を数学ⅡBで終えてしまったまま、受験で使わずに経済数学に飛び込み、理解しきれないまま単位を取得した思い出が燻っているので、数学を楽しんでいる人をとにかく尊敬してしまいます。いつか数学にはリベンジしたいです。
須貝さん→ものすごく頭がいい方できっと勉強で周りに劣っていたことの方が人生少ないでしょうに、クイズ初心者がゆえに周囲のクイ研出身者と比較してクイズができないことも多かった須貝さん。それなのにとにかく「知らない」「わからない」を認めて素直に感心したり、「学べた」と素直に言う姿勢がものすごくみていて気持ちよくて、こちらまで素直な人間になりたくなるナイスガイだと思います。そしてなによりしっかりクイズも強くなる賢さが人間としてかっこいいです。明るく、周りの言葉を良く聞いていて、年長者としての落ち着きがありながらも場の盛り上げができて、人間として素敵だなと思ってます。
東問さん→クイズとクイズに関する知識が本当に好きなんだなと思います。ふくらPの結婚報告動画で、タイムレースクイズをものすごく楽しみにしている東問さんをみてQKを見始めました。abc優勝に関して語る動画で、相手の回答を調整しながら、そして自身の答え方の調子で狂わせながら、場をも巻き込んで勝利を掴んだ策略には脱帽です。サブチャンネルで、クイズの回答にまつわる語彙での会話を続けているときがあり、クイズ狂人すぎるだろと思ってビビってます。クイズへの愛をものすごく感じる、豊かな人生だなと思います。
東言さん→言さんがふざける瞬間が好きです。(東言さんも好きなんだけど、東兄弟としてみすぎていて単体の感想がうまくでてこない)
東兄弟→最近ようやく見分けがつくようになりました。全く同じ人生というわけではないはずなのに、クローン・別個体と感じるような相手がいるってどんな面白い人生なんだろうと思っています。お互い一番好きなものが一緒で、ふたりで楽しくやってきて、でもやってきてことは違うから結果は異なっていて、違いもあるけどやはり重なる部分も多くて。滅多にない仲だなと興味深く見てしまいます。
とむさん→言語が得意で穏やかな雰囲気な、なんだか浮世から離れているような不思議な魅力がある方だなと思っています。
スコレーに入ってたまたまブログを最初に拝見したのですが、個人的に文章が自分にベストマッチしていて強烈に面白いです。まだ途中ですが、最初の記事から全文読んでいます。個人的に、ある程度一定回答が世間的に固まっている問いに対して思考を深めて自身が納得する答えを編み出す行為や、考えなくてもよいとされる問いに対して思考を練ることが、(このてがろぐをみれば一目瞭然の通り)とても好きです。コメントからの問いに対して思考をめぐらす様を文章にしたためてくださりありがたいし、自分とは全く異なる視点や浅学な自分には想像がつかない深さと広さの解像度があって非常に面白いです。
畳む
皆さんクイズがとても好きで、時に悔しさも感じながらも楽しくクイズに人生を賭けている感じが楽しいです。クイズにもクイズ以外の好きにも真剣な様が、人生の豊かさを感じて見ていて気持ちいいし、見るだけで生活に良い影響を貰えている気がします。
伊沢さん→クイズが強い上に、本当にクイズとクイズプレイヤーが好きなことが伝わってきます。演者としての面白さの演出も光っていて、視聴者側に対する意識を強く感じます。時にピエロを演じながらも、「わかりやすい」を届けてくれます。飽くなき探究心と自立性と馬力を尊敬しています。
ふくらさん→私個人がひらめき系がものすごく苦手なので、ひらめき系の思考回路の早さに魔法をかけられたような驚きを感じています。1日だけ脳のスペックを体験できるなら絶対にふくらさんがいい。映像制作ドキュメンタリーにて、エンタメという非言語性の高くなりがちなコンテンツであっても、最適に言語化してチームプレイで動画を煮詰めていく姿勢を見て、仕事人としても尊敬できる人だと感じました。
河村さん→おかしな企画で想定外の企みをする様が好きです。河村さんしかできないアイデア性の高い動画の「破」があると思います。特許の件、二極点、わりやすい割り箸(裏工作)など。センスが良く、賢く、憧れの知識人像です。
山本さん→QKのみなさんにはそれぞれ得意ジャンルがあるけれど、漢字が得意と一貫している山本さん。
クイズには「学ぶこと」と「発揮できる」の二面があると素人ながら感じています。山本さんの漢字勉強への姿勢と漢字王として語彙問題を無双している姿を見ると、「学ぶこと」と「発揮すること」の両方ができる知の両輪を感じられます。ずっと漢字を勉強している様を私たちに見せてくれる山本さんを見てると、私も学んだことを発揮できるまで勉強したいなと思わされます。特に、山本さんを見てると漢検を勉強して日本語をもっと知りたい・使えるようになりたいなという欲求が生まれてきます。
周りが正解に対して、褒めたり感心したりしていることも多く、そんな人柄の良さも素敵です。
みなさんのことを等しく魅力的に思っていますが、同大卒なので全員並んだ時には山本さんを応援しています。早稲田を出てくれてありがとうございます。
あと服選びの系統が好きです。
鶴崎さん→ニコニコしていることが多く、クイズの一問一問に感情を見せてくれて、ものすごくチャーミングな人だと思ってます。心をものすごく和やかにしてくれる、唯一無二のキャラクター性を感じています。
あと個人的な体験ですが、得意だった数学を数学ⅡBで終えてしまったまま、受験で使わずに経済数学に飛び込み、理解しきれないまま単位を取得した思い出が燻っているので、数学を楽しんでいる人をとにかく尊敬してしまいます。いつか数学にはリベンジしたいです。
須貝さん→ものすごく頭がいい方できっと勉強で周りに劣っていたことの方が人生少ないでしょうに、クイズ初心者がゆえに周囲のクイ研出身者と比較してクイズができないことも多かった須貝さん。それなのにとにかく「知らない」「わからない」を認めて素直に感心したり、「学べた」と素直に言う姿勢がものすごくみていて気持ちよくて、こちらまで素直な人間になりたくなるナイスガイだと思います。そしてなによりしっかりクイズも強くなる賢さが人間としてかっこいいです。明るく、周りの言葉を良く聞いていて、年長者としての落ち着きがありながらも場の盛り上げができて、人間として素敵だなと思ってます。
東問さん→クイズとクイズに関する知識が本当に好きなんだなと思います。ふくらPの結婚報告動画で、タイムレースクイズをものすごく楽しみにしている東問さんをみてQKを見始めました。abc優勝に関して語る動画で、相手の回答を調整しながら、そして自身の答え方の調子で狂わせながら、場をも巻き込んで勝利を掴んだ策略には脱帽です。サブチャンネルで、クイズの回答にまつわる語彙での会話を続けているときがあり、クイズ狂人すぎるだろと思ってビビってます。クイズへの愛をものすごく感じる、豊かな人生だなと思います。
東言さん→言さんがふざける瞬間が好きです。(東言さんも好きなんだけど、東兄弟としてみすぎていて単体の感想がうまくでてこない)
東兄弟→最近ようやく見分けがつくようになりました。全く同じ人生というわけではないはずなのに、クローン・別個体と感じるような相手がいるってどんな面白い人生なんだろうと思っています。お互い一番好きなものが一緒で、ふたりで楽しくやってきて、でもやってきてことは違うから結果は異なっていて、違いもあるけどやはり重なる部分も多くて。滅多にない仲だなと興味深く見てしまいます。
とむさん→言語が得意で穏やかな雰囲気な、なんだか浮世から離れているような不思議な魅力がある方だなと思っています。
スコレーに入ってたまたまブログを最初に拝見したのですが、個人的に文章が自分にベストマッチしていて強烈に面白いです。まだ途中ですが、最初の記事から全文読んでいます。個人的に、ある程度一定回答が世間的に固まっている問いに対して思考を深めて自身が納得する答えを編み出す行為や、考えなくてもよいとされる問いに対して思考を練ることが、(このてがろぐをみれば一目瞭然の通り)とても好きです。コメントからの問いに対して思考をめぐらす様を文章にしたためてくださりありがたいし、自分とは全く異なる視点や浅学な自分には想像がつかない深さと広さの解像度があって非常に面白いです。
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感想を言うためのQK垢を作りました
https://x.com/sbrqk
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カラーコーディネーター検定、ギリギリで生きています。思ったより仕事が忙しく平日の時間が潰れている。原稿も間に進め中。この間に合うかわからない、計画を変えながら自分の脳みそにマッチするやり方を見出していく、自分の脳みそ頼りの感覚、血沸き、肉踊ります。
3〜5章あたりの小難しい測色あたりをさばけば残りは理解がしやすいと思うんだけれど、昔取った杵柄(旧カラーコーディネーター検定の2級)どこまで使えるか
並走して単語帳アプリに暗記科目である14章以降を詰め込みながら走っているが、6章〜13章という半分は未着手。しかし、暗記も15章〜16章より緩やかで比較的理解しやすいし一読したら選択肢問題の直観が頼れるレベルになると思ってます。選択肢はとにかく、脳に文章と単語に対するひっかかりを作ることで、直観で正答率を上げるレベルまでもっていくのが大事。
2級もそうだったけれど、テキストの細字からも容赦なく出してくるテストなので、理解と暗記力が試されて、なかなか腕試しにいいです。落ちたらあちゃーてなって来年再勉強です。
3〜5章あたりの小難しい測色あたりをさばけば残りは理解がしやすいと思うんだけれど、昔取った杵柄(旧カラーコーディネーター検定の2級)どこまで使えるか
並走して単語帳アプリに暗記科目である14章以降を詰め込みながら走っているが、6章〜13章という半分は未着手。しかし、暗記も15章〜16章より緩やかで比較的理解しやすいし一読したら選択肢問題の直観が頼れるレベルになると思ってます。選択肢はとにかく、脳に文章と単語に対するひっかかりを作ることで、直観で正答率を上げるレベルまでもっていくのが大事。
2級もそうだったけれど、テキストの細字からも容赦なく出してくるテストなので、理解と暗記力が試されて、なかなか腕試しにいいです。落ちたらあちゃーてなって来年再勉強です。
劇団四季「ウィキッド」観ました。
歌もお話も舞台美術も本当に良くて、これまで見たミュージカルで一番良かった。
ミュージカルや歌劇ってとにかく恋が全てにおいて優でありパワーなイメージがあったのだけれど、ウィキッドの物語には恋以上の他者愛、自己愛、そして周りの状況を踏まえた分別が描かれていてとてもよかった。
物語において好む部分は共感する部分であることがとても多い。恋もいいかもしれないけれど、私は愛と信頼と現実と選択を愛している。だからこそ、どうしようもない事実の前には奇跡の起きない結末が大好きで、グリンダとエルファバが手を取り合うことは一生なく、しかしそこには硬い信頼があるという根底が感じられたのがすごく良かった。
登場人物もみんな魅力的だった。承認欲求が全てを上回り、他者から承認を得るような振る舞いをするグリンダは、途中の嫌な態度も含めて一貫していてチャーミングで愛らしかった。ウィキッドの無敵の人という振る舞いも絶望的でよかった。なにより第一幕であんなに優しく姉を慮っていた妹が、自分のことを(は)愛してくれた父親を亡くし、ボックからの愛も得られず、姉も救ってくれず、圧政を引いてマンチキンの人々からの支持も得られなかった経験を得て、ヒステリーな女に変わっていた絶望感が気持ちよかった。ボックを解放するといった口で、ボックを話さないと呪詛をし、自分の業を姉のせいにする記憶の改竄を行う様は正しく精神病に他ならず、エメラルドシティへ送り出してくれた日の優しい妹と対比されて悲しい。姉のエルファバはそんな妹であっても愛している優しさが描写され、それが「悪い魔女」という称号と決定的に食い違っていてる。悪に振る舞おうにも、周りのように自己の欲に生きようにも、エルファバの欲には他者の愛があって、だからこそ優しさから免れない。
エルフィを演じられていた小林さんがものすごく歌がうまくて、歌で泣いてしまいました。舞台装飾もものすごく綺麗で、緑色が好きになってしまいました。もう一回観たい。
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歌もお話も舞台美術も本当に良くて、これまで見たミュージカルで一番良かった。
ミュージカルや歌劇ってとにかく恋が全てにおいて優でありパワーなイメージがあったのだけれど、ウィキッドの物語には恋以上の他者愛、自己愛、そして周りの状況を踏まえた分別が描かれていてとてもよかった。
物語において好む部分は共感する部分であることがとても多い。恋もいいかもしれないけれど、私は愛と信頼と現実と選択を愛している。だからこそ、どうしようもない事実の前には奇跡の起きない結末が大好きで、グリンダとエルファバが手を取り合うことは一生なく、しかしそこには硬い信頼があるという根底が感じられたのがすごく良かった。
登場人物もみんな魅力的だった。承認欲求が全てを上回り、他者から承認を得るような振る舞いをするグリンダは、途中の嫌な態度も含めて一貫していてチャーミングで愛らしかった。ウィキッドの無敵の人という振る舞いも絶望的でよかった。なにより第一幕であんなに優しく姉を慮っていた妹が、自分のことを(は)愛してくれた父親を亡くし、ボックからの愛も得られず、姉も救ってくれず、圧政を引いてマンチキンの人々からの支持も得られなかった経験を得て、ヒステリーな女に変わっていた絶望感が気持ちよかった。ボックを解放するといった口で、ボックを話さないと呪詛をし、自分の業を姉のせいにする記憶の改竄を行う様は正しく精神病に他ならず、エメラルドシティへ送り出してくれた日の優しい妹と対比されて悲しい。姉のエルファバはそんな妹であっても愛している優しさが描写され、それが「悪い魔女」という称号と決定的に食い違っていてる。悪に振る舞おうにも、周りのように自己の欲に生きようにも、エルファバの欲には他者の愛があって、だからこそ優しさから免れない。
エルフィを演じられていた小林さんがものすごく歌がうまくて、歌で泣いてしまいました。舞台装飾もものすごく綺麗で、緑色が好きになってしまいました。もう一回観たい。
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現在のところの暗記の特徴
・速度は思考>音声>書取りの順
・テキストの「ここらへんにあった」情報もなんとなく頭にチラつくため、新たな図を作るよりもテキスト・場所を理解した方がいい
→仮説として、指差し確認やテキスト内記載を徹底した方がいい
・関連/芋蔓式は頭の中でもできるので、書取り不要
→Newmoricの関連情報にWikipediaから引用するのは関連が増えてよい。わからなかったらググって親しみわかせる
・カタカナの人名をフルで覚えるのは相当苦手で無理であるが、ファーストネームかミドルネームのいずれかを覚えていれば選択式ならイケるので、完璧に覚えなくていい(Newmoricでも「わかった」に入れていい
・速度は思考>音声>書取りの順
・テキストの「ここらへんにあった」情報もなんとなく頭にチラつくため、新たな図を作るよりもテキスト・場所を理解した方がいい
→仮説として、指差し確認やテキスト内記載を徹底した方がいい
・関連/芋蔓式は頭の中でもできるので、書取り不要
→Newmoricの関連情報にWikipediaから引用するのは関連が増えてよい。わからなかったらググって親しみわかせる
・カタカナの人名をフルで覚えるのは相当苦手で無理であるが、ファーストネームかミドルネームのいずれかを覚えていれば選択式ならイケるので、完璧に覚えなくていい(Newmoricでも「わかった」に入れていい
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カナレットのことは知らなかったものの、広告の絵が綺麗だったのと大学4年の卒業旅行としてヴェネツィアに訪れたこともあり、ふらっと寄りました。光の描写、そしてヴェネツィアそのものが綺麗で良かったです。祭りの風景で、人間の顔も含めた光が点で表されていた絵が、光の煌めきそのものを感じられてお気に入りになりました。
美術的素養は全くないのですが、自分の感性で楽しみながら解説で理解を得るのが楽しいですね、美術は。
ポール・シニャックの作品もありました。おそらくポーラ美術館で初めて出会ってから、ポール・シニャックの明るい絵がとても好き。けれど、覚えようと試みては忘れてしまう、新印象派の点描画家…
さて。私は今日カラーコーディネーター検定を受けてきました。準備期間をおそらく1〜2週間長くしてしまい、必要以上にテキストの中身を頭に入れてしまいました。
わりと自信はあったものの、試験を開始するとあまり暗記内容と関係ない問題ばかりで、もはや作問者との感覚の違いに落ちるかと恐れながら試験を進めました。テキスト外も出るし、なんならこれ国語の問題だろというものも出るし、試験範囲に対するテストの定型として出そうな問題が出なさすぎて、拍子抜けなのか一周まわった緊張なのか、合否表示はやたら緊張しました。何気に9,900円するから、受験料。
デザインとかアート歴史、かなり頭に入れたのに…!!なんだこの作問!国語で10点以上取れるだろ!合格したからいいけれど。
突然ですが、カナレット展の話に戻ります。
ウォルター・リチャード・シッカートという画家の絵がありました。夜にぼんやり浮かぶ、ヴェネツィアのサン・マルタ大聖堂と、ほそぼそ浮かぶ灯りの絵です。
そのシッカートは、美術批評家「ジョン・ラスキン」にめちゃくちゃこきおろされて、名誉毀損の裁判を起こしていたらしいです。
ジョン・ラスキン!あの、ウィリアム・モリスのアーツアンドクラフツ運動に与えた美術批評家です!そう、カラーコーディネーター検定の試験範囲です。(出なかった)
こうしてカラーコーディネーター検定を学ぶことで、目の前の解説から枝を伸ばせる知識を得られたのは良いことだから、許してやるか、あの微妙な作問を……
(Wikipediaで調べたら、シッカートという人は切り裂きジャックが起こしたとされる事件の一つの真犯人説もあるようです。めちゃくちゃな人だったのでしょうね。面白い。)
国立西洋美術館のモネ展のチケットも買っているので、また外出機会に行きたいです。
これは、卒業旅行で行ったヴェネツィアの写真です。
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