2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
QKの画像も10枚目に至った 。
ナマモノジャンルは初めてなのだけれど、絵への影響がデフォルメの削減じゃない方に表れていてびっくりしている。
正直、絵柄がリアルによって二次元的キャラクターの愛らしさが減ると覚悟していた。折々狛枝と日向のふたりも描いているものの、デフォルメに影響はない。
むしろ、デフォルメの幅が広がる気がしている。
10枚描いた感想として、配信者FAの面白いところは模写でなく、カトゥーン化と漫画向け合成だと感じている。
画面に映っている事実をなるべく描きつつも、その場面を見て自分が抱いた感情や感想を元に、表情や画角を変えてカートゥーン化した上で、二次元として絵の良さを保たせるのがすごく楽しい。
そして5秒のシーンのいいところをギュッと1枚の絵にまとめあげる演出が楽しい。
そして、思ったより現実ってカートゥーンみたいだ。漫画みたいな口を、本当にする。漫画みたいな驚き方を、本当にする。
漫画的表現はもともと現実を二次元的にかつ静止画ながら動的に表現する技術なので、当たり前といえばそうかもしれない。
https://youtu.be/Kal1CH40IMk?si=QH9Bn3Mw...
表現しきれなかったのだが、山本さんの「Four!!!!」手前のところ、正面から見て下唇がやや左に曲がっているのが、かなり漫画的だ…と驚いた。
自分の顔でも当然、叫びながら下唇だけ左に寄せることは可能なのだが、私の今までの絵の表現ではその可動域を考えたことがなかった。

こういう表情を表現したいなという演出感覚や、実際に人ができる表情の可動域の認知に少しだけ触れることができている。
努力できない人間なりにポーマスくらいちょこっとやったことがある程度で、デッサンなどはしていない趣味の絵描きなので、
こうしてリアルな人物を動画であれ楽しんで描けるコンテンツに出会えてよかった、としみじみ思うところだ。
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ナマモノジャンルは初めてなのだけれど、絵への影響がデフォルメの削減じゃない方に表れていてびっくりしている。
正直、絵柄がリアルによって二次元的キャラクターの愛らしさが減ると覚悟していた。折々狛枝と日向のふたりも描いているものの、デフォルメに影響はない。
むしろ、デフォルメの幅が広がる気がしている。
10枚描いた感想として、配信者FAの面白いところは模写でなく、カトゥーン化と漫画向け合成だと感じている。
画面に映っている事実をなるべく描きつつも、その場面を見て自分が抱いた感情や感想を元に、表情や画角を変えてカートゥーン化した上で、二次元として絵の良さを保たせるのがすごく楽しい。
そして5秒のシーンのいいところをギュッと1枚の絵にまとめあげる演出が楽しい。
そして、思ったより現実ってカートゥーンみたいだ。漫画みたいな口を、本当にする。漫画みたいな驚き方を、本当にする。
漫画的表現はもともと現実を二次元的にかつ静止画ながら動的に表現する技術なので、当たり前といえばそうかもしれない。
https://youtu.be/Kal1CH40IMk?si=QH9Bn3Mw...
表現しきれなかったのだが、山本さんの「Four!!!!」手前のところ、正面から見て下唇がやや左に曲がっているのが、かなり漫画的だ…と驚いた。
自分の顔でも当然、叫びながら下唇だけ左に寄せることは可能なのだが、私の今までの絵の表現ではその可動域を考えたことがなかった。

こういう表情を表現したいなという演出感覚や、実際に人ができる表情の可動域の認知に少しだけ触れることができている。
努力できない人間なりにポーマスくらいちょこっとやったことがある程度で、デッサンなどはしていない趣味の絵描きなので、
こうしてリアルな人物を動画であれ楽しんで描けるコンテンツに出会えてよかった、としみじみ思うところだ。
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劇団四季の「ゴースト&レディ」を見た。その晩に、原作も読んだ。
以下、ネタバレあり。
これまで観てきたミュージカルと違って山場が多い、体感RRRぐらいに場面が多かった。その場面における雰囲気や明暗を自然につなげる舞台美術がすごかった。特に、ロンドンから病院に移り、不衛生で汚い環境を表現して、フローによって衛生や明るさを取り戻す流れが舞台美術と証明の優だった。特に、フローの実家に至るまでの馬車の描写は、幽霊達のダンスと共に、なんて楽しい舞台なのだとワクワクした。
ウィキッドの時も同様に感じたが、やはり愛(ここでは恋愛に限らない、愛)が深まるまでの過程がお話として描かれていると、わたしは物語を楽しめる。
出会って3秒で恋に落ちて、その後もLOVE POWERでなんとかするミュージカルは、どこか腑に落ちないままお話でなく歌だけを楽しむものに至るイメージが強かった
「ゴースト&レディ」も劇団四季の例に漏れず、愛の話であるものの、互いに孤独にいたり互いを強く求めるまでの信頼関係を描き出していたので、関係性も物語も楽しめた。
現代のドラマや漫画も、やはり突拍子も無い愛ではなく、過程を大事にする話が多い。「ゴースト&レディ」は、物語が好きなミュージカル初心者をミュージカルに引き込むいいきっかけになるのではないか。
初心者を引き込む一方、漫画にないオリジナルキャラクターとしてかつて想いを寄せたことがあるものの振った婚約者と、その男と婚約して病院を去ることになるエイミーを出すことで、フローが抱いた「孤独」を恋愛描写慣れした従来のミュージカル観劇者にも理解させる潤色も巧みだ。生き霊という、わかりづらい描写を影絵で残しながらも、説明としては大幅に省いて気にしないでいいようにしているのも劇として非常に親切だ。
ーー
この1年間、機会に恵まれて劇団四季のミュージカルを何本か見ている。毎回、舞台美術を見てしまう。
話の風景を描写する説得力、そして1場面が「画」として美しい色彩構成、そして場にある大道具を足し引きする技術に驚くばかりだ。
「ゴースト&レディ」の最初の場面は華やかな劇場の舞台と客席で始まる。客席の枠組みは残り続けながら、照明による光と影で描写を変えていく。
中高生の時、演劇部だった。地方大会で落ちるような弱小演劇部だ。役者もスタッフもみんなで大道具を作った。ホームセンターで180cmの角材とベニヤ板で作る役者と舞台奥を隠す壁となる「パネル」、ただの木の箱である「ユニット」を作った。この2つの組み合わせで、ほぼすべての場面を切り抜けた。その30cmほどの木の箱であるユニットは、時に椅子であり、屋上であり、空飛ぶアンドロイドの発射台であった。
たまに、顧問に連れられて演劇の学習のために観劇に行った。あのときは、プロの演劇など理解するだけで精一杯(たまに理解できなくて寝た)で、自分の舞台に活かそうなどという発想は湧かなかった。
今見れば、中高生の大道具とは比べ物にならないくらい予算と人手がかけられている劇団四季においても相当”アナログな”技法が残っている。舞台を明転のまま転換するために、明転の状態で役者が大道具を外に持ち出す…ということは中高の演劇部でもやっていた。劇団四季でそれを見ると、大道具をはけさせた分、あきらかに役者が歩める幅が広がったように見え、立派な場面転換になっていると感じる。中高生の頃、明転状態で大道具をハケさせることに見栄え的な大きな意味など考えたことがなかった。きっと、これはユニットひとつの移動でもできることだった。でも、中高生の頃はそんな「活かし方」なんて考える応用的知性はなかった。
馬車のシーンでフローの役者が前後に上半身を揺らしていたのもかなり”アナログな”技法だ。こういったテクニックはきっと、ちゃんと考えれば、中高生の劇でも応用できたはずなのだ。
そう思っている私からすれば、高校生からの私の思考の進化は立派なものだ。「学力」は大学受験がピークだったが、こういったものがちょっとした「知性」と呼べるのかもしれない。大人になったなと感じる。
演劇から離れてもう10年経ったが、今ならもっと良い演出ができるのだろう。こういった思考を高校生で獲得できていれば、と、少し惜しく感じてしまう。
「ウィキッド」は相当よく、もう1回、2回くらい観たい(聴きたい)と思った劇だったが、「ゴースト&レディ」は1回でも観てよかったと強く思える劇だった。
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以下、ネタバレあり。
これまで観てきたミュージカルと違って山場が多い、体感RRRぐらいに場面が多かった。その場面における雰囲気や明暗を自然につなげる舞台美術がすごかった。特に、ロンドンから病院に移り、不衛生で汚い環境を表現して、フローによって衛生や明るさを取り戻す流れが舞台美術と証明の優だった。特に、フローの実家に至るまでの馬車の描写は、幽霊達のダンスと共に、なんて楽しい舞台なのだとワクワクした。
ウィキッドの時も同様に感じたが、やはり愛(ここでは恋愛に限らない、愛)が深まるまでの過程がお話として描かれていると、わたしは物語を楽しめる。
出会って3秒で恋に落ちて、その後もLOVE POWERでなんとかするミュージカルは、どこか腑に落ちないままお話でなく歌だけを楽しむものに至るイメージが強かった
「ゴースト&レディ」も劇団四季の例に漏れず、愛の話であるものの、互いに孤独にいたり互いを強く求めるまでの信頼関係を描き出していたので、関係性も物語も楽しめた。
現代のドラマや漫画も、やはり突拍子も無い愛ではなく、過程を大事にする話が多い。「ゴースト&レディ」は、物語が好きなミュージカル初心者をミュージカルに引き込むいいきっかけになるのではないか。
初心者を引き込む一方、漫画にないオリジナルキャラクターとしてかつて想いを寄せたことがあるものの振った婚約者と、その男と婚約して病院を去ることになるエイミーを出すことで、フローが抱いた「孤独」を恋愛描写慣れした従来のミュージカル観劇者にも理解させる潤色も巧みだ。生き霊という、わかりづらい描写を影絵で残しながらも、説明としては大幅に省いて気にしないでいいようにしているのも劇として非常に親切だ。
ーー
この1年間、機会に恵まれて劇団四季のミュージカルを何本か見ている。毎回、舞台美術を見てしまう。
話の風景を描写する説得力、そして1場面が「画」として美しい色彩構成、そして場にある大道具を足し引きする技術に驚くばかりだ。
「ゴースト&レディ」の最初の場面は華やかな劇場の舞台と客席で始まる。客席の枠組みは残り続けながら、照明による光と影で描写を変えていく。
中高生の時、演劇部だった。地方大会で落ちるような弱小演劇部だ。役者もスタッフもみんなで大道具を作った。ホームセンターで180cmの角材とベニヤ板で作る役者と舞台奥を隠す壁となる「パネル」、ただの木の箱である「ユニット」を作った。この2つの組み合わせで、ほぼすべての場面を切り抜けた。その30cmほどの木の箱であるユニットは、時に椅子であり、屋上であり、空飛ぶアンドロイドの発射台であった。
たまに、顧問に連れられて演劇の学習のために観劇に行った。あのときは、プロの演劇など理解するだけで精一杯(たまに理解できなくて寝た)で、自分の舞台に活かそうなどという発想は湧かなかった。
今見れば、中高生の大道具とは比べ物にならないくらい予算と人手がかけられている劇団四季においても相当”アナログな”技法が残っている。舞台を明転のまま転換するために、明転の状態で役者が大道具を外に持ち出す…ということは中高の演劇部でもやっていた。劇団四季でそれを見ると、大道具をはけさせた分、あきらかに役者が歩める幅が広がったように見え、立派な場面転換になっていると感じる。中高生の頃、明転状態で大道具をハケさせることに見栄え的な大きな意味など考えたことがなかった。きっと、これはユニットひとつの移動でもできることだった。でも、中高生の頃はそんな「活かし方」なんて考える応用的知性はなかった。
馬車のシーンでフローの役者が前後に上半身を揺らしていたのもかなり”アナログな”技法だ。こういったテクニックはきっと、ちゃんと考えれば、中高生の劇でも応用できたはずなのだ。
そう思っている私からすれば、高校生からの私の思考の進化は立派なものだ。「学力」は大学受験がピークだったが、こういったものがちょっとした「知性」と呼べるのかもしれない。大人になったなと感じる。
演劇から離れてもう10年経ったが、今ならもっと良い演出ができるのだろう。こういった思考を高校生で獲得できていれば、と、少し惜しく感じてしまう。
「ウィキッド」は相当よく、もう1回、2回くらい観たい(聴きたい)と思った劇だったが、「ゴースト&レディ」は1回でも観てよかったと強く思える劇だった。
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スポッチャで背中から2回転んだので、腕の背面に大きい青タンと挫傷、他にもいろいろ数があるので、母から冗談で「DV疑われるかも」と言われた。
漫画などの創作で(もしくはもしかしたら現実でも)、深刻にDVを心配してくれた人に「転んだだけ」と、明らかに転んだだけではできないような傷を誤魔化すことがあるが、本当に「転んだだけ」でこんな暴力を受けたみたいな傷ができるとは。しかも後転で2回も転んだからこそ、なかなか変なところに傷ができており、暴力を与えられた感じに見える。
ラブコメでよく、キスマークを「虫刺され」と誤魔化すことがある。かつて、かなりキスマークみたいな虫刺されができてそれもまた面白かった。
心配されている時、本当に自責のしょうもないことが原因場合、心配している人にその原因を疑われても、本当なのだからしょうがないよな…とどうでも良いことを思った。まあ、暴力を受けているの?とも、キスマークを疑われたことも、現実にはないわけだが。
漫画などの創作で(もしくはもしかしたら現実でも)、深刻にDVを心配してくれた人に「転んだだけ」と、明らかに転んだだけではできないような傷を誤魔化すことがあるが、本当に「転んだだけ」でこんな暴力を受けたみたいな傷ができるとは。しかも後転で2回も転んだからこそ、なかなか変なところに傷ができており、暴力を与えられた感じに見える。
ラブコメでよく、キスマークを「虫刺され」と誤魔化すことがある。かつて、かなりキスマークみたいな虫刺されができてそれもまた面白かった。
心配されている時、本当に自責のしょうもないことが原因場合、心配している人にその原因を疑われても、本当なのだからしょうがないよな…とどうでも良いことを思った。まあ、暴力を受けているの?とも、キスマークを疑われたことも、現実にはないわけだが。
スポッチャ行きました!バランスボードとダンレボで2回盛大に背中から転んで痛いです!
久々に「遊び」という遊びをした気がします。たまにある友人との外出は、ご飯や買い物を軸に考えていることも多いのですが、今回は遊びのためのおでかけでした。とても満足!
誰かと「出かける」じゃなくて「遊ぶ」をずっとやりたかった。
1日充実してたなって思える日をたくさん作りたくなってきました。博物館とか美術館とか行きたくなってきた。たぶん、この外出衝動は、スポッチャの混み具合がほどほどで過ごしやすかったことも大きい。国立科学博物館とか混んでるのかな〜
以下、遊びに関するQJのはなし
須貝さんが山本さんに「よく遊ぶ」と言っていたのを見て、「よく出かける」じゃなくて「よく遊ぶ」と言えるの羨ましいと思っていた。遊べてよかった!
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久々に「遊び」という遊びをした気がします。たまにある友人との外出は、ご飯や買い物を軸に考えていることも多いのですが、今回は遊びのためのおでかけでした。とても満足!
誰かと「出かける」じゃなくて「遊ぶ」をずっとやりたかった。
1日充実してたなって思える日をたくさん作りたくなってきました。博物館とか美術館とか行きたくなってきた。たぶん、この外出衝動は、スポッチャの混み具合がほどほどで過ごしやすかったことも大きい。国立科学博物館とか混んでるのかな〜
以下、遊びに関するQJのはなし
須貝さんが山本さんに「よく遊ぶ」と言っていたのを見て、「よく出かける」じゃなくて「よく遊ぶ」と言えるの羨ましいと思っていた。遊べてよかった!
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QKメンバーへの印象とか、見方とか
皆さんクイズがとても好きで、時に悔しさも感じながらも楽しくクイズに人生を賭けている感じが楽しいです。クイズにもクイズ以外の好きにも真剣な様が、人生の豊かさを感じて見ていて気持ちいいし、見るだけで生活に良い影響を貰えている気がします。
伊沢さん→クイズが強い上に、本当にクイズとクイズプレイヤーが好きなことが伝わってきます。演者としての面白さの演出も光っていて、視聴者側に対する意識を強く感じます。時にピエロを演じながらも、「わかりやすい」を届けてくれます。飽くなき探究心と自立性と馬力を尊敬しています。
ふくらさん→私個人がひらめき系がものすごく苦手なので、ひらめき系の思考回路の早さに魔法をかけられたような驚きを感じています。1日だけ脳のスペックを体験できるなら絶対にふくらさんがいい。映像制作ドキュメンタリーにて、エンタメという非言語性の高くなりがちなコンテンツであっても、最適に言語化してチームプレイで動画を煮詰めていく姿勢を見て、仕事人としても尊敬できる人だと感じました。
河村さん→おかしな企画で想定外の企みをする様が好きです。河村さんしかできないアイデア性の高い動画の「破」があると思います。特許の件、二極点、わりやすい割り箸(裏工作)など。センスが良く、賢く、憧れの知識人像です。
山本さん→QKのみなさんにはそれぞれ得意ジャンルがあるけれど、漢字が得意と一貫している山本さん。
クイズには「学ぶこと」と「発揮できる」の二面があると素人ながら感じています。山本さんの漢字勉強への姿勢と漢字王として語彙問題を無双している姿を見ると、「学ぶこと」と「発揮すること」の両方ができる知の両輪を感じられます。ずっと漢字を勉強している様を私たちに見せてくれる山本さんを見てると、私も学んだことを発揮できるまで勉強したいなと思わされます。特に、山本さんを見てると漢検を勉強して日本語をもっと知りたい・使えるようになりたいなという欲求が生まれてきます。
周りが正解に対して、褒めたり感心したりしていることも多く、そんな人柄の良さも素敵です。
みなさんのことを等しく魅力的に思っていますが、同大卒なので全員並んだ時には山本さんを応援しています。早稲田を出てくれてありがとうございます。
あと服選びの系統が好きです。
鶴崎さん→ニコニコしていることが多く、クイズの一問一問に感情を見せてくれて、ものすごくチャーミングな人だと思ってます。心をものすごく和やかにしてくれる、唯一無二のキャラクター性を感じています。
あと個人的な体験ですが、得意だった数学を数学ⅡBで終えてしまったまま、受験で使わずに経済数学に飛び込み、理解しきれないまま単位を取得した思い出が燻っているので、数学を楽しんでいる人をとにかく尊敬してしまいます。いつか数学にはリベンジしたいです。
須貝さん→ものすごく頭がいい方できっと勉強で周りに劣っていたことの方が人生少ないでしょうに、クイズ初心者がゆえに周囲のクイ研出身者と比較してクイズができないことも多かった須貝さん。それなのにとにかく「知らない」「わからない」を認めて素直に感心したり、「学べた」と素直に言う姿勢がものすごくみていて気持ちよくて、こちらまで素直な人間になりたくなるナイスガイだと思います。そしてなによりしっかりクイズも強くなる賢さが人間としてかっこいいです。明るく、周りの言葉を良く聞いていて、年長者としての落ち着きがありながらも場の盛り上げができて、人間として素敵だなと思ってます。
東問さん→クイズとクイズに関する知識が本当に好きなんだなと思います。ふくらPの結婚報告動画で、タイムレースクイズをものすごく楽しみにしている東問さんをみてQKを見始めました。abc優勝に関して語る動画で、相手の回答を調整しながら、そして自身の答え方の調子で狂わせながら、場をも巻き込んで勝利を掴んだ策略には脱帽です。サブチャンネルで、クイズの回答にまつわる語彙での会話を続けているときがあり、クイズ狂人すぎるだろと思ってビビってます。クイズへの愛をものすごく感じる、豊かな人生だなと思います。
東言さん→言さんがふざける瞬間が好きです。(東言さんも好きなんだけど、東兄弟としてみすぎていて単体の感想がうまくでてこない)
東兄弟→最近ようやく見分けがつくようになりました。全く同じ人生というわけではないはずなのに、クローン・別個体と感じるような相手がいるってどんな面白い人生なんだろうと思っています。お互い一番好きなものが一緒で、ふたりで楽しくやってきて、でもやってきてことは違うから結果は異なっていて、違いもあるけどやはり重なる部分も多くて。滅多にない仲だなと興味深く見てしまいます。
とむさん→言語が得意で穏やかな雰囲気な、なんだか浮世から離れているような不思議な魅力がある方だなと思っています。
スコレーに入ってたまたまブログを最初に拝見したのですが、個人的に文章が自分にベストマッチしていて強烈に面白いです。まだ途中ですが、最初の記事から全文読んでいます。個人的に、ある程度一定回答が世間的に固まっている問いに対して思考を深めて自身が納得する答えを編み出す行為や、考えなくてもよいとされる問いに対して思考を練ることが、(このてがろぐをみれば一目瞭然の通り)とても好きです。コメントからの問いに対して思考をめぐらす様を文章にしたためてくださりありがたいし、自分とは全く異なる視点や浅学な自分には想像がつかない深さと広さの解像度があって非常に面白いです。
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皆さんクイズがとても好きで、時に悔しさも感じながらも楽しくクイズに人生を賭けている感じが楽しいです。クイズにもクイズ以外の好きにも真剣な様が、人生の豊かさを感じて見ていて気持ちいいし、見るだけで生活に良い影響を貰えている気がします。
伊沢さん→クイズが強い上に、本当にクイズとクイズプレイヤーが好きなことが伝わってきます。演者としての面白さの演出も光っていて、視聴者側に対する意識を強く感じます。時にピエロを演じながらも、「わかりやすい」を届けてくれます。飽くなき探究心と自立性と馬力を尊敬しています。
ふくらさん→私個人がひらめき系がものすごく苦手なので、ひらめき系の思考回路の早さに魔法をかけられたような驚きを感じています。1日だけ脳のスペックを体験できるなら絶対にふくらさんがいい。映像制作ドキュメンタリーにて、エンタメという非言語性の高くなりがちなコンテンツであっても、最適に言語化してチームプレイで動画を煮詰めていく姿勢を見て、仕事人としても尊敬できる人だと感じました。
河村さん→おかしな企画で想定外の企みをする様が好きです。河村さんしかできないアイデア性の高い動画の「破」があると思います。特許の件、二極点、わりやすい割り箸(裏工作)など。センスが良く、賢く、憧れの知識人像です。
山本さん→QKのみなさんにはそれぞれ得意ジャンルがあるけれど、漢字が得意と一貫している山本さん。
クイズには「学ぶこと」と「発揮できる」の二面があると素人ながら感じています。山本さんの漢字勉強への姿勢と漢字王として語彙問題を無双している姿を見ると、「学ぶこと」と「発揮すること」の両方ができる知の両輪を感じられます。ずっと漢字を勉強している様を私たちに見せてくれる山本さんを見てると、私も学んだことを発揮できるまで勉強したいなと思わされます。特に、山本さんを見てると漢検を勉強して日本語をもっと知りたい・使えるようになりたいなという欲求が生まれてきます。
周りが正解に対して、褒めたり感心したりしていることも多く、そんな人柄の良さも素敵です。
みなさんのことを等しく魅力的に思っていますが、同大卒なので全員並んだ時には山本さんを応援しています。早稲田を出てくれてありがとうございます。
あと服選びの系統が好きです。
鶴崎さん→ニコニコしていることが多く、クイズの一問一問に感情を見せてくれて、ものすごくチャーミングな人だと思ってます。心をものすごく和やかにしてくれる、唯一無二のキャラクター性を感じています。
あと個人的な体験ですが、得意だった数学を数学ⅡBで終えてしまったまま、受験で使わずに経済数学に飛び込み、理解しきれないまま単位を取得した思い出が燻っているので、数学を楽しんでいる人をとにかく尊敬してしまいます。いつか数学にはリベンジしたいです。
須貝さん→ものすごく頭がいい方できっと勉強で周りに劣っていたことの方が人生少ないでしょうに、クイズ初心者がゆえに周囲のクイ研出身者と比較してクイズができないことも多かった須貝さん。それなのにとにかく「知らない」「わからない」を認めて素直に感心したり、「学べた」と素直に言う姿勢がものすごくみていて気持ちよくて、こちらまで素直な人間になりたくなるナイスガイだと思います。そしてなによりしっかりクイズも強くなる賢さが人間としてかっこいいです。明るく、周りの言葉を良く聞いていて、年長者としての落ち着きがありながらも場の盛り上げができて、人間として素敵だなと思ってます。
東問さん→クイズとクイズに関する知識が本当に好きなんだなと思います。ふくらPの結婚報告動画で、タイムレースクイズをものすごく楽しみにしている東問さんをみてQKを見始めました。abc優勝に関して語る動画で、相手の回答を調整しながら、そして自身の答え方の調子で狂わせながら、場をも巻き込んで勝利を掴んだ策略には脱帽です。サブチャンネルで、クイズの回答にまつわる語彙での会話を続けているときがあり、クイズ狂人すぎるだろと思ってビビってます。クイズへの愛をものすごく感じる、豊かな人生だなと思います。
東言さん→言さんがふざける瞬間が好きです。(東言さんも好きなんだけど、東兄弟としてみすぎていて単体の感想がうまくでてこない)
東兄弟→最近ようやく見分けがつくようになりました。全く同じ人生というわけではないはずなのに、クローン・別個体と感じるような相手がいるってどんな面白い人生なんだろうと思っています。お互い一番好きなものが一緒で、ふたりで楽しくやってきて、でもやってきてことは違うから結果は異なっていて、違いもあるけどやはり重なる部分も多くて。滅多にない仲だなと興味深く見てしまいます。
とむさん→言語が得意で穏やかな雰囲気な、なんだか浮世から離れているような不思議な魅力がある方だなと思っています。
スコレーに入ってたまたまブログを最初に拝見したのですが、個人的に文章が自分にベストマッチしていて強烈に面白いです。まだ途中ですが、最初の記事から全文読んでいます。個人的に、ある程度一定回答が世間的に固まっている問いに対して思考を深めて自身が納得する答えを編み出す行為や、考えなくてもよいとされる問いに対して思考を練ることが、(このてがろぐをみれば一目瞭然の通り)とても好きです。コメントからの問いに対して思考をめぐらす様を文章にしたためてくださりありがたいし、自分とは全く異なる視点や浅学な自分には想像がつかない深さと広さの解像度があって非常に面白いです。
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感想を言うためのQK垢を作りました
https://x.com/sbrqk
https://x.com/sbrqk
カラーコーディネーター検定、ギリギリで生きています。思ったより仕事が忙しく平日の時間が潰れている。原稿も間に進め中。この間に合うかわからない、計画を変えながら自分の脳みそにマッチするやり方を見出していく、自分の脳みそ頼りの感覚、血沸き、肉踊ります。
3〜5章あたりの小難しい測色あたりをさばけば残りは理解がしやすいと思うんだけれど、昔取った杵柄(旧カラーコーディネーター検定の2級)どこまで使えるか
並走して単語帳アプリに暗記科目である14章以降を詰め込みながら走っているが、6章〜13章という半分は未着手。しかし、暗記も15章〜16章より緩やかで比較的理解しやすいし一読したら選択肢問題の直観が頼れるレベルになると思ってます。選択肢はとにかく、脳に文章と単語に対するひっかかりを作ることで、直観で正答率を上げるレベルまでもっていくのが大事。
2級もそうだったけれど、テキストの細字からも容赦なく出してくるテストなので、理解と暗記力が試されて、なかなか腕試しにいいです。落ちたらあちゃーてなって来年再勉強です。
3〜5章あたりの小難しい測色あたりをさばけば残りは理解がしやすいと思うんだけれど、昔取った杵柄(旧カラーコーディネーター検定の2級)どこまで使えるか
並走して単語帳アプリに暗記科目である14章以降を詰め込みながら走っているが、6章〜13章という半分は未着手。しかし、暗記も15章〜16章より緩やかで比較的理解しやすいし一読したら選択肢問題の直観が頼れるレベルになると思ってます。選択肢はとにかく、脳に文章と単語に対するひっかかりを作ることで、直観で正答率を上げるレベルまでもっていくのが大事。
2級もそうだったけれど、テキストの細字からも容赦なく出してくるテストなので、理解と暗記力が試されて、なかなか腕試しにいいです。落ちたらあちゃーてなって来年再勉強です。
4年間続いた原稿マラソンを中断して1ヶ月、検定の勉強・blenderの練習・絵の練習をしてきた結果、原稿を含む絵の類が一番集中できていないと気づいた。
おそらく、脳内で思考が行われている時は集中できる。特に何かと何かの要素を論理づけたり、組み合わせて活用したり、新たな発見を得ようとしているときは集中できる。例えば、今この文章を書いている私は集中しており、他のコンテンツに手を伸ばそうとは思わない。この場合、他の脳を回す要素(動画など)を並走させることは集中の阻害にしかならない。
一方で、脳を働かせない作業は全く集中できない。私は絵をあまり考えて描いていないから集中できない。その良し悪しはおいておいて、何も考えていないからこそどこかで頭を回すことを求めてしまい、Twitterに行く。作業通話の方が集中できるのも、通話によって脳の処理が走っているからだと思う。だからこそ、娯楽であり脳を回転させる必要のないYouTubeよりも頭を処理する題材に溢れている「100分で名著」が作業に向いている。
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おそらく、脳内で思考が行われている時は集中できる。特に何かと何かの要素を論理づけたり、組み合わせて活用したり、新たな発見を得ようとしているときは集中できる。例えば、今この文章を書いている私は集中しており、他のコンテンツに手を伸ばそうとは思わない。この場合、他の脳を回す要素(動画など)を並走させることは集中の阻害にしかならない。
一方で、脳を働かせない作業は全く集中できない。私は絵をあまり考えて描いていないから集中できない。その良し悪しはおいておいて、何も考えていないからこそどこかで頭を回すことを求めてしまい、Twitterに行く。作業通話の方が集中できるのも、通話によって脳の処理が走っているからだと思う。だからこそ、娯楽であり脳を回転させる必要のないYouTubeよりも頭を処理する題材に溢れている「100分で名著」が作業に向いている。
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ちまちまと空き時間に検定の参考書読んで勉強を進めつつ、寄稿もやっている。
なにかしらのやりたいことに余暇の時間を突っ込んでプライベートは全て「予定あり」に変貌させるあたり、原稿やっている時と挙動が変わらない。
一方で原稿時から変わったこととすれば、Twitterの見る頻度。アプリ上ではにじさんじのアカウントのみログインしているので、参照頻度減りました(異常ヲタク→常人のヲタク 程度の変化)
やりたいこと多すぎる。別に人生の役に立てようとも思わない、自分のためだけの黙々とした作業が好きすぎる。Wish List作ったら余裕で100超えるし、うち90はインドアな気がする。というか検定とか勉強系で10個埋まると思う。一度作ってみようかな〜!
なにかしらのやりたいことに余暇の時間を突っ込んでプライベートは全て「予定あり」に変貌させるあたり、原稿やっている時と挙動が変わらない。
一方で原稿時から変わったこととすれば、Twitterの見る頻度。アプリ上ではにじさんじのアカウントのみログインしているので、参照頻度減りました(異常ヲタク→常人のヲタク 程度の変化)
やりたいこと多すぎる。別に人生の役に立てようとも思わない、自分のためだけの黙々とした作業が好きすぎる。Wish List作ったら余裕で100超えるし、うち90はインドアな気がする。というか検定とか勉強系で10個埋まると思う。一度作ってみようかな〜!
劇団四季「ウィキッド」観ました。
歌もお話も舞台美術も本当に良くて、これまで見たミュージカルで一番良かった。
ミュージカルや歌劇ってとにかく恋が全てにおいて優でありパワーなイメージがあったのだけれど、ウィキッドの物語には恋以上の他者愛、自己愛、そして周りの状況を踏まえた分別が描かれていてとてもよかった。
物語において好む部分は共感する部分であることがとても多い。恋もいいかもしれないけれど、私は愛と信頼と現実と選択を愛している。だからこそ、どうしようもない事実の前には奇跡の起きない結末が大好きで、グリンダとエルファバが手を取り合うことは一生なく、しかしそこには硬い信頼があるという根底が感じられたのがすごく良かった。
登場人物もみんな魅力的だった。承認欲求が全てを上回り、他者から承認を得るような振る舞いをするグリンダは、途中の嫌な態度も含めて一貫していてチャーミングで愛らしかった。ウィキッドの無敵の人という振る舞いも絶望的でよかった。なにより第一幕であんなに優しく姉を慮っていた妹が、自分のことを(は)愛してくれた父親を亡くし、ボックからの愛も得られず、姉も救ってくれず、圧政を引いてマンチキンの人々からの支持も得られなかった経験を得て、ヒステリーな女に変わっていた絶望感が気持ちよかった。ボックを解放するといった口で、ボックを話さないと呪詛をし、自分の業を姉のせいにする記憶の改竄を行う様は正しく精神病に他ならず、エメラルドシティへ送り出してくれた日の優しい妹と対比されて悲しい。姉のエルファバはそんな妹であっても愛している優しさが描写され、それが「悪い魔女」という称号と決定的に食い違っていてる。悪に振る舞おうにも、周りのように自己の欲に生きようにも、エルファバの欲には他者の愛があって、だからこそ優しさから免れない。
エルフィを演じられていた小林さんがものすごく歌がうまくて、歌で泣いてしまいました。舞台装飾もものすごく綺麗で、緑色が好きになってしまいました。もう一回観たい。
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歌もお話も舞台美術も本当に良くて、これまで見たミュージカルで一番良かった。
ミュージカルや歌劇ってとにかく恋が全てにおいて優でありパワーなイメージがあったのだけれど、ウィキッドの物語には恋以上の他者愛、自己愛、そして周りの状況を踏まえた分別が描かれていてとてもよかった。
物語において好む部分は共感する部分であることがとても多い。恋もいいかもしれないけれど、私は愛と信頼と現実と選択を愛している。だからこそ、どうしようもない事実の前には奇跡の起きない結末が大好きで、グリンダとエルファバが手を取り合うことは一生なく、しかしそこには硬い信頼があるという根底が感じられたのがすごく良かった。
登場人物もみんな魅力的だった。承認欲求が全てを上回り、他者から承認を得るような振る舞いをするグリンダは、途中の嫌な態度も含めて一貫していてチャーミングで愛らしかった。ウィキッドの無敵の人という振る舞いも絶望的でよかった。なにより第一幕であんなに優しく姉を慮っていた妹が、自分のことを(は)愛してくれた父親を亡くし、ボックからの愛も得られず、姉も救ってくれず、圧政を引いてマンチキンの人々からの支持も得られなかった経験を得て、ヒステリーな女に変わっていた絶望感が気持ちよかった。ボックを解放するといった口で、ボックを話さないと呪詛をし、自分の業を姉のせいにする記憶の改竄を行う様は正しく精神病に他ならず、エメラルドシティへ送り出してくれた日の優しい妹と対比されて悲しい。姉のエルファバはそんな妹であっても愛している優しさが描写され、それが「悪い魔女」という称号と決定的に食い違っていてる。悪に振る舞おうにも、周りのように自己の欲に生きようにも、エルファバの欲には他者の愛があって、だからこそ優しさから免れない。
エルフィを演じられていた小林さんがものすごく歌がうまくて、歌で泣いてしまいました。舞台装飾もものすごく綺麗で、緑色が好きになってしまいました。もう一回観たい。
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2024年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
現在のところの暗記の特徴
・速度は思考>音声>書取りの順
・テキストの「ここらへんにあった」情報もなんとなく頭にチラつくため、新たな図を作るよりもテキスト・場所を理解した方がいい
→仮説として、指差し確認やテキスト内記載を徹底した方がいい
・関連/芋蔓式は頭の中でもできるので、書取り不要
→Newmoricの関連情報にWikipediaから引用するのは関連が増えてよい。わからなかったらググって親しみわかせる
・カタカナの人名をフルで覚えるのは相当苦手で無理であるが、ファーストネームかミドルネームのいずれかを覚えていれば選択式ならイケるので、完璧に覚えなくていい(Newmoricでも「わかった」に入れていい
・速度は思考>音声>書取りの順
・テキストの「ここらへんにあった」情報もなんとなく頭にチラつくため、新たな図を作るよりもテキスト・場所を理解した方がいい
→仮説として、指差し確認やテキスト内記載を徹底した方がいい
・関連/芋蔓式は頭の中でもできるので、書取り不要
→Newmoricの関連情報にWikipediaから引用するのは関連が増えてよい。わからなかったらググって親しみわかせる
・カタカナの人名をフルで覚えるのは相当苦手で無理であるが、ファーストネームかミドルネームのいずれかを覚えていれば選択式ならイケるので、完璧に覚えなくていい(Newmoricでも「わかった」に入れていい
「マリア様がみてる」の原作、短編は残ってるけれど、最終巻(ハローグッバイ)まで読みました。小学校の時にリリアン女学園に清らかな心を思い出しつつ、女子校に通った日々を重ねて、そしてにじんだ性欲を実感する、アルバムめくるような読書体験でした。
祐巳という人間の、精神鍛錬の末自他境界がはっきりしつつも愛とコミカルに溢れた姿は大人の今だからこそ素直に尊敬できます。そして「大人びた」祥子がそんな祐巳を鏡にしながらゆっくりと優しさをまとっていく様が、人間らしくて愛しかったです。色々な愛の表現が折り重なっていて、今もう一度読み返せてよかったなと思います。
聖さまにやっぱり、憧れるけど今読み返すと大学生のわりに振る舞いが子供で、聖さまはもう年上ではないんだなという実感もあります。でも、あれも聖さまの大人になりかただし、心の区切り方なんだなと思います。聖志摩の伏せられた愛しあい方が本当に好きです。
以下、ハローグッバイの感想
有馬菜々さんのロザリオ授受、本当に素敵なワンシーンだった。
すぐに描写は去ってしまったけど、志摩子が聖に1年ぶりに会えてよかった〜!!!
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祐巳という人間の、精神鍛錬の末自他境界がはっきりしつつも愛とコミカルに溢れた姿は大人の今だからこそ素直に尊敬できます。そして「大人びた」祥子がそんな祐巳を鏡にしながらゆっくりと優しさをまとっていく様が、人間らしくて愛しかったです。色々な愛の表現が折り重なっていて、今もう一度読み返せてよかったなと思います。
聖さまにやっぱり、憧れるけど今読み返すと大学生のわりに振る舞いが子供で、聖さまはもう年上ではないんだなという実感もあります。でも、あれも聖さまの大人になりかただし、心の区切り方なんだなと思います。聖志摩の伏せられた愛しあい方が本当に好きです。
以下、ハローグッバイの感想
有馬菜々さんのロザリオ授受、本当に素敵なワンシーンだった。
すぐに描写は去ってしまったけど、志摩子が聖に1年ぶりに会えてよかった〜!!!
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インターネットの縁を気に入っている。
インターネットの薄氷の縁がとても好き。インターネットによってできた縁を疎かにしているとかではない。なんなら、インターネットで得た友人が、友人上からNo.1・2・3だ。
インターネットは現実に利害が生まれにくいからこそ、どちらかが嫌になったらお互い離れましょうね、ができてとても豊かだと思う。ほぐれやすいのに仲を続けられるということだから。
年1で旅行にいくようになった友人も、議論レベルと経済価値観が近すぎてなんでも話せる同業の友人も、言葉を交わすことはあまりない15年来の相互も、ほぐれやすさがありながら縁を続けてこれたので、ひたすらこの縁が愛しい。
それだけでなく、ほぐれてしまった縁も好きだ。「いい思い出だったな」と思える、もう姿形も見えない縁も良い。ジャンルの切れ目が縁の切れ目になっている場合も、お互い心地よいひとときだけをちゃんと過ごせたということだから。
私が突き放した縁も、向こうが突き放した縁も、ちゃんと離れられてよかったねと思える。ほぐれやすさが一種の信頼なのだ。
このほぐれやすい縁が大好きなので、ジャンルを離れても仲良くしてねなどと誓わないし、明日の約束を求めないけど、繋がっている人たちに対して緩くほどけやすい形の愛はあるよ。だからこそ鎖で結びつけたくないということを大事にしたい。
書いておいてなんだが、新刊のアンチテーゼすぎる。
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インターネットの薄氷の縁がとても好き。インターネットによってできた縁を疎かにしているとかではない。なんなら、インターネットで得た友人が、友人上からNo.1・2・3だ。
インターネットは現実に利害が生まれにくいからこそ、どちらかが嫌になったらお互い離れましょうね、ができてとても豊かだと思う。ほぐれやすいのに仲を続けられるということだから。
年1で旅行にいくようになった友人も、議論レベルと経済価値観が近すぎてなんでも話せる同業の友人も、言葉を交わすことはあまりない15年来の相互も、ほぐれやすさがありながら縁を続けてこれたので、ひたすらこの縁が愛しい。
それだけでなく、ほぐれてしまった縁も好きだ。「いい思い出だったな」と思える、もう姿形も見えない縁も良い。ジャンルの切れ目が縁の切れ目になっている場合も、お互い心地よいひとときだけをちゃんと過ごせたということだから。
私が突き放した縁も、向こうが突き放した縁も、ちゃんと離れられてよかったねと思える。ほぐれやすさが一種の信頼なのだ。
このほぐれやすい縁が大好きなので、ジャンルを離れても仲良くしてねなどと誓わないし、明日の約束を求めないけど、繋がっている人たちに対して緩くほどけやすい形の愛はあるよ。だからこそ鎖で結びつけたくないということを大事にしたい。
書いておいてなんだが、新刊のアンチテーゼすぎる。
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