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2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
会社セックス創作が苦手
社会人として、同僚が会社のどこかでセックスしていたら普通に嫌すぎると思うようになってしまった、これが社会人。
あと、理知に萌える人間なので、会社の会議室で盛るという、自らのリスクも高く他人への迷惑も酷い行為を行う自カプ、バカすぎて悲しくなる。バカ行為なのにアンアン喘いでいるさま、キツすぎる。
見つかった!ず〜ん。ごめんなさい(正座)(顔真っ赤)「お前が悪いんだぞ」「キミものりのりだったじゃない」で済まなすぎる。
バレたら降格か左遷などが決まり、自カプの家も寂寥感ただようだろう。会社でセックスしていた人間の処分を決める上司も人事部も可哀想すぎる。
このような思考にバレないように、エロを読むのが、人生のコツ!!!
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社会人として、同僚が会社のどこかでセックスしていたら普通に嫌すぎると思うようになってしまった、これが社会人。
あと、理知に萌える人間なので、会社の会議室で盛るという、自らのリスクも高く他人への迷惑も酷い行為を行う自カプ、バカすぎて悲しくなる。バカ行為なのにアンアン喘いでいるさま、キツすぎる。
見つかった!ず〜ん。ごめんなさい(正座)(顔真っ赤)「お前が悪いんだぞ」「キミものりのりだったじゃない」で済まなすぎる。
バレたら降格か左遷などが決まり、自カプの家も寂寥感ただようだろう。会社でセックスしていた人間の処分を決める上司も人事部も可哀想すぎる。
このような思考にバレないように、エロを読むのが、人生のコツ!!!
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私の会社の上位層は無能に対する見切りが早い人が多い。「私の金言によって人は変わることができる」と思いながら接し、一方で人は変われないと認識して、見切る算段を裏で話すのだ。恐ろしい。これまでが仕事の話だ。
「ある人にとっての救世主になりたい」という欲望が人にはあるんだなとインターネットライフで実感している。「私の金言によって人は変わることができる」と無意識に思っている人は多い。ヲタクが自分の同人誌の価値のなさを吐露する時、不健康な生活を話す時、救ってあげたいという作用が働いて根気強く声をかけてしまうのだ。とはいえ人は変わらない。同人誌のなさを吐露する人はいずれ自分の同人には価値がないからと声をかけた事実も忘れ去ってそのジャンルを去るし、不健康な人はいつまでも不健康だ。
金言願望自体が傲慢で不健康なだけでなく、金言願望が報われない場合、言った人も言われた人も精神的に疲れるのだ。「私の同人誌に価値はない」という人に「私はすごく好きですよ」と伝えても、「私の同人誌に感想くれる人がいない」と言われ、自分の発言を無にされるのは疲れる。そして無にしてしまったことを自覚した人も、言った人しか覚えていない余計な金言に気を遣わねばならず、疲れる。
かくいう私も、金言願望はある。ただ、単純接触で人を救うことはできないと自覚し、ここ1年くらい人を救えると思うことにストップをかけている。同人誌に自信がない人も、不健康な人も、発信を見かけても自分からは全部無視している。本人が自分を受け入れるようにならない限り、精神衛生が良くなることはない。自分が励ましたからといって、その人の救世主になれることはない。暗に励ましを求められても、自分の感想を伝えるだけで「だから大丈夫」という話はしない。精神が不安定な人が作品を投稿した際も、喜んでもらおう・励まそうという目的の反応や感想は残さない。自分が好きなものや言葉を紡げる事しか言葉を残さないようにしている。
そもそもヲタ活などそれでいいのだ。反応を盛り上げて作者に自信を持たせようなどということは、あまりに傲慢だった。気を使った感想をやめた分、自分が好きなものの言語化に時間を費やすことができるし、精神不安定な人に飛び込まないから精神が引っ張られることもないし、精神衛生上もいい感じだ。自分勝手かもしれないし優しさはないかもしれないが、これでいい。
人はそう簡単に変わらないと信じている。人が変わるには適度な時間と適切な対応が必要で、一瞬袖ふれあうくらいじゃ人を変えることはできない。一方、人は変われると信じているので、袖触れ合う度に同じ内容を繰り返してでも根気強く接そうと思っている。でも後者は会社という、共通の理想像があり、毎日話す機会がある場合だけの話だ。薄く儚いインターネットの絆で、人を変えようなどと思わないようにしようと思う近頃である。
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「ある人にとっての救世主になりたい」という欲望が人にはあるんだなとインターネットライフで実感している。「私の金言によって人は変わることができる」と無意識に思っている人は多い。ヲタクが自分の同人誌の価値のなさを吐露する時、不健康な生活を話す時、救ってあげたいという作用が働いて根気強く声をかけてしまうのだ。とはいえ人は変わらない。同人誌のなさを吐露する人はいずれ自分の同人には価値がないからと声をかけた事実も忘れ去ってそのジャンルを去るし、不健康な人はいつまでも不健康だ。
金言願望自体が傲慢で不健康なだけでなく、金言願望が報われない場合、言った人も言われた人も精神的に疲れるのだ。「私の同人誌に価値はない」という人に「私はすごく好きですよ」と伝えても、「私の同人誌に感想くれる人がいない」と言われ、自分の発言を無にされるのは疲れる。そして無にしてしまったことを自覚した人も、言った人しか覚えていない余計な金言に気を遣わねばならず、疲れる。
かくいう私も、金言願望はある。ただ、単純接触で人を救うことはできないと自覚し、ここ1年くらい人を救えると思うことにストップをかけている。同人誌に自信がない人も、不健康な人も、発信を見かけても自分からは全部無視している。本人が自分を受け入れるようにならない限り、精神衛生が良くなることはない。自分が励ましたからといって、その人の救世主になれることはない。暗に励ましを求められても、自分の感想を伝えるだけで「だから大丈夫」という話はしない。精神が不安定な人が作品を投稿した際も、喜んでもらおう・励まそうという目的の反応や感想は残さない。自分が好きなものや言葉を紡げる事しか言葉を残さないようにしている。
そもそもヲタ活などそれでいいのだ。反応を盛り上げて作者に自信を持たせようなどということは、あまりに傲慢だった。気を使った感想をやめた分、自分が好きなものの言語化に時間を費やすことができるし、精神不安定な人に飛び込まないから精神が引っ張られることもないし、精神衛生上もいい感じだ。自分勝手かもしれないし優しさはないかもしれないが、これでいい。
人はそう簡単に変わらないと信じている。人が変わるには適度な時間と適切な対応が必要で、一瞬袖ふれあうくらいじゃ人を変えることはできない。一方、人は変われると信じているので、袖触れ合う度に同じ内容を繰り返してでも根気強く接そうと思っている。でも後者は会社という、共通の理想像があり、毎日話す機会がある場合だけの話だ。薄く儚いインターネットの絆で、人を変えようなどと思わないようにしようと思う近頃である。
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2024年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
「虎に翼」第11週51話
https://x.com/yorikoko/status/1800015194...
吉田さんが描いた、轟から花岡への恋愛感情を元にした描写たちにとにかく素晴らしさを感じた。本人に自認はなく、感情に名前をつけなかったところも含めて。たしかに脚本家は恋愛感情を込めて書いているけれど、恋愛感情が男女の恋愛テンプレートのようにわかりやすく描かれていたわけではなく、単に轟から花岡への感情が描かれていて、しかしわたしたちが勝手に透明化してしまった。同性愛の描かれ方として、そこに固定の描写なんてなくて、でも恋愛感情を織り込めていて、ああ。本当に素敵な脚本。
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https://x.com/yorikoko/status/1800015194...
吉田さんが描いた、轟から花岡への恋愛感情を元にした描写たちにとにかく素晴らしさを感じた。本人に自認はなく、感情に名前をつけなかったところも含めて。たしかに脚本家は恋愛感情を込めて書いているけれど、恋愛感情が男女の恋愛テンプレートのようにわかりやすく描かれていたわけではなく、単に轟から花岡への感情が描かれていて、しかしわたしたちが勝手に透明化してしまった。同性愛の描かれ方として、そこに固定の描写なんてなくて、でも恋愛感情を織り込めていて、ああ。本当に素敵な脚本。
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2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
私は誰かを傷つける可能性があるから、自分の解釈は鍵垢で言えという論には個人的には反対である
前提として
・私の表アカウントでの呟きの主語はすべて「私」であり、自分の思考を精緻化するためのものである。
・一方、「私はこう思わない」という話を聞くと悪口(人格否定)と捉えてしまう人はいる。
・個人的な意見の表明が他の人にも考えのきっかけを与えて、各々がひとつのテーマに従って各々の考えを示し、お互いに影響を与えて思考や言語化を精緻化していくさまを「議論」として攻撃的なものと捉える人がいる。
・そういった内容は公開アカウントではなく非公開アカウントでやることがマナーだと思っている人がいる。
私は「特定の人の意見表明を、その意見を明示しないまま「悪口を言っていた」と鍵アカウント呟いた結果、鵜呑みにした他鍵アカウントが火種を知らないまま悪口だと言い切った人を支持する雰囲気が広がり、最終的には発言者への個人攻撃になる様」をみてきた。私は、「鍵アカウントだから安心」と幻視しそうになるため、鍵アカウントは作らないようにしている。どうしてもエコーチェンバーが働き、悪意が煮詰まりがちである。当事者になりたくない。
なお、他の人も鍵アカウントをやめろと言っているのではなく、"私が"誤りそうだから作らないようにしているだけだ。
そして上記の発言も「鍵アカウントを作る人の悪口を言っている」と捉えられるのである。否である。別に他の人に強制するでも注意を促すでもない。自分はそうだと思うというだけだ(鍵アカウント内での個人攻撃が自分に届き、当事者になったら辟易するが)
解釈や思想はひとつしかなく、Aという意見はBという意見を駆逐すると考えてしまう人がいる。一方で、私はAという意見に対するBという意見は、いつかCという意見に昇華する可能性もあると考えているので、同じテーマに従って意見を交わすことが大好きだ。
たしかにこのAにはnotBを含むかも知れないが、それすらCを生むと思っている。また、notBはBの意見を持つ人の人格否定でも悪口ではない。
この意見の出し合いについて「議論」「悪口」だと捉え、全てを駆逐するのがゴールであると勘違いされると、嫌な印象を持たれるわけだ。意見を言っている人の目的と、意見を言っている人が目指していると思われている目的が異なるわけだ。
こういうメタ的視点を説得しようにも仲が良くなければ難しく、受け入れ難いものなので、結局お互い自衛した方が平和だと言うことでブロックしている。別に自分の意見を不快に思わないように説得させる親切心はないだけで、敵意のあるブロックではない。
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前提として
・私の表アカウントでの呟きの主語はすべて「私」であり、自分の思考を精緻化するためのものである。
・一方、「私はこう思わない」という話を聞くと悪口(人格否定)と捉えてしまう人はいる。
・個人的な意見の表明が他の人にも考えのきっかけを与えて、各々がひとつのテーマに従って各々の考えを示し、お互いに影響を与えて思考や言語化を精緻化していくさまを「議論」として攻撃的なものと捉える人がいる。
・そういった内容は公開アカウントではなく非公開アカウントでやることがマナーだと思っている人がいる。
私は「特定の人の意見表明を、その意見を明示しないまま「悪口を言っていた」と鍵アカウント呟いた結果、鵜呑みにした他鍵アカウントが火種を知らないまま悪口だと言い切った人を支持する雰囲気が広がり、最終的には発言者への個人攻撃になる様」をみてきた。私は、「鍵アカウントだから安心」と幻視しそうになるため、鍵アカウントは作らないようにしている。どうしてもエコーチェンバーが働き、悪意が煮詰まりがちである。当事者になりたくない。
なお、他の人も鍵アカウントをやめろと言っているのではなく、"私が"誤りそうだから作らないようにしているだけだ。
そして上記の発言も「鍵アカウントを作る人の悪口を言っている」と捉えられるのである。否である。別に他の人に強制するでも注意を促すでもない。自分はそうだと思うというだけだ(鍵アカウント内での個人攻撃が自分に届き、当事者になったら辟易するが)
解釈や思想はひとつしかなく、Aという意見はBという意見を駆逐すると考えてしまう人がいる。一方で、私はAという意見に対するBという意見は、いつかCという意見に昇華する可能性もあると考えているので、同じテーマに従って意見を交わすことが大好きだ。
たしかにこのAにはnotBを含むかも知れないが、それすらCを生むと思っている。また、notBはBの意見を持つ人の人格否定でも悪口ではない。
この意見の出し合いについて「議論」「悪口」だと捉え、全てを駆逐するのがゴールであると勘違いされると、嫌な印象を持たれるわけだ。意見を言っている人の目的と、意見を言っている人が目指していると思われている目的が異なるわけだ。
こういうメタ的視点を説得しようにも仲が良くなければ難しく、受け入れ難いものなので、結局お互い自衛した方が平和だと言うことでブロックしている。別に自分の意見を不快に思わないように説得させる親切心はないだけで、敵意のあるブロックではない。
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BL二次創作において少女漫画のヒーロー×ヒロインテンプレートが強すぎるから、そこから逃れられない限り自分の気持ちと齟齬がある作品からは逃げた方がいいんだろうな。
ジェンダーというより少女漫画の流用のイメージの方が近い。
ヒーローは
・ツンデレ(お前なんか好きじゃないし)
・受け大好き(…こいつの笑顔可愛くてドキッ)
ヒロインは
・鈍感(…?きょとん)
・かわいい(ヒーローが落ちるためのかわいい笑顔とか)
・攻めのふとした言動に恋に落ちる(守ってくれて…ドキドキした!)
・暴力ヒロイン(バキッ!)
少女漫画を読んだ世代がBL二次創作でそのテンプレートを流用して、それを読んだ世代が再生産しているイメージがある。良し悪しなどないが、私は苦手なので苦手と思う前に作家ごと避けるのが吉。
ジェンダーというより少女漫画の流用のイメージの方が近い。
ヒーローは
・ツンデレ(お前なんか好きじゃないし)
・受け大好き(…こいつの笑顔可愛くてドキッ)
ヒロインは
・鈍感(…?きょとん)
・かわいい(ヒーローが落ちるためのかわいい笑顔とか)
・攻めのふとした言動に恋に落ちる(守ってくれて…ドキドキした!)
・暴力ヒロイン(バキッ!)
少女漫画を読んだ世代がBL二次創作でそのテンプレートを流用して、それを読んだ世代が再生産しているイメージがある。良し悪しなどないが、私は苦手なので苦手と思う前に作家ごと避けるのが吉。
逆を読めない理由をできるだけちゃんとまとめたい
そもそも「受けテンプレート」である、性自認の否定/受けと女性性の同一化が苦手である。
その上で、自己愛ゆえのマウンティング・プライドの高さ・他者の反応を想定して屈服させる頭の回転の速さ・嗜虐性という要素で狛枝を好いている。そういう狛枝の好きなところを受けテンプレートは破壊しがちなので逆が読めない。そして、所謂「攻めテンプレート」では狛枝の好きな要素が見受けられやすい。
また、解釈として、狛枝は自分の言動によって相手が思う通りの反応をしたり、自分の思う通りのストーリーになるのが好きだと思っているのも攻め要素である。
なお、女性性には上記の要素が当てはめられないと考えているのではなく、受けに女性性を当てはまるという表現をすると、基本的に性格のほぼ全てが破壊されると思っている。上記の要素を持つ女性も好きだ、大場ななとか。
当然、日向の受けテンプレート化も思うところがないでもない。
日向のことは早押しで告白した方が勝ちだと思っているぐらいに流されやすいと思っているからギリギリわたしの解釈から外れない場合もあり、楽しむことができる。
というのと、最初狛日に対してここまで考えてなかったので、日向に対するそういう表現に慣れてしまったのも大いにある
(ここだけの話、自分と解釈が異なりすぎる狛日は、大好きなふたりの見た目をした創作BLくらいのテンションで楽しんでいる)
狛の男性性が否定される・狛の生き方を女性性を同一視する(好みの要素が破壊される)いうのが本当に苦手で、それは私の好きな狛枝ではない。
また、私の考えるBL捏造においては、日向は狛枝のこと恋愛的にも性愛的にも好きにならないから狛枝で勃たないし、狛枝とセックスしたいと思わないから狛枝に対して攻めは無理と考えている。
上記のひとつの狛への性癖と、1つのふたりの捏造解釈において逆が全く合わないからという整理をしている。
たぶん逆において、私が気にしている箇所に当てはまらない作品もあるんだろうけど、描かなかろうがCPで左右決めてやっている以上前者の表現を好む人の表現は楽しく読めないだろうから逆には触れないようにしている。
難しいのが、「狛日非固定」のうち、左右不定(そもそもセックスまで考えて関係を捏造していないので左右に価値がない)方はかなり共感しやすい一方、男性への女性性の当てはめが好みな人がいるリバ(異軸・同軸含)好きな人はかなり話が合わないことだ。同じ名乗りでありながら…。左右不定、流行って欲しいものだ。
書いていて思ったけど、私だいぶ狛枝好きだな…
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そもそも「受けテンプレート」である、性自認の否定/受けと女性性の同一化が苦手である。
その上で、自己愛ゆえのマウンティング・プライドの高さ・他者の反応を想定して屈服させる頭の回転の速さ・嗜虐性という要素で狛枝を好いている。そういう狛枝の好きなところを受けテンプレートは破壊しがちなので逆が読めない。そして、所謂「攻めテンプレート」では狛枝の好きな要素が見受けられやすい。
また、解釈として、狛枝は自分の言動によって相手が思う通りの反応をしたり、自分の思う通りのストーリーになるのが好きだと思っているのも攻め要素である。
なお、女性性には上記の要素が当てはめられないと考えているのではなく、受けに女性性を当てはまるという表現をすると、基本的に性格のほぼ全てが破壊されると思っている。上記の要素を持つ女性も好きだ、大場ななとか。
当然、日向の受けテンプレート化も思うところがないでもない。
日向のことは早押しで告白した方が勝ちだと思っているぐらいに流されやすいと思っているからギリギリわたしの解釈から外れない場合もあり、楽しむことができる。
というのと、最初狛日に対してここまで考えてなかったので、日向に対するそういう表現に慣れてしまったのも大いにある
(ここだけの話、自分と解釈が異なりすぎる狛日は、大好きなふたりの見た目をした創作BLくらいのテンションで楽しんでいる)
狛の男性性が否定される・狛の生き方を女性性を同一視する(好みの要素が破壊される)いうのが本当に苦手で、それは私の好きな狛枝ではない。
また、私の考えるBL捏造においては、日向は狛枝のこと恋愛的にも性愛的にも好きにならないから狛枝で勃たないし、狛枝とセックスしたいと思わないから狛枝に対して攻めは無理と考えている。
上記のひとつの狛への性癖と、1つのふたりの捏造解釈において逆が全く合わないからという整理をしている。
たぶん逆において、私が気にしている箇所に当てはまらない作品もあるんだろうけど、描かなかろうがCPで左右決めてやっている以上前者の表現を好む人の表現は楽しく読めないだろうから逆には触れないようにしている。
難しいのが、「狛日非固定」のうち、左右不定(そもそもセックスまで考えて関係を捏造していないので左右に価値がない)方はかなり共感しやすい一方、男性への女性性の当てはめが好みな人がいるリバ(異軸・同軸含)好きな人はかなり話が合わないことだ。同じ名乗りでありながら…。左右不定、流行って欲しいものだ。
書いていて思ったけど、私だいぶ狛枝好きだな…
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メッセージくださった方へ
なるべく翻訳しやすい日本語で書きます。
メッセージをくださり、ありがとうございます。
あなたのおかげで今回のツイートの非公開アカウントによる引用は肯定的な意味と知ることができました。とても安心しました。
また、あなたの大切な非公開アカウントでのコミュニティに障害を与えてしまって申し訳ありません。
非公開アカウントでの引用の受け止められ方は個人によって異なります。なので、あまり気に病まないでください。
個人的な発言が日本の鍵アカウントのコミュニティで悪い意味で拡散されている可能性があったことがあり、個人的に非公開アカウントでの引用に悪印象がついてしまっています。
その印象が拭えないため、これから自制してもらえることに感謝を感じます。
喜びのメッセージはやはり、メッセージボックスを通じてでもいいので届けてもらえると本当に嬉しいです。今回送ってくださったメッセージにも心温まりました。
改めて、メッセージを送ってくださりありがとうございました。
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なるべく翻訳しやすい日本語で書きます。
メッセージをくださり、ありがとうございます。
あなたのおかげで今回のツイートの非公開アカウントによる引用は肯定的な意味と知ることができました。とても安心しました。
また、あなたの大切な非公開アカウントでのコミュニティに障害を与えてしまって申し訳ありません。
非公開アカウントでの引用の受け止められ方は個人によって異なります。なので、あまり気に病まないでください。
個人的な発言が日本の鍵アカウントのコミュニティで悪い意味で拡散されている可能性があったことがあり、個人的に非公開アカウントでの引用に悪印象がついてしまっています。
その印象が拭えないため、これから自制してもらえることに感謝を感じます。
喜びのメッセージはやはり、メッセージボックスを通じてでもいいので届けてもらえると本当に嬉しいです。今回送ってくださったメッセージにも心温まりました。
改めて、メッセージを送ってくださりありがとうございました。
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有村麻央に自分を重ねている。
私は容姿端麗でもなんでもないが、トムボーイ的なかっこよさに憧れた時代があったし、現に今も私服を選ぶ時はメンズライクなかっこよさに寄りがちだ。しかし、ハンサムな顔でもなく、背も164cmと中途半端、ただ骨格ナチュラルだけがそれっぽい、顔タイプナチュラル・PDナチュラルグレースの女でしかないのだ。
かっこいいを目指す人にとって、「可愛い」と言う言葉は暴力的で、自己否定で、全く賛美ではなく、嫌悪に値する感情を知ってしまっているから、有村麻央のプロデュース方針に首を傾げてしまう。
学マス「初」において、有村に伝える「可愛くなれ」は、彼女に憧れの呪いを脱がせる号令だ。
可愛さとかっこよさの両立はアイドルとしての有村麻央らしくとも、歌劇団を諦めてアイドルとして憧れの姿を選んだ彼女が目指していた偶像では決してない。たとえ売れても。
もちろん、憧れよりもより自分そのままの延長線でなれる姿に変わり、しばらく活動していたらその変わった自分の形を好きになることもきっとある。その気持ちもよくわかる。しかし、どうしても性急に暴力的な「可愛い」という単語で殴られた麻央を気にしてしまう。
私は容姿端麗でもなんでもないが、トムボーイ的なかっこよさに憧れた時代があったし、現に今も私服を選ぶ時はメンズライクなかっこよさに寄りがちだ。しかし、ハンサムな顔でもなく、背も164cmと中途半端、ただ骨格ナチュラルだけがそれっぽい、顔タイプナチュラル・PDナチュラルグレースの女でしかないのだ。
かっこいいを目指す人にとって、「可愛い」と言う言葉は暴力的で、自己否定で、全く賛美ではなく、嫌悪に値する感情を知ってしまっているから、有村麻央のプロデュース方針に首を傾げてしまう。
学マス「初」において、有村に伝える「可愛くなれ」は、彼女に憧れの呪いを脱がせる号令だ。
可愛さとかっこよさの両立はアイドルとしての有村麻央らしくとも、歌劇団を諦めてアイドルとして憧れの姿を選んだ彼女が目指していた偶像では決してない。たとえ売れても。
もちろん、憧れよりもより自分そのままの延長線でなれる姿に変わり、しばらく活動していたらその変わった自分の形を好きになることもきっとある。その気持ちもよくわかる。しかし、どうしても性急に暴力的な「可愛い」という単語で殴られた麻央を気にしてしまう。
人格否定が混ざらない限り、基本的に相手を傷つけるためでも論破するために議論というものは存在ない。AとBの意見それぞれあってそれぞれの論拠があり、昇華したCを目指すか新たなA+を探すかしているだけである。
一方で、A VS Bと対立的にしか捉えられない人も議論好き・議論嫌い双方いる。相手の考えをAに変えさせることが目的になっていたり、自分のBという考えを守ることが目的になったりしている。
いずれかがA VS Bという対立的な考えでいる限り、「否定したくない」「否定された」という話になる。これは議論の目的の考えで発生するものであり、議論の内容自体で生まれる考えではないと思っている。
カスみたいな事例を出す。
「自カプがCDの根拠は、DはノンケでありCに性的欲求を抱いておらず、DがCに対して勃たないから」という意見はDCの意見を持つ人の否定ではなくあくまで意見に過ぎない。
「否定されて傷つきました!絶対DCだもん!」と勝手に“傷ついて“いるだけだ。
「確かにDはノンケだね。男の生殖器は無理やり勃たせることができる。原作のこの描写から、CがDに対して抱かれたい欲求を抱いていると思うので、無理にでも勃たせる行動力がある」とか自分の好きなDCに対する意見を述べればいい。議論というのは白黒ではない。この話でも、異なるカップリングを主張しつつ「Dはノンケ」という考えは合致しているので、深掘りの出発点になるだろう。最終的に「二次創作者としてDのえっちなところを見たいから捏造しているんだ」という意見に収束したっていいし、何を言われようがあなたがDCだと考える気持ちは持っていていいものだ。ただ、CDの意見を聞いて勝手に傷つくな、というわけだ。
意見を述べられなくなった(言語化の手立てがなくなった)ことによって相手の意見を受け入れざるを得ないと“勘違いした人“が「傷ついた」って言う。
相手に意見の余地を与えられなくなったことによって自分の意見を通してしまったと“勘違いした人“が傷つけたと言うイメージである。
そして「議論」が誰かを傷つけるものだと思っている人は言語化自体が議論を巻き起こすと思っているから言語化自体を忌避する。
わたしはCとかA+を探りたいのだけど、自分だけではAにしかならないから他人のBを知りたい。
他人の意見であるBに合わせたくないという考えはなく、Aの論拠とBの論拠を深ぼった先に得られる別の考えを得たい。
しかし、私がAの論拠や考えを言うと結構心が折れる人がいる。
おそらく、AかBかの状況だと思っているから、Bを否定されることで“負けた&傷ついた“と思ってしまう、自分でBを肯定する材料がなくなったから相手の意見を受け入れなければならないのかと考えてしまう、のではないか。
※ただし、考えることは強烈に負荷がかかるものだから、負荷を強要される議論の場に巻き込まれること自体が“(心労的に)傷ついた“ともなる。その考える負荷を回避するための行動が“自衛“だと思っている。
言葉にできない感情もとても大事だけれど、言葉にしなかった感情がどれほど自分の中で記憶されているかと思い起こすと、ネガティブイメージは言葉にしなくても残るものの、ポジティブ感情は言葉にしなければ消え去ってしまう傾向を感じる。言葉にして栞を挟んでおくことも大事だと思う。言葉にすることでようやく他人に伝えることができもう一個別の考えを得られる可能性も高いから、こうして言葉にしてよっこらよっこら投稿している。
畳む
一方で、A VS Bと対立的にしか捉えられない人も議論好き・議論嫌い双方いる。相手の考えをAに変えさせることが目的になっていたり、自分のBという考えを守ることが目的になったりしている。
いずれかがA VS Bという対立的な考えでいる限り、「否定したくない」「否定された」という話になる。これは議論の目的の考えで発生するものであり、議論の内容自体で生まれる考えではないと思っている。
カスみたいな事例を出す。
「自カプがCDの根拠は、DはノンケでありCに性的欲求を抱いておらず、DがCに対して勃たないから」という意見はDCの意見を持つ人の否定ではなくあくまで意見に過ぎない。
「否定されて傷つきました!絶対DCだもん!」と勝手に“傷ついて“いるだけだ。
「確かにDはノンケだね。男の生殖器は無理やり勃たせることができる。原作のこの描写から、CがDに対して抱かれたい欲求を抱いていると思うので、無理にでも勃たせる行動力がある」とか自分の好きなDCに対する意見を述べればいい。議論というのは白黒ではない。この話でも、異なるカップリングを主張しつつ「Dはノンケ」という考えは合致しているので、深掘りの出発点になるだろう。最終的に「二次創作者としてDのえっちなところを見たいから捏造しているんだ」という意見に収束したっていいし、何を言われようがあなたがDCだと考える気持ちは持っていていいものだ。ただ、CDの意見を聞いて勝手に傷つくな、というわけだ。
意見を述べられなくなった(言語化の手立てがなくなった)ことによって相手の意見を受け入れざるを得ないと“勘違いした人“が「傷ついた」って言う。
相手に意見の余地を与えられなくなったことによって自分の意見を通してしまったと“勘違いした人“が傷つけたと言うイメージである。
そして「議論」が誰かを傷つけるものだと思っている人は言語化自体が議論を巻き起こすと思っているから言語化自体を忌避する。
わたしはCとかA+を探りたいのだけど、自分だけではAにしかならないから他人のBを知りたい。
他人の意見であるBに合わせたくないという考えはなく、Aの論拠とBの論拠を深ぼった先に得られる別の考えを得たい。
しかし、私がAの論拠や考えを言うと結構心が折れる人がいる。
おそらく、AかBかの状況だと思っているから、Bを否定されることで“負けた&傷ついた“と思ってしまう、自分でBを肯定する材料がなくなったから相手の意見を受け入れなければならないのかと考えてしまう、のではないか。
※ただし、考えることは強烈に負荷がかかるものだから、負荷を強要される議論の場に巻き込まれること自体が“(心労的に)傷ついた“ともなる。その考える負荷を回避するための行動が“自衛“だと思っている。
言葉にできない感情もとても大事だけれど、言葉にしなかった感情がどれほど自分の中で記憶されているかと思い起こすと、ネガティブイメージは言葉にしなくても残るものの、ポジティブ感情は言葉にしなければ消え去ってしまう傾向を感じる。言葉にして栞を挟んでおくことも大事だと思う。言葉にすることでようやく他人に伝えることができもう一個別の考えを得られる可能性も高いから、こうして言葉にしてよっこらよっこら投稿している。
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2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
お友達のお誕生日会延長線で、都内で私が食べたいものを買い集めて家に突撃しました。
①新橋 刷毛じょうゆ 海苔弁山登り(のり弁)
のりが二層になっているのり弁!焼き鮭とあげちくわの入った「海」をいただきました。温めていなかったことに書いている今気づいたぐらい、そのままでも美味しいのり弁でした。小さめかな?と思ったけど、案外がっつり美味しく醤油が効いていて、こってり目で最高でした。
https://noriben-yamanobori.co.jp/
②永田町 HOCUS POCUS(ドーナツ)
味のバラエティも豊富なのですが、ひとつひとつの生地がとても美味しくて、ケーキを食べているような美味しさのドーナツでした!
https://hocuspocus.jp/
③新宿 ナワ・ブゥ・ブール
伊勢丹の地下一階に行くたび、行列を眺めていたお店!ついに並んでみました。レモンケーキと紅茶のフィナンシェとガレット・ブルトンヌ!フィナンシェは時間が経ってもサクサクした外側を保ち、中はしっとりしていてすごく美味しかったです。ガレット・ブルトンヌもレモンケーキもすごく美味しかった。自宅用にカヌレとサブレとフィナンシェ(通常)を買って帰ったので、あとから食べるのが楽しみです。並んでいる店は間違いない!
①新橋 刷毛じょうゆ 海苔弁山登り(のり弁)
のりが二層になっているのり弁!焼き鮭とあげちくわの入った「海」をいただきました。温めていなかったことに書いている今気づいたぐらい、そのままでも美味しいのり弁でした。小さめかな?と思ったけど、案外がっつり美味しく醤油が効いていて、こってり目で最高でした。
https://noriben-yamanobori.co.jp/
②永田町 HOCUS POCUS(ドーナツ)
味のバラエティも豊富なのですが、ひとつひとつの生地がとても美味しくて、ケーキを食べているような美味しさのドーナツでした!
https://hocuspocus.jp/
③新宿 ナワ・ブゥ・ブール
伊勢丹の地下一階に行くたび、行列を眺めていたお店!ついに並んでみました。レモンケーキと紅茶のフィナンシェとガレット・ブルトンヌ!フィナンシェは時間が経ってもサクサクした外側を保ち、中はしっとりしていてすごく美味しかったです。ガレット・ブルトンヌもレモンケーキもすごく美味しかった。自宅用にカヌレとサブレとフィナンシェ(通常)を買って帰ったので、あとから食べるのが楽しみです。並んでいる店は間違いない!
4/28、欲しかったブランド(AKIRANAKA)の欲しかった靴を購入できて、丸の内散歩も楽しくて、マジックバーでのテーブルマジックが面白くて、友達のバースデーをばっちり喜ばせられて、卯月コウの配信(卯月軍団マリオカート杯クイズ大会)もめちゃくちゃ面白くて、最高の日だった!
手の中の会話がいつのまにか移動していたら、手の中のトランプの山が消えていたり、マジックらしいマジックをたくさん見られてすごく楽しかったからまた行きたい〜!!
友達と私のサインを書いたカードの裏面がいつのまにかバースデーカードになってたマジックにめちゃくちゃ驚いた!!!!
前に違うマジックバーに行った時、サインを書いたカードが未開封のペットボトル(水)の中に移動するという謎すぎるマジックが思い出に残っていたのだけど、今日も今日で楽しかったな〜!!またステージマジックも見たくなった!
手の中の会話がいつのまにか移動していたら、手の中のトランプの山が消えていたり、マジックらしいマジックをたくさん見られてすごく楽しかったからまた行きたい〜!!
友達と私のサインを書いたカードの裏面がいつのまにかバースデーカードになってたマジックにめちゃくちゃ驚いた!!!!
前に違うマジックバーに行った時、サインを書いたカードが未開封のペットボトル(水)の中に移動するという謎すぎるマジックが思い出に残っていたのだけど、今日も今日で楽しかったな〜!!またステージマジックも見たくなった!
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」
タイトル通り、働く前は本を読んでいた人が働いてから本を読めなくなったことを嘆き悲しむ本である。SNSでは“元“読書家たちの共感が溢れている。
そもそも働く前から本を読んでいない人間に向けた本ではない。
私はそもそも読書家ではない。国語という教科に対する激しいコンプレックスがある。読書家の母から「本を読め」と言われながら本を読まず、国語の成績だけが悪く、大学受験まで尾を引くほど国語が苦手なのだ。センター試験144点は私にとってのトラウマの数字なのだ。決して悪い成績ではないが、私にとってはあんなに忌み嫌う国語と向き合ったのに?という点だったのだ。
一方で、最近私は本を読む努力をしている。理由は、上司に「お前の言うことは全て浅いから本を読め」というお言葉をいただいたためだ。この言葉で殴られてから、自分の無能さに凹みっぱなしだ。多少は読書量が増えたが、上司の言う通り1ヶ月に20冊など到底読めていない。せいぜい5冊…というのも見栄でギリ2〜3冊かな…と言った具合だ。
自分が本を読めない理由は「ノイズ」を身体に流し込めないからだと悟った。とにかく、わからない文章を読み下せないのだ。IT業界にいるとあらゆる意味不明のカタカナ語や意味不明の文章を良く見る。目が滑って読み飛ばしてしまうのだ、おそらく無意識に。物事の構造を掴んだり、考えることは不得意ではないのに、自分にとってノイズの多い文章を読み下すことができない。
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タイトル通り、働く前は本を読んでいた人が働いてから本を読めなくなったことを嘆き悲しむ本である。SNSでは“元“読書家たちの共感が溢れている。
そもそも働く前から本を読んでいない人間に向けた本ではない。
私はそもそも読書家ではない。国語という教科に対する激しいコンプレックスがある。読書家の母から「本を読め」と言われながら本を読まず、国語の成績だけが悪く、大学受験まで尾を引くほど国語が苦手なのだ。センター試験144点は私にとってのトラウマの数字なのだ。決して悪い成績ではないが、私にとってはあんなに忌み嫌う国語と向き合ったのに?という点だったのだ。
一方で、最近私は本を読む努力をしている。理由は、上司に「お前の言うことは全て浅いから本を読め」というお言葉をいただいたためだ。この言葉で殴られてから、自分の無能さに凹みっぱなしだ。多少は読書量が増えたが、上司の言う通り1ヶ月に20冊など到底読めていない。せいぜい5冊…というのも見栄でギリ2〜3冊かな…と言った具合だ。
自分が本を読めない理由は「ノイズ」を身体に流し込めないからだと悟った。とにかく、わからない文章を読み下せないのだ。IT業界にいるとあらゆる意味不明のカタカナ語や意味不明の文章を良く見る。目が滑って読み飛ばしてしまうのだ、おそらく無意識に。物事の構造を掴んだり、考えることは不得意ではないのに、自分にとってノイズの多い文章を読み下すことができない。
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パラコレ雛菜
アイドルの将来論になると、どうしてもアイドリッシュセブンを思い返してしまう。
姉鷺カオルは最高のアイドルは「終わらないアイドル」と言い、小鳥遊音晴は「僕らだけは彼ら(アイドル)に永遠を求めちゃいけない」といった。
雛菜の3年後がアイドルであり、とても嬉しい。そして、アイドルとしての希望していたファッションショー出演と大学進学を天秤にかけて、迷いなく彼女の「しあわせ」として大学受験を選べる雛菜であることを幸福に思う。「何にも変わってなかったです、楽しくお仕事していました」という、不変だが幸福という答えに将来への不安のなさを感じた。
幸せで楽しいという筋が変わらない自分を信じられるから、不変であることを幸せだと唱えられるのだ。
人生、何度かこの歳に・この環境にあったからこそ自己の性格の根幹が形成されたなというタイミングがある。
私は中高過ごした演劇部で行動や振る舞いが定まり、大学のサークルを通じて興味が定まり、社会人になって生き方や思考の礎が定まっていった。
舞台経験を通じて良い意味でも悪い意味でも恥を知らない振る舞いになり、サークルを通じて人の行動や心理に興味を持ち、社会を通じて一般論に流されずに自分で考えて幸せを選択していく精神を培っていったように思う。今は、自己の人生の有りたい姿のために行動や習慣を身につけたいと思いつつ、まだ定まっていないという最中だ。
高校1年生にも関わらず、生き方が定まっており、将来が不変であっても楽しいと言い切ることができる彼女は、未だ定まらない人間にとっては憧れの象徴だ。
雛菜の道は「しあわせ」に溢れた一本道であることが彼女の意思によって決まっているのだけれど、その道がまだアイドルの道と交差していることをひたすら嬉しく思う。
そして、雛菜が幸福をいう時、「幸せ」ではなく「しあわせ」というひらがな表記なのがこれまた彼女らしいよな、と思います。
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アイドルの将来論になると、どうしてもアイドリッシュセブンを思い返してしまう。
姉鷺カオルは最高のアイドルは「終わらないアイドル」と言い、小鳥遊音晴は「僕らだけは彼ら(アイドル)に永遠を求めちゃいけない」といった。
雛菜の3年後がアイドルであり、とても嬉しい。そして、アイドルとしての希望していたファッションショー出演と大学進学を天秤にかけて、迷いなく彼女の「しあわせ」として大学受験を選べる雛菜であることを幸福に思う。「何にも変わってなかったです、楽しくお仕事していました」という、不変だが幸福という答えに将来への不安のなさを感じた。
幸せで楽しいという筋が変わらない自分を信じられるから、不変であることを幸せだと唱えられるのだ。
人生、何度かこの歳に・この環境にあったからこそ自己の性格の根幹が形成されたなというタイミングがある。
私は中高過ごした演劇部で行動や振る舞いが定まり、大学のサークルを通じて興味が定まり、社会人になって生き方や思考の礎が定まっていった。
舞台経験を通じて良い意味でも悪い意味でも恥を知らない振る舞いになり、サークルを通じて人の行動や心理に興味を持ち、社会を通じて一般論に流されずに自分で考えて幸せを選択していく精神を培っていったように思う。今は、自己の人生の有りたい姿のために行動や習慣を身につけたいと思いつつ、まだ定まっていないという最中だ。
高校1年生にも関わらず、生き方が定まっており、将来が不変であっても楽しいと言い切ることができる彼女は、未だ定まらない人間にとっては憧れの象徴だ。
雛菜の道は「しあわせ」に溢れた一本道であることが彼女の意思によって決まっているのだけれど、その道がまだアイドルの道と交差していることをひたすら嬉しく思う。
そして、雛菜が幸福をいう時、「幸せ」ではなく「しあわせ」というひらがな表記なのがこれまた彼女らしいよな、と思います。
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