先頭固定
2026年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
最近ゲームが楽しくて日記を書いていないけど、ウィキッドの感想は書いておきたくて……下書きに溜め込んでいます。みんなもみよう、WICKED for good
閑話休題。ドイツ語をやっているせいでたまの英語を書く機会に「the」を「die」と打ってしまう。とくに「ジ」のtheでは顕著だ。わたしは発音を浮かべながら英語を綴っていたのだなと気づく。もちろん、英語のtheとして使われる単語のひとつであるからということもあるだろう。しかし、同じ役割を持つderでもdasでもなく、dieなのだから、音の頼りは大きいだろう。
日本語は音声だけでなく漢字で意味が決まるのだから、また違う感覚で綴っているのかもしれない。
閑話休題。ドイツ語をやっているせいでたまの英語を書く機会に「the」を「die」と打ってしまう。とくに「ジ」のtheでは顕著だ。わたしは発音を浮かべながら英語を綴っていたのだなと気づく。もちろん、英語のtheとして使われる単語のひとつであるからということもあるだろう。しかし、同じ役割を持つderでもdasでもなく、dieなのだから、音の頼りは大きいだろう。
日本語は音声だけでなく漢字で意味が決まるのだから、また違う感覚で綴っているのかもしれない。
2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ポモドーロというもの。1サイクル目すら完遂したことがない。恐ろしく集中力がない。
集中力が切れると、25分で仕掛けたタイマーを見る。残り時間は大抵2桁。やっと終わって得られた5分の休憩とやらは、20分、30分と延びていくのに。
時間を決めて取り組むことに向いていないし、まして時間内にやるべきことを完遂する能力がない。無理や努力という崇高なものを、人生でしたことがない。
やりたいことを気ままにできる分だけ、しかし、複数種類を行う、という取り組み方が性に合っているらしい。
なお、これは日記であり、啓蒙ではない。そして以下、お金にある程度余裕のある実家暮らし独身の生活である。その前提にすでに心が荒んだあなたは、読まない方がよろしい。
毎日趣味複数種に触れるぞ!2026、を宣言した通り、巡航中である。初動3ヶ月が終わった。振り返りの日記を書く。20時台に帰れた平日なら、自由時間にDuolingo(独)・バイオリン・ミクササイズ・読書・クロッキーなど、5種くらいの趣味を無理なく行えるようになった。
◆平日の趣味メニューを作った
ToDoアプリに平日行う趣味をメニューのように並べて、日々気ままに選ぶことにした。優先順位と気分に合わせて、ひとつを飽きるまで(大抵10〜20分)やり、終わったら次のメニューに取り掛かる。もちろんすべてこなせる日はない。
平日のメニューはこのような感じ
・Duolingo(独語)
・単語帳/文法(独語)
・クロッキー/絵
・バイオリン
・ミクササイズ
・読書
・プロット作り
・日記
ではどのようにメニューが選ばれるのか。第一に、その時の私の意欲が優先順位を決める。加えて、これらの趣味は、①ながら特性②時間単位特性という2つの特性を持っており、この特性を踏まえて行う趣味が選ばれる。
優先順位は2つしかない。毎日必ずやりたいDuolingoと、帰った時21時を過ぎていない限り毎日弾きたいバイオリン、である。他はトントン。やる気がない時は、やらない。
◆趣味の特性①ながら特性
これらの趣味には「ながら」が向いているものとそうではないものがある。例えば、ミクササイズは通勤しながらできない。生活の傍らでできる趣味は以下の通りである。
-電車通勤:Duolingo、単語帳
-お風呂:読書、日記
上記の趣味は生活をしながらこなせるので、自由時間を食わない。こういった趣味はルーティンとして、決まったタイミングで生活の何かと一緒に行われる。
◆趣味の特性②飽きるまでの時間の単位
自由時間は帰宅後、全てを終えてから寝るまでの時間である。仕事によるので0時間〜3時間の幅でブレる。ここに趣味を詰めていく。
趣味はそれぞれ飽きるまで(=終わるまで)の時間が異なる。1単位として3つの単位に分けられる。
1単位群:1回5分〜10分で終わる
・読書(10分以上読むと確実に眠くなるので、私にとってはあくまで1単位)
・ミクササイズ
2単位群:1回10〜20分で終わる
・クロッキー
・バイオリン
・Duolingo
3単位群:〜30分
・単語帳
・プロット作り
・絵
この単位を意識しながらなんとなく組み合わせて平日が終わる。帰りが22時になれば、お風呂中に日記を書いて終わる。帰りが20時なら、バイオリン→ミクササイズ→風呂で読書→単語帳→シナリオ書く、をこなすことができる。
◆実例
私の空き時間は4ブロック存在する。
①通勤時間(12単位)
→長いといえど、Duolingo以外ほぼ不可能。気力があれば単語帳も可能。読書は眠気が来るので私には無理。なので、Duolingoを毎日1時間超こなしている人になる。
②夕飯後〜風呂前(0〜3単位)
→21時より前なら音を出せるのでバイオリンができる。ミクササイズも風呂前しかできない。20時に生活が終わっていたら両方できる。21時に生活が終わることになったら、この時間は消える。
③風呂(1単位)
→kindleで本を読む。たまに寝る。危険すぎる自覚はある。たまに日記を書く。
④風呂後〜就寝(0〜3単位)
→3単位からひとつ気分で選んだり、2単位と3単位をひとつずつやったりする。単語帳1回→クロッキー1回→寝るまで漫然とシナリオ書く、ということが多い
◆やってよかったこと
・ToDoアプリの活用(Things3)
「完了したら繰り返す」機能がある。完了しなくても堆積しない。平日のメニューを全て登録し、こなしたらチェックする。こなしてもこなさなくても、なんならチェックを忘れても、翌日には平然と同じメニューが並ぶところがお気に入り。
Mac版とiPad版とApple Watch版とiPhone版がそれぞれ買い切り課金な上に、異常に高い。Mac版8,000円でワロタ。しかし、気に入り過ぎて全部買った。

・できなくても気にしない
ToDoではなく、私が好きに選んでよい趣味メニューなので、できなくても気にしない。だからこそ、チェックつけなくても怒ってこないのに、繰り返し管理ができるToDoリストがありがたい。
できなくてもいいので、習慣化したいことは全部メニューに詰めてもいい。私が選ぶメニューなので、やりたいことは充実していればいるほどよろしい。たまに入れ替えも発生するし、「この動画の絵を描く」などの突発メニューも発生する。
そして、実施時間を気にしない。どうせ20分も集中が持つことはないので、時間は計らない。私が「やったな〜」と思えたら終わり。長い時間やることではなく、やって楽しんだことが大事なのである。
そんなこんなで、なんとなく日々の充実を感じている。振り返ってみれば平日毎日忙しなく色々続けられているし。もちろん片手落ちの趣味もあるけど。Duolingoは毎日、バイオリンはほぼ毎日やれているし。やりたいことたくさんこなすっていい気分だ。とはいえ、直近仕事の繁忙がなかったのも大きい。この1年、様子を見ながら楽しく趣味を充実させていきたい。畳む
集中力が切れると、25分で仕掛けたタイマーを見る。残り時間は大抵2桁。やっと終わって得られた5分の休憩とやらは、20分、30分と延びていくのに。
時間を決めて取り組むことに向いていないし、まして時間内にやるべきことを完遂する能力がない。無理や努力という崇高なものを、人生でしたことがない。
やりたいことを気ままにできる分だけ、しかし、複数種類を行う、という取り組み方が性に合っているらしい。
なお、これは日記であり、啓蒙ではない。そして以下、お金にある程度余裕のある実家暮らし独身の生活である。その前提にすでに心が荒んだあなたは、読まない方がよろしい。
毎日趣味複数種に触れるぞ!2026、を宣言した通り、巡航中である。初動3ヶ月が終わった。振り返りの日記を書く。20時台に帰れた平日なら、自由時間にDuolingo(独)・バイオリン・ミクササイズ・読書・クロッキーなど、5種くらいの趣味を無理なく行えるようになった。
◆平日の趣味メニューを作った
ToDoアプリに平日行う趣味をメニューのように並べて、日々気ままに選ぶことにした。優先順位と気分に合わせて、ひとつを飽きるまで(大抵10〜20分)やり、終わったら次のメニューに取り掛かる。もちろんすべてこなせる日はない。
平日のメニューはこのような感じ
・Duolingo(独語)
・単語帳/文法(独語)
・クロッキー/絵
・バイオリン
・ミクササイズ
・読書
・プロット作り
・日記
ではどのようにメニューが選ばれるのか。第一に、その時の私の意欲が優先順位を決める。加えて、これらの趣味は、①ながら特性②時間単位特性という2つの特性を持っており、この特性を踏まえて行う趣味が選ばれる。
優先順位は2つしかない。毎日必ずやりたいDuolingoと、帰った時21時を過ぎていない限り毎日弾きたいバイオリン、である。他はトントン。やる気がない時は、やらない。
◆趣味の特性①ながら特性
これらの趣味には「ながら」が向いているものとそうではないものがある。例えば、ミクササイズは通勤しながらできない。生活の傍らでできる趣味は以下の通りである。
-電車通勤:Duolingo、単語帳
-お風呂:読書、日記
上記の趣味は生活をしながらこなせるので、自由時間を食わない。こういった趣味はルーティンとして、決まったタイミングで生活の何かと一緒に行われる。
◆趣味の特性②飽きるまでの時間の単位
自由時間は帰宅後、全てを終えてから寝るまでの時間である。仕事によるので0時間〜3時間の幅でブレる。ここに趣味を詰めていく。
趣味はそれぞれ飽きるまで(=終わるまで)の時間が異なる。1単位として3つの単位に分けられる。
1単位群:1回5分〜10分で終わる
・読書(10分以上読むと確実に眠くなるので、私にとってはあくまで1単位)
・ミクササイズ
2単位群:1回10〜20分で終わる
・クロッキー
・バイオリン
・Duolingo
3単位群:〜30分
・単語帳
・プロット作り
・絵
この単位を意識しながらなんとなく組み合わせて平日が終わる。帰りが22時になれば、お風呂中に日記を書いて終わる。帰りが20時なら、バイオリン→ミクササイズ→風呂で読書→単語帳→シナリオ書く、をこなすことができる。
◆実例
私の空き時間は4ブロック存在する。
①通勤時間(12単位)
→長いといえど、Duolingo以外ほぼ不可能。気力があれば単語帳も可能。読書は眠気が来るので私には無理。なので、Duolingoを毎日1時間超こなしている人になる。
②夕飯後〜風呂前(0〜3単位)
→21時より前なら音を出せるのでバイオリンができる。ミクササイズも風呂前しかできない。20時に生活が終わっていたら両方できる。21時に生活が終わることになったら、この時間は消える。
③風呂(1単位)
→kindleで本を読む。たまに寝る。危険すぎる自覚はある。たまに日記を書く。
④風呂後〜就寝(0〜3単位)
→3単位からひとつ気分で選んだり、2単位と3単位をひとつずつやったりする。単語帳1回→クロッキー1回→寝るまで漫然とシナリオ書く、ということが多い
◆やってよかったこと
・ToDoアプリの活用(Things3)
「完了したら繰り返す」機能がある。完了しなくても堆積しない。平日のメニューを全て登録し、こなしたらチェックする。こなしてもこなさなくても、なんならチェックを忘れても、翌日には平然と同じメニューが並ぶところがお気に入り。
Mac版とiPad版とApple Watch版とiPhone版がそれぞれ買い切り課金な上に、異常に高い。Mac版8,000円でワロタ。しかし、気に入り過ぎて全部買った。

・できなくても気にしない
ToDoではなく、私が好きに選んでよい趣味メニューなので、できなくても気にしない。だからこそ、チェックつけなくても怒ってこないのに、繰り返し管理ができるToDoリストがありがたい。
できなくてもいいので、習慣化したいことは全部メニューに詰めてもいい。私が選ぶメニューなので、やりたいことは充実していればいるほどよろしい。たまに入れ替えも発生するし、「この動画の絵を描く」などの突発メニューも発生する。
そして、実施時間を気にしない。どうせ20分も集中が持つことはないので、時間は計らない。私が「やったな〜」と思えたら終わり。長い時間やることではなく、やって楽しんだことが大事なのである。
そんなこんなで、なんとなく日々の充実を感じている。振り返ってみれば平日毎日忙しなく色々続けられているし。もちろん片手落ちの趣味もあるけど。Duolingoは毎日、バイオリンはほぼ毎日やれているし。やりたいことたくさんこなすっていい気分だ。とはいえ、直近仕事の繁忙がなかったのも大きい。この1年、様子を見ながら楽しく趣味を充実させていきたい。畳む
メッセージありがとうございました!🎻
こちらで返信しています。せっかく読み物としてくださっているようなので、考えながら書き込んでみました☕️長いです。
https://subro36.sub.jp/MessageReply/mess...
↓同じ返信内容です
てがろぐも交換日記も読んでくださりありがとうございます。喜ぶでしょうから、沢村さんにも伝えておきます。
メッセージという形で、自分の思考外である他の方に文字にしていただくことで、新たに生まれる考えもあります。なので、このようにメッセージを頂けることは本当に嬉しいです。
そしてバイオリン!社会人になって新しい楽器を始める方はとても少ないので、同じく何かを始めた方がいるのはとても嬉しいですし、バイオリンという同じ楽器であることも嬉しいです🎻難しいけれど、音が素敵だなと思う日々です。
Twitterやてがろぐというツールを始めて、考えを文字で伝え始めてから、より深く考えるようになった気がします。文字によって思考を楔にするからこそ、その楔を起点にもっともっと考えが膨らんでいくのかなと思います。そうして考えが固まっていき、一部が自分の哲学になっていくのかなと30にして感じてきました。揃いの思想から、言葉を編み出しているだけなので、一貫性がある様がかっこよく見えるのだろうなと思います。
そうして、思考を深掘ることはすなわち言葉にして説明できるようにしていくことだと思っているわけです。一方、言葉にすることを大事にするからこそ、言葉にならない感覚も大切だと思っています。言葉にすることで疎外してしまった概念に対する喪失感…とかいう話ではなく。我々が大事にしている感覚をすべて詳らかにして、表現できたとして、誰でもわかる形にできるなら、我々は才ある巨匠になれると思うのです。でも我々はそんな、誰にでも/広い分野で通用するほどのピカピカの思考能力は持っていない。だからこそ言葉にできていない余白があることを意識すべきで、余白に手を伸ばして追求すべきなのかなと思います。
しかし、なんだかこの世は言語化できることや深掘りができることが正しいことのように語られます。私も私の道としては正しいと思っています。ただ、感覚で生きることや、大きい余白が見えていることの自由さに、今の私が表現できない憧れの感情もあります。そしてそういう余白を見えるようにするには、私の中じゃなくて他の方の言葉が必要なのだろう、と最近思います。
さて、友達を作りたい、「メシ」なんてつまらないので遊びに行きたいと思っていました。でもいざ、友達にどんな遊びをしたいか聞かれても思いつきませんでした。そうして、実は私は所謂「サシ飲み」の方が向いているし好きなのではないかと思ってきました。アクティビティはひとりでできるけど、他の人の話を聞くことはひとりではできないから。やりたいのは他人と何かについてお話をするラジオなのかもしれません。そういった意味で、いただけるメッセージや交換日記は貴重な場だなと思います。
ご負担にならない範囲で、また気が向いたときに感想いただけるととても嬉しいです。送ってくださりありがとうございました。
畳む
こちらで返信しています。せっかく読み物としてくださっているようなので、考えながら書き込んでみました☕️長いです。
https://subro36.sub.jp/MessageReply/mess...
↓同じ返信内容です
てがろぐも交換日記も読んでくださりありがとうございます。喜ぶでしょうから、沢村さんにも伝えておきます。
メッセージという形で、自分の思考外である他の方に文字にしていただくことで、新たに生まれる考えもあります。なので、このようにメッセージを頂けることは本当に嬉しいです。
そしてバイオリン!社会人になって新しい楽器を始める方はとても少ないので、同じく何かを始めた方がいるのはとても嬉しいですし、バイオリンという同じ楽器であることも嬉しいです🎻難しいけれど、音が素敵だなと思う日々です。
Twitterやてがろぐというツールを始めて、考えを文字で伝え始めてから、より深く考えるようになった気がします。文字によって思考を楔にするからこそ、その楔を起点にもっともっと考えが膨らんでいくのかなと思います。そうして考えが固まっていき、一部が自分の哲学になっていくのかなと30にして感じてきました。揃いの思想から、言葉を編み出しているだけなので、一貫性がある様がかっこよく見えるのだろうなと思います。
そうして、思考を深掘ることはすなわち言葉にして説明できるようにしていくことだと思っているわけです。一方、言葉にすることを大事にするからこそ、言葉にならない感覚も大切だと思っています。言葉にすることで疎外してしまった概念に対する喪失感…とかいう話ではなく。我々が大事にしている感覚をすべて詳らかにして、表現できたとして、誰でもわかる形にできるなら、我々は才ある巨匠になれると思うのです。でも我々はそんな、誰にでも/広い分野で通用するほどのピカピカの思考能力は持っていない。だからこそ言葉にできていない余白があることを意識すべきで、余白に手を伸ばして追求すべきなのかなと思います。
しかし、なんだかこの世は言語化できることや深掘りができることが正しいことのように語られます。私も私の道としては正しいと思っています。ただ、感覚で生きることや、大きい余白が見えていることの自由さに、今の私が表現できない憧れの感情もあります。そしてそういう余白を見えるようにするには、私の中じゃなくて他の方の言葉が必要なのだろう、と最近思います。
さて、友達を作りたい、「メシ」なんてつまらないので遊びに行きたいと思っていました。でもいざ、友達にどんな遊びをしたいか聞かれても思いつきませんでした。そうして、実は私は所謂「サシ飲み」の方が向いているし好きなのではないかと思ってきました。アクティビティはひとりでできるけど、他の人の話を聞くことはひとりではできないから。やりたいのは他人と何かについてお話をするラジオなのかもしれません。そういった意味で、いただけるメッセージや交換日記は貴重な場だなと思います。
ご負担にならない範囲で、また気が向いたときに感想いただけるととても嬉しいです。送ってくださりありがとうございました。
畳む
パラノマサイトFILE35 伊勢人魚物語
初代「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」の続編となる、呪いや怪異をテーマとした事件を扱うミステリーADV。最悪な結末を防ぐため、プレイヤーは人と時間を飛び回ることで事件の全容を解き、ハッピーエンドへのルートを探す。
以下、両作のネタバレあり感想(少しだけWICKED後編の話もある)
すごく面白かった!パラノマサイトは若干ホラー演出もあり、一人でやるのが怖かったため、友人と2人でプレイした。11時から24時まで集中して取り組ませてもらった。
二人がかりで、互いの推理力を補完し合いながらとなったが、難度がちょうど良かった。考えることはしっかり要求されつつも、詰まりすぎない程度だった。ひとりでやっても、2時間ぐらい追加すればすっきり解けたのではないかしら。わりと周辺情報を読む私が解いた謎は、人魚ミイラの地図・時計台のキーホルダー・キルケと双奴への指示などを解き、メタ認知とひらめきに長けた友人が霖の正体・大謎のロードトリック・ログ遡及などの根本情報を解いてくれた。ひとりでやるのも楽しいはずだな、私は閃きが弱いくせに堪え性がないので、友人がいてくれて助かった。わかった時にふたりで興奮できるのも楽しい。
全体的にすらすら解いていったものの、最後の大謎にはきっちり頭を抱えさせてもらった。凄すぎる友人のひらめきでロード/ログの謎は40分程度で解けたが、案内人のヒントを得なければタイトルに戻れなかった。うろこをとりだしては、「きれいだね…」って声をかけまくっていた。うろこを食べるのかと思ってたよ。結局終電逃して泊まることになった。ありがとう。
前作では一大トリックとして出てきた、「人と時間を遡れる、プレイヤーである私は一体誰なのか?」というメタ的トリックを、パラノマサイトというゲームの根本的枠組みとして確立したことも素晴らしい。プレイヤーは、前作とは異なり、序盤から己の存在を考えながらゲームを進める。しかし、己の存在がわかった時の達成感や充実感は初代と変わらずそこにあった。ここは少し迷ったが、やたら丁寧に図説までつけて、頭と身体が分離した時に精神はどうなるのかという話をしてくれていたこともあり、首だけになった勇佐がどうなったのか気に留めてはいたので(友達が)、クリアできた。
そして、「素潜り」ゲームの仕組みの良さははずせない。そもそもこういうゲームのミニゲームみたいなものが大好きなのだが、素潜りは輪をかけてゲーム性が面白かった。2,000pt達成したらご褒美があるって菊子に言われたから、余計やりこんでしまった。そしてここでやりこんでしまう人ほど、封印を知らず知らず解いてしまうわけだ。この解いた封印が裂傷の呪いをもたらしているのではないかと、途中途中ビクビクしていた。この封印を解かずに先に進んだ人はどのくらいいるのだろう。クリア後も素潜りに勤しみ、最終的には3,000pt、海女レベル50まで行った。
追記:その後、自分のswichでもゲームを買い2周目をする最中、4,898pt(99Lv)になった。ばあちゃんにびっくりされた。
ストーリーで言えば勇佐と里のラブロマンスが楽しかった。途中まで、勇佐の母はなぜ息子を連れて海に出たのか…勇佐を救った人魚は誰だったのか…と賢げに顎に手を当てて考えていたが、途中から遊佐と里うおおおおどうなるんだ!?という感じになった。たしかに、名前に関する冗談といった二人の口癖が似すぎていること、また、「不老不死ガール/ボーイ」という同じ単語を使うことが気になっていた。何か兄妹のような特別な絆が用意されているか、ライターの癖か迷ったが、まさかその二人の間にラブロマンスがあったとは。ライターはこういう、深いつながりが挙動に出る様が好きだね。おかみさんが落ち込む時に「くううん」と言うのは夫が犬の姿をしているからだろうし。勇佐と里のふたりが日々屋上で親しみや愛情を抱いていく様は素敵だった。
個人的には染河梓(似の妹)の描き方がすごく好きだった。人魚に焦がれて自分勝手に生き、欲しいものを得られず、そして人魚に焦がれて入水する。姉に嫉妬し、不意に得た人魚に取り入るチャンスも、自分勝手さで逸してしまう。こういう、自分勝手な様をした結果、因果応報を受ける救いもないキャラクターが物語に出ると興奮してしまう。人間すぎるから。WICKEDのネッサローズとかもそう。本作では前作と異なり呪詛行使するタイミングは少なかったが、梓の存在により、「呪詛行使」をする恐怖と高揚感を味わえたのも良いゲーム体験だった。
あと、双奴が米津玄師すぎて、ずっと玄師って読んでてごめん。そしておかみさんの視覚効果が なめどり捕まえるのに便利すぎて、なめどり探しに使っていてごめん。
個人的に好きなキャラクターとしては、やはり勇佐である。何せ顔が良すぎる。あのとぼけた感じも可愛い。まあこれは建前で、ふつうに戯がめちゃくちゃ好きである。だって、美しすぎるから。自分の中だけに秘めた似に対する思い出や感情があるのが短い会話で伝わってくるのもよかった。資料更新文も心にきた。使命を超えて、嫉妬するほどに戯にとっては似が大切だったんだな…。最後にどうしても大事な家族を見せたい…っていう似の心も純でよかった。戯が似に対する思いを押し込んで、ある意味憎き勇佐を抱いて泳いでいた戯の気持ちを思うと切ない。あそこで似を救えたかもしれない未来があったかもしれないのに、死体になった似を抱いた腕がどれだけ冷たかったかと思うと切ない。龍宮で会えない…というのもなおさら。
前作の方がキャラクター・バディとしてヲタク心をくすぐられるところがあった。しかは、今作はストーリーが大作で面白かった。なんだかんだ文を読むのが好きなので、資料もたくさん読んだ。読んで記憶の端に留めておけば解きやすい謎も多く、それもまた楽しかった。いや〜たのしかった。そして、絵が好きだ。あとやはり、ADVでボイスなしだとテンポが良くて良いね。次作も期待しておこう。
畳む
初代「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」の続編となる、呪いや怪異をテーマとした事件を扱うミステリーADV。最悪な結末を防ぐため、プレイヤーは人と時間を飛び回ることで事件の全容を解き、ハッピーエンドへのルートを探す。
以下、両作のネタバレあり感想(少しだけWICKED後編の話もある)
すごく面白かった!パラノマサイトは若干ホラー演出もあり、一人でやるのが怖かったため、友人と2人でプレイした。11時から24時まで集中して取り組ませてもらった。
二人がかりで、互いの推理力を補完し合いながらとなったが、難度がちょうど良かった。考えることはしっかり要求されつつも、詰まりすぎない程度だった。ひとりでやっても、2時間ぐらい追加すればすっきり解けたのではないかしら。わりと周辺情報を読む私が解いた謎は、人魚ミイラの地図・時計台のキーホルダー・キルケと双奴への指示などを解き、メタ認知とひらめきに長けた友人が霖の正体・大謎のロードトリック・ログ遡及などの根本情報を解いてくれた。ひとりでやるのも楽しいはずだな、私は閃きが弱いくせに堪え性がないので、友人がいてくれて助かった。わかった時にふたりで興奮できるのも楽しい。
全体的にすらすら解いていったものの、最後の大謎にはきっちり頭を抱えさせてもらった。凄すぎる友人のひらめきでロード/ログの謎は40分程度で解けたが、案内人のヒントを得なければタイトルに戻れなかった。うろこをとりだしては、「きれいだね…」って声をかけまくっていた。うろこを食べるのかと思ってたよ。結局終電逃して泊まることになった。ありがとう。
前作では一大トリックとして出てきた、「人と時間を遡れる、プレイヤーである私は一体誰なのか?」というメタ的トリックを、パラノマサイトというゲームの根本的枠組みとして確立したことも素晴らしい。プレイヤーは、前作とは異なり、序盤から己の存在を考えながらゲームを進める。しかし、己の存在がわかった時の達成感や充実感は初代と変わらずそこにあった。ここは少し迷ったが、やたら丁寧に図説までつけて、頭と身体が分離した時に精神はどうなるのかという話をしてくれていたこともあり、首だけになった勇佐がどうなったのか気に留めてはいたので(友達が)、クリアできた。
そして、「素潜り」ゲームの仕組みの良さははずせない。そもそもこういうゲームのミニゲームみたいなものが大好きなのだが、素潜りは輪をかけてゲーム性が面白かった。2,000pt達成したらご褒美があるって菊子に言われたから、余計やりこんでしまった。そしてここでやりこんでしまう人ほど、封印を知らず知らず解いてしまうわけだ。この解いた封印が裂傷の呪いをもたらしているのではないかと、途中途中ビクビクしていた。この封印を解かずに先に進んだ人はどのくらいいるのだろう。クリア後も素潜りに勤しみ、最終的には3,000pt、海女レベル50まで行った。
追記:その後、自分のswichでもゲームを買い2周目をする最中、4,898pt(99Lv)になった。ばあちゃんにびっくりされた。
ストーリーで言えば勇佐と里のラブロマンスが楽しかった。途中まで、勇佐の母はなぜ息子を連れて海に出たのか…勇佐を救った人魚は誰だったのか…と賢げに顎に手を当てて考えていたが、途中から遊佐と里うおおおおどうなるんだ!?という感じになった。たしかに、名前に関する冗談といった二人の口癖が似すぎていること、また、「不老不死ガール/ボーイ」という同じ単語を使うことが気になっていた。何か兄妹のような特別な絆が用意されているか、ライターの癖か迷ったが、まさかその二人の間にラブロマンスがあったとは。ライターはこういう、深いつながりが挙動に出る様が好きだね。おかみさんが落ち込む時に「くううん」と言うのは夫が犬の姿をしているからだろうし。勇佐と里のふたりが日々屋上で親しみや愛情を抱いていく様は素敵だった。
個人的には染河梓(似の妹)の描き方がすごく好きだった。人魚に焦がれて自分勝手に生き、欲しいものを得られず、そして人魚に焦がれて入水する。姉に嫉妬し、不意に得た人魚に取り入るチャンスも、自分勝手さで逸してしまう。こういう、自分勝手な様をした結果、因果応報を受ける救いもないキャラクターが物語に出ると興奮してしまう。人間すぎるから。WICKEDのネッサローズとかもそう。本作では前作と異なり呪詛行使するタイミングは少なかったが、梓の存在により、「呪詛行使」をする恐怖と高揚感を味わえたのも良いゲーム体験だった。
あと、双奴が米津玄師すぎて、ずっと玄師って読んでてごめん。そしておかみさんの視覚効果が なめどり捕まえるのに便利すぎて、なめどり探しに使っていてごめん。
個人的に好きなキャラクターとしては、やはり勇佐である。何せ顔が良すぎる。あのとぼけた感じも可愛い。まあこれは建前で、ふつうに戯がめちゃくちゃ好きである。だって、美しすぎるから。自分の中だけに秘めた似に対する思い出や感情があるのが短い会話で伝わってくるのもよかった。資料更新文も心にきた。使命を超えて、嫉妬するほどに戯にとっては似が大切だったんだな…。最後にどうしても大事な家族を見せたい…っていう似の心も純でよかった。戯が似に対する思いを押し込んで、ある意味憎き勇佐を抱いて泳いでいた戯の気持ちを思うと切ない。あそこで似を救えたかもしれない未来があったかもしれないのに、死体になった似を抱いた腕がどれだけ冷たかったかと思うと切ない。龍宮で会えない…というのもなおさら。
前作の方がキャラクター・バディとしてヲタク心をくすぐられるところがあった。しかは、今作はストーリーが大作で面白かった。なんだかんだ文を読むのが好きなので、資料もたくさん読んだ。読んで記憶の端に留めておけば解きやすい謎も多く、それもまた楽しかった。いや〜たのしかった。そして、絵が好きだ。あとやはり、ADVでボイスなしだとテンポが良くて良いね。次作も期待しておこう。
畳む
初めて白髪が生えた。
もう随分と伸びた白髪を3本見かけ、驚いた。毎日鏡を見て、髪を整えているのに案外見逃すものだ。
白髪といえば母を思い出す。小学生の頃、母に白髪抜きを頼まれて、ピンセットで抜いていた。今思うと幼い話だが、家事の手伝いもろくにできなかった私にとって、母が助かるものといえば白髪抜きだった。母の頭を見つめて白髪を見つけては、定期的に声をかけて抜いていた。自分に生えた白髪を見て、だんだんとあの頃の母の年齢に近づいていくのだなと感じた。
歳をとることに対してポジティブでありたいと思っている。誕生日は歳をとる苦しい日ではなく、いつまでも喜ばしい日であってほしいものだ。年齢を重ねることで世間の目も変わっていくが、しっかり目をつぶって自分の人生を楽しく歩んでいきたい。生きるということが嬉しいものであってほしいし、年齢を重ねることは人生を積むことであり、何かを諦めることであって欲しくない。
もうすぐ齢30歳。最近歳を取ったと実感することが増えてきた。行こうと思っていたN響のユースチケットが29歳までで、私は「ユース」の対象ではなくなった。だいたいのジムもユースは29までである。こうして「若年層」の対象外になっていく。
白髪は結構衝撃的だった。たとえばほうれい線はじわじわと深くなっていくから、毎日鏡を見ても変化に気づかない。しかし、白髪に気づいた時は0→1なのだ。おお、こうして、歳を重ねていくと、「白髪染め」だとか「髪にボリュームを出したい」とか、そういう悩みが出てくるようになるのだと。
そりゃあそうなんだけど、これからやりたいことをたくさん考えて、歳をとることが素敵なことでありたいな〜と思っていたけれど、歳を重ねれば健康の問題とか、今まで悩まなかったことに対する悩みとか、たくさん出てくるんだろうな。でも、負けずに、歳を重ねることは素敵なことだと抗い続けたい。新しい悩みも、よきように乗りこなしてやっていこう。それこそ白髪を抜くと母が喜んでくれると思っていた私のように。自分に白髪を抜きながら思った。
追記
帰って母に報告した。母は私の頭の白髪を嬉々として探していた。見かけたが見失った白髪を、楽しげに探し、選り分けて抜いた。白髪は抜かない方がいいらしい、といいながら。
最近、姉にも白髪ができたらしい。家族はみんな加齢していくんだな。姪だけが成長をしていく。
畳む
もう随分と伸びた白髪を3本見かけ、驚いた。毎日鏡を見て、髪を整えているのに案外見逃すものだ。
白髪といえば母を思い出す。小学生の頃、母に白髪抜きを頼まれて、ピンセットで抜いていた。今思うと幼い話だが、家事の手伝いもろくにできなかった私にとって、母が助かるものといえば白髪抜きだった。母の頭を見つめて白髪を見つけては、定期的に声をかけて抜いていた。自分に生えた白髪を見て、だんだんとあの頃の母の年齢に近づいていくのだなと感じた。
歳をとることに対してポジティブでありたいと思っている。誕生日は歳をとる苦しい日ではなく、いつまでも喜ばしい日であってほしいものだ。年齢を重ねることで世間の目も変わっていくが、しっかり目をつぶって自分の人生を楽しく歩んでいきたい。生きるということが嬉しいものであってほしいし、年齢を重ねることは人生を積むことであり、何かを諦めることであって欲しくない。
もうすぐ齢30歳。最近歳を取ったと実感することが増えてきた。行こうと思っていたN響のユースチケットが29歳までで、私は「ユース」の対象ではなくなった。だいたいのジムもユースは29までである。こうして「若年層」の対象外になっていく。
白髪は結構衝撃的だった。たとえばほうれい線はじわじわと深くなっていくから、毎日鏡を見ても変化に気づかない。しかし、白髪に気づいた時は0→1なのだ。おお、こうして、歳を重ねていくと、「白髪染め」だとか「髪にボリュームを出したい」とか、そういう悩みが出てくるようになるのだと。
そりゃあそうなんだけど、これからやりたいことをたくさん考えて、歳をとることが素敵なことでありたいな〜と思っていたけれど、歳を重ねれば健康の問題とか、今まで悩まなかったことに対する悩みとか、たくさん出てくるんだろうな。でも、負けずに、歳を重ねることは素敵なことだと抗い続けたい。新しい悩みも、よきように乗りこなしてやっていこう。それこそ白髪を抜くと母が喜んでくれると思っていた私のように。自分に白髪を抜きながら思った。
追記
帰って母に報告した。母は私の頭の白髪を嬉々として探していた。見かけたが見失った白髪を、楽しげに探し、選り分けて抜いた。白髪は抜かない方がいいらしい、といいながら。
最近、姉にも白髪ができたらしい。家族はみんな加齢していくんだな。姪だけが成長をしていく。
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>何かを継続する際に「飽き」という壁にぶつかることはありますか?
https://subro36.sub.jp/MessageReply/mess...
※リンク先でも、以下と同じ回答をしています。
こういったメッセージとても嬉しいです!
結論、目的達成のために習慣が必要であれば行動に飽きても続けるけれど、習慣化した目的にも行動にも飽きた時は辞めています。趣味は趣味なので辞めてもよいわけです。趣味というのは、私にとって自分の可処分時間を心地よく処分する方法であり、気が向かないならやめても良いわけです。じゃあなんで続けていて、どうして「飽き」ないのかなあ〜と考えてみました。
私の中で、「習慣趣味の飽き」というものには2つの軸があると思います。習慣化する目的に飽きた時と、習慣化した行動に飽きた時です。
習慣は基本的に目的を伴います。上達であったり、利益であったり、習慣化/定期的に行うことで見たい景色がなければ、習慣にする意味がありません。虫歯にならないために毎日歯を磨くようなものです。別に歯磨きは楽しくないけど、虫歯になりたくないので習慣化する必要があるわけです。別に趣味は習慣化する必要はなく、あえて習慣化するには何かしらの目的が発生します。
わたしにとって習慣化する目的、というのはゴールとかそんな大層なものではありません。上達した先の曖昧なイメージだったり、習慣にすることでなりたい姿だったりするわけです。たとえば、私にドイツ語に対する大げさなモチベーションや目標はないです。「まいにちドイツ語」の応用編で流れるベルリンのラジオ放送がいつか聴き取れるようになるかな、くらい。別にそれに向けて一生懸命に励んでいるほどではありません。100% Berlinが聴けたからって何にもならないし。バイオリンもいつか宮園かをり(「四月は君の嘘」に出てくるバイオリニスト)が弾いていた曲を弾けたら良いな、とか遠すぎてそれをゴールに頑張るほどでもない希望を持っています。
加えて、独身は可処分時間を潰すタイパの悪い趣味を得て趣味を行う気力を保ち続けるべき※、という大方針に習慣化は最適ということもあります。毎日の何分か時間を処分できるので、習慣化すること自体が大きな目的となっています。
そして、この習慣化自体の目的を見失った時、習慣は終わりを迎えます。逆に、習慣の目的を見失っていなければ、私は続けられるようです。
たとえば、私は筋トレに喜びを感じていません。飽き、どころか、筋トレという行動に面白みを感じません。しかし、健康維持/腰痛予防という目的で、続けています。筋トレサボった週は腰に明確に違和感が出るし、調子が悪い。哀れ。絵に関しても、上達という目的を持っていません。漠然と上手くなりたいと思うものの、上手くなることを諦めている。でもお絵描きという行為が楽しいので、続けています。
一方で、この習慣の目的というのは弱いモチベーションであり、行動自体への興味を失った時にカバーできないことも多いです。しかも、一度夢見たビジョンなんて、どんどんと変わっていきます。最初は健康維持を目的に散歩をしていても、知らない景色を見ることが目的になったように。人というのは目の前の利益の方が高く見え、遠い未来の利益の方が安く見えるものです。逆に、習慣の目的なんてなくても、行動が楽しければ同じ行動を繰り返せるものです。そのくらい目の前の行動に対する興味・モチベーションは続けられる力になるわけです。
行動に飽きないためには、習慣化における行動は毎回変化する必要があります。たとえ目的に対して近道であっても、同じことを繰り返せば基本的に興味を失っていくものです。私はドイツ語において、12種に変化しやがる英語のtheにあたる単語”der”の変化が全然覚えられないのですが、der des dem den…だけを毎日やっていたらさすがに飽きるわけです。目的にまっしぐらだったらさっさとこの12種を覚えた方がいいのですが、うろ覚えでDuolingoやっています。問題変わって嬉しいね。散歩だって、毎日同じ道を同じペースで歩んでいたらそりゃ行動に飽きると思います。うっすらでも変化したら行動への飽きが緩和され、弱いモチベーションをカバーすることができます。タイム測って同じ道を速く歩けるようにする、とかね。
このような感じで、私はうすらぼんやりした高遠なイメージに向かって、テコテコと習慣を積んでいるわけです。適度に目の前の行動に対する興味をコントロールしつつ、弱いモチベーションとしてのビジョンに10年後に届いていたら面白いなと思って、時間を処分し続けています。
さて、いろいろ考えてみましたが、別に散歩という趣味を習慣化する必要はないのではないでしょうか。旅行に行った時に、ちょっと早起きして宿の周辺を歩くのって楽しいよね。何もわざわざ習慣化して、健康という目的に励む必要はないと思います。ただ、散歩していた時の方が今より健康だったな、と薄らぼんやり思うなら行動への興味を無視して目的のために歩いてもいいと思います。別に習慣的にやらなくても、ある時点で心地よく時間を使えるタイミングがあるなら、立派な趣味ですから。
※独身主義はタイパが悪い趣味をやるべき…
独身は同居する相手もいなければ、圧倒的に時間とお金を費や”せる”子供もおらず、介護を除けば基本的に自分に時間を費やすしかない。ひと昔前あれば家庭と子育てに振り分けられていた膨大な時間は、結婚や子育てと違って先人のレールが存在しない。いかに心地よく楽しく処理しまくる生きがい(趣味)を自身の手で耕し、それを行える体力と気力を保持し続けるかが人生において肝要となる。この点において、誰かの供給に依存する消費的趣味よりは、自身で創造したり習得したりする必要がある生産的趣味の方が可処分時間が長く独身に向けては推奨されるという、ここ3年くらいで得た個人的思想。
この度は思考を巡らせることができる話題をご提供くださりありがとうございました!メッセージとても嬉しかったです。
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※リンク先でも、以下と同じ回答をしています。
こういったメッセージとても嬉しいです!
結論、目的達成のために習慣が必要であれば行動に飽きても続けるけれど、習慣化した目的にも行動にも飽きた時は辞めています。趣味は趣味なので辞めてもよいわけです。趣味というのは、私にとって自分の可処分時間を心地よく処分する方法であり、気が向かないならやめても良いわけです。じゃあなんで続けていて、どうして「飽き」ないのかなあ〜と考えてみました。
私の中で、「習慣趣味の飽き」というものには2つの軸があると思います。習慣化する目的に飽きた時と、習慣化した行動に飽きた時です。
習慣は基本的に目的を伴います。上達であったり、利益であったり、習慣化/定期的に行うことで見たい景色がなければ、習慣にする意味がありません。虫歯にならないために毎日歯を磨くようなものです。別に歯磨きは楽しくないけど、虫歯になりたくないので習慣化する必要があるわけです。別に趣味は習慣化する必要はなく、あえて習慣化するには何かしらの目的が発生します。
わたしにとって習慣化する目的、というのはゴールとかそんな大層なものではありません。上達した先の曖昧なイメージだったり、習慣にすることでなりたい姿だったりするわけです。たとえば、私にドイツ語に対する大げさなモチベーションや目標はないです。「まいにちドイツ語」の応用編で流れるベルリンのラジオ放送がいつか聴き取れるようになるかな、くらい。別にそれに向けて一生懸命に励んでいるほどではありません。100% Berlinが聴けたからって何にもならないし。バイオリンもいつか宮園かをり(「四月は君の嘘」に出てくるバイオリニスト)が弾いていた曲を弾けたら良いな、とか遠すぎてそれをゴールに頑張るほどでもない希望を持っています。
加えて、独身は可処分時間を潰すタイパの悪い趣味を得て趣味を行う気力を保ち続けるべき※、という大方針に習慣化は最適ということもあります。毎日の何分か時間を処分できるので、習慣化すること自体が大きな目的となっています。
そして、この習慣化自体の目的を見失った時、習慣は終わりを迎えます。逆に、習慣の目的を見失っていなければ、私は続けられるようです。
たとえば、私は筋トレに喜びを感じていません。飽き、どころか、筋トレという行動に面白みを感じません。しかし、健康維持/腰痛予防という目的で、続けています。筋トレサボった週は腰に明確に違和感が出るし、調子が悪い。哀れ。絵に関しても、上達という目的を持っていません。漠然と上手くなりたいと思うものの、上手くなることを諦めている。でもお絵描きという行為が楽しいので、続けています。
一方で、この習慣の目的というのは弱いモチベーションであり、行動自体への興味を失った時にカバーできないことも多いです。しかも、一度夢見たビジョンなんて、どんどんと変わっていきます。最初は健康維持を目的に散歩をしていても、知らない景色を見ることが目的になったように。人というのは目の前の利益の方が高く見え、遠い未来の利益の方が安く見えるものです。逆に、習慣の目的なんてなくても、行動が楽しければ同じ行動を繰り返せるものです。そのくらい目の前の行動に対する興味・モチベーションは続けられる力になるわけです。
行動に飽きないためには、習慣化における行動は毎回変化する必要があります。たとえ目的に対して近道であっても、同じことを繰り返せば基本的に興味を失っていくものです。私はドイツ語において、12種に変化しやがる英語のtheにあたる単語”der”の変化が全然覚えられないのですが、der des dem den…だけを毎日やっていたらさすがに飽きるわけです。目的にまっしぐらだったらさっさとこの12種を覚えた方がいいのですが、うろ覚えでDuolingoやっています。問題変わって嬉しいね。散歩だって、毎日同じ道を同じペースで歩んでいたらそりゃ行動に飽きると思います。うっすらでも変化したら行動への飽きが緩和され、弱いモチベーションをカバーすることができます。タイム測って同じ道を速く歩けるようにする、とかね。
このような感じで、私はうすらぼんやりした高遠なイメージに向かって、テコテコと習慣を積んでいるわけです。適度に目の前の行動に対する興味をコントロールしつつ、弱いモチベーションとしてのビジョンに10年後に届いていたら面白いなと思って、時間を処分し続けています。
さて、いろいろ考えてみましたが、別に散歩という趣味を習慣化する必要はないのではないでしょうか。旅行に行った時に、ちょっと早起きして宿の周辺を歩くのって楽しいよね。何もわざわざ習慣化して、健康という目的に励む必要はないと思います。ただ、散歩していた時の方が今より健康だったな、と薄らぼんやり思うなら行動への興味を無視して目的のために歩いてもいいと思います。別に習慣的にやらなくても、ある時点で心地よく時間を使えるタイミングがあるなら、立派な趣味ですから。
※独身主義はタイパが悪い趣味をやるべき…
独身は同居する相手もいなければ、圧倒的に時間とお金を費や”せる”子供もおらず、介護を除けば基本的に自分に時間を費やすしかない。ひと昔前あれば家庭と子育てに振り分けられていた膨大な時間は、結婚や子育てと違って先人のレールが存在しない。いかに心地よく楽しく処理しまくる生きがい(趣味)を自身の手で耕し、それを行える体力と気力を保持し続けるかが人生において肝要となる。この点において、誰かの供給に依存する消費的趣味よりは、自身で創造したり習得したりする必要がある生産的趣味の方が可処分時間が長く独身に向けては推奨されるという、ここ3年くらいで得た個人的思想。
この度は思考を巡らせることができる話題をご提供くださりありがとうございました!メッセージとても嬉しかったです。
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お絵描きには警察がいるものですが
その道を知るものにとって見逃せない作画ミスを指摘する人を警察と言います。着物警察、弓道警察、そしてもちろん楽器警察もいます。
さて、バイオリンのいろはのい くらいは学んだので、バイオリンの持ち方であったり弓の握り方であったりを知ったわけです。ただ、知ってしまったからこそ、バイオリン弾きの作画カロリーがエグく感じ、もはやバイオリンを弾いている様を描くだけですごいなと思います。
そもそも、バイオリンって手の使い方が日常からかけ離れています。バイオリン弾きをみると、弓をなんだか自然と持っている気がしますが、実は絶対日常だと使わない手をしています。あと最近習った、左手の4の指(小指)、こいつがまたありえない手をしている。人には無理な形で小指を伸ばして踏ん張っている。この時、肘を少し体の内側に寄せる動作が必要です。これもまた不自然な格好で、作画が難しい。バイオリンと弓は直角に交差するのだが、交差するために人間がなんか頑張っているので、「自然な人体」と矛盾する。
体制だけでなく、そもそもバイオリンとその弓の作画もややこしい。バイオリンはいうまでもない。形が変すぎるくせにS字の穴が空いており、バランスが難しい。そして、弓。弓の毛は実は場所によっては斜めの角度で弦と接触する。そもそも真っ直ぐじゃないしなった棒に、張られた毛がしなっている様を描かねばならない。空間把握能力必須のバケモノ物体です。
私はバイオリンを絶対に作画しないぞ、決意を固める。ダンガンロンパの推しが超高校級のバイオリニストじゃなくてよかった。みなさんの推しがバイオリニストで、バイオリン作画に挑戦するなら、作画しただけで讃えます。自分が描けないので、アドバイスはできません。
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その道を知るものにとって見逃せない作画ミスを指摘する人を警察と言います。着物警察、弓道警察、そしてもちろん楽器警察もいます。
さて、バイオリンのいろはのい くらいは学んだので、バイオリンの持ち方であったり弓の握り方であったりを知ったわけです。ただ、知ってしまったからこそ、バイオリン弾きの作画カロリーがエグく感じ、もはやバイオリンを弾いている様を描くだけですごいなと思います。
そもそも、バイオリンって手の使い方が日常からかけ離れています。バイオリン弾きをみると、弓をなんだか自然と持っている気がしますが、実は絶対日常だと使わない手をしています。あと最近習った、左手の4の指(小指)、こいつがまたありえない手をしている。人には無理な形で小指を伸ばして踏ん張っている。この時、肘を少し体の内側に寄せる動作が必要です。これもまた不自然な格好で、作画が難しい。バイオリンと弓は直角に交差するのだが、交差するために人間がなんか頑張っているので、「自然な人体」と矛盾する。
体制だけでなく、そもそもバイオリンとその弓の作画もややこしい。バイオリンはいうまでもない。形が変すぎるくせにS字の穴が空いており、バランスが難しい。そして、弓。弓の毛は実は場所によっては斜めの角度で弦と接触する。そもそも真っ直ぐじゃないしなった棒に、張られた毛がしなっている様を描かねばならない。空間把握能力必須のバケモノ物体です。
私はバイオリンを絶対に作画しないぞ、決意を固める。ダンガンロンパの推しが超高校級のバイオリニストじゃなくてよかった。みなさんの推しがバイオリニストで、バイオリン作画に挑戦するなら、作画しただけで讃えます。自分が描けないので、アドバイスはできません。
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バイオリン買いました!2026/2/14

予算の幅に合わせて用意してもらった6本のバイオリンを弾き比べながら選びました。最初に聴いた時からこのバイオリンの音が圧倒的に好みだったのですが、比較的高かったので、もう少し安いバイオリンと迷っていました。結局、バイオリンを10年頑張るぞという気概で決断しました。
実際に帰って弾いてみると、明るくて優しい音が本当に好ましく、奮発してよかったなと思います。練習が3倍楽しくなりそうです。
工業製品ばかりの部屋に、工芸品があるのは、なんだか不思議な感じです。バイオリンとしては安価なバイオリンなのですが、我が家にあるMac miniやシーリーのベッドマットレスよりも高く、我が部屋の圧倒的最高級品です。遺書に、売る時の場所を書いておかないといけません。
イタリアの島にいる作家が作った工芸品が、極東にわたって、ただの趣味でバイオリンを弾いてるただの社会人に惚れ込まれて、持ち帰られている。作家の方は、絶対にそんな想像していないので、面白いです。
音楽を習ったことがない私にとって、バイオリンの世界はとても高尚な別世界であるイメージでした。バイオリンを購入することで、私もそういう世界の端っこにいるんだなと感じました。
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予算の幅に合わせて用意してもらった6本のバイオリンを弾き比べながら選びました。最初に聴いた時からこのバイオリンの音が圧倒的に好みだったのですが、比較的高かったので、もう少し安いバイオリンと迷っていました。結局、バイオリンを10年頑張るぞという気概で決断しました。
実際に帰って弾いてみると、明るくて優しい音が本当に好ましく、奮発してよかったなと思います。練習が3倍楽しくなりそうです。
工業製品ばかりの部屋に、工芸品があるのは、なんだか不思議な感じです。バイオリンとしては安価なバイオリンなのですが、我が家にあるMac miniやシーリーのベッドマットレスよりも高く、我が部屋の圧倒的最高級品です。遺書に、売る時の場所を書いておかないといけません。
イタリアの島にいる作家が作った工芸品が、極東にわたって、ただの趣味でバイオリンを弾いてるただの社会人に惚れ込まれて、持ち帰られている。作家の方は、絶対にそんな想像していないので、面白いです。
音楽を習ったことがない私にとって、バイオリンの世界はとても高尚な別世界であるイメージでした。バイオリンを購入することで、私もそういう世界の端っこにいるんだなと感じました。
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サロンデュショコラ2026 到着!
(と思って注文履歴見たらまだ13日に来るらしい。マジ?)
Quentin Bailly/カンタン・バイイ
・ケーク ポムタタン カラメリゼ
念願のカンタン・バイィのショコラケーク。これを食べたくてクレカのグレードを上げて、先行オンライン販売に乗り込みました。冷凍なので賞味期限長くてうれしい。
quatre epice chocolate/キャトルエピス
・ボタジエシズオカ
・エピスシズオカ
今回の異種枠。静岡産の農作物を使ったチョコレート。高級チョコレートは、普段見ないような組み合わせにチャレンジできるのが嬉しい!本場のサロンデュショコラで賞を取っているのも、楽しみを増させます。

MAROU/マルゥ
・シングルオリジン食べ比べセット
今回は食べ比べ・つまめる系を強化しました。賞味期限2027/10で神すぎるかも。他を全部食べ切った後にのんびりいただきます。
Pump Street Chocolate/パンプストリートチョコレート
・テイスティングセット
これも食べ比べ枠!賞味期限も長く、2026/09で安心。ゆっくり食べます。
BERNACHON/ベルナシオン
・タブレット カカウエット ノワール
ベルナシオンを一回食べたかった。母親リクエストでナッツ系を選択。
セレクションBOX1 ラシーヌ
これで好きなブランドを探そうとするのだけれど、毎年記憶が失われ、その目論見は失敗するのである。とはいえ家族でわけるので、全種自分で食べるわけではない。食べたことないブランドを食べようと思う。

Quentin Bailly/カンタン・バイイ
・カフェ・エキゾチック
カンタン・バイィ大好き!初めて食べたカンタン・バイィは、パッションフルーツが入ったもので、その酸味とチョコレートのバランスが良く感動したものです。これはキャラメリゼにコーヒーにマンゴーに…なんかよくわからないけど絶対美味しそうで嬉しい。
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(と思って注文履歴見たらまだ13日に来るらしい。マジ?)
Quentin Bailly/カンタン・バイイ
・ケーク ポムタタン カラメリゼ
念願のカンタン・バイィのショコラケーク。これを食べたくてクレカのグレードを上げて、先行オンライン販売に乗り込みました。冷凍なので賞味期限長くてうれしい。
quatre epice chocolate/キャトルエピス
・ボタジエシズオカ
・エピスシズオカ
今回の異種枠。静岡産の農作物を使ったチョコレート。高級チョコレートは、普段見ないような組み合わせにチャレンジできるのが嬉しい!本場のサロンデュショコラで賞を取っているのも、楽しみを増させます。

MAROU/マルゥ
・シングルオリジン食べ比べセット
今回は食べ比べ・つまめる系を強化しました。賞味期限2027/10で神すぎるかも。他を全部食べ切った後にのんびりいただきます。
Pump Street Chocolate/パンプストリートチョコレート
・テイスティングセット
これも食べ比べ枠!賞味期限も長く、2026/09で安心。ゆっくり食べます。
BERNACHON/ベルナシオン
・タブレット カカウエット ノワール
ベルナシオンを一回食べたかった。母親リクエストでナッツ系を選択。
セレクションBOX1 ラシーヌ
これで好きなブランドを探そうとするのだけれど、毎年記憶が失われ、その目論見は失敗するのである。とはいえ家族でわけるので、全種自分で食べるわけではない。食べたことないブランドを食べようと思う。

Quentin Bailly/カンタン・バイイ
・カフェ・エキゾチック
カンタン・バイィ大好き!初めて食べたカンタン・バイィは、パッションフルーツが入ったもので、その酸味とチョコレートのバランスが良く感動したものです。これはキャラメリゼにコーヒーにマンゴーに…なんかよくわからないけど絶対美味しそうで嬉しい。
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日記界隈へ
RSSリーダーは便利です
NetNewsWire
https://apps.apple.com/jp/app/netnewswir...
私の周囲の同人界隈に個人サイトの波、そして日記の波がじわりと広がっている。私が個人サイトを開設したときは2〜3程度だった自カプの個人サイトの数はいよいよ10を超えた。個人サイトには「てがろぐ」を含むブログが併設されていることが多く、わたしはこれを読むことを好んでいる。
個人の生活や考えを垣間見ることがとても好きだ。たとえば、同人誌の中で描写されるオフィス描写から、作者の職場環境を透かして楽しむことがある。紙が多い職場もあれば、小物が置いてある固定席を感じられる職場、モニタが縦設置されている職場、やたら会議室がある職場、などなど。
少し袖触れ合っただけの知り合いであっても、日々の日記を通じてその人を見れば、対面で語り合ったかのような親近感を感じる。もちろん一方的な認知である自覚はあるけれど、確実に好感度が貯金されていくのである。
こんなBlueskyにたまに投稿されるだけの日記を読むあなたも、きっと日記が好きなのだろう。そんなあなたにRSS Reaerを紹介!
個人サイトを登録しておけば、新規記事がアップされた際に通知が来る。登録サイトの、まだ読んでいない日記を一覧で並べてくれる。設定でRSSを切られていれば表示されないのだけれど、5〜6割の日記は対応しているようだ。わたしの交換日記相手である沢村さんの日記公開サイト「しずかなインターネット」も対応している。もちろん、このてがろぐも。
こうしていれば日記の取りこぼしがないのがありがたい。RSSをつけていないサイトだけ巡ればいい。RSSから読むとPVが減るという弊害は(たぶん)あるので、つけてくれとは言えないが。
あなたの日記循環に幸あれ。あなたの日記もいつか読ませてください。
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NetNewsWire
https://apps.apple.com/jp/app/netnewswir...
私の周囲の同人界隈に個人サイトの波、そして日記の波がじわりと広がっている。私が個人サイトを開設したときは2〜3程度だった自カプの個人サイトの数はいよいよ10を超えた。個人サイトには「てがろぐ」を含むブログが併設されていることが多く、わたしはこれを読むことを好んでいる。
個人の生活や考えを垣間見ることがとても好きだ。たとえば、同人誌の中で描写されるオフィス描写から、作者の職場環境を透かして楽しむことがある。紙が多い職場もあれば、小物が置いてある固定席を感じられる職場、モニタが縦設置されている職場、やたら会議室がある職場、などなど。
少し袖触れ合っただけの知り合いであっても、日々の日記を通じてその人を見れば、対面で語り合ったかのような親近感を感じる。もちろん一方的な認知である自覚はあるけれど、確実に好感度が貯金されていくのである。
こんなBlueskyにたまに投稿されるだけの日記を読むあなたも、きっと日記が好きなのだろう。そんなあなたにRSS Reaerを紹介!
個人サイトを登録しておけば、新規記事がアップされた際に通知が来る。登録サイトの、まだ読んでいない日記を一覧で並べてくれる。設定でRSSを切られていれば表示されないのだけれど、5〜6割の日記は対応しているようだ。わたしの交換日記相手である沢村さんの日記公開サイト「しずかなインターネット」も対応している。もちろん、このてがろぐも。
こうしていれば日記の取りこぼしがないのがありがたい。RSSをつけていないサイトだけ巡ればいい。RSSから読むとPVが減るという弊害は(たぶん)あるので、つけてくれとは言えないが。
あなたの日記循環に幸あれ。あなたの日記もいつか読ませてください。
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悪意の証明VRFお疲れ様でした!
少しだけ、売り子として参加させてもらいました。とても楽しかった。
即売会に行くと、モノを生み出すってやっぱりいいなあ、と感じる。何かに思い入れがあるだけだと作品は生まれない。深い熱意や執念がなければ、たくさんの時間と労力を注げない。ものすごくタイムパフォーマンスが悪くて、コストパフォーマンスも悪い。でも、同人制作を通じてしか得られない快感や楽しさがある。それは、どんな趣味にも替えられない。
また、売り子をやっていると、一般参加者の愛情や真剣さを感じるシーンも多い。小銭を出す時の手の震え、短い時間であっても感想を伝えようとする様、同人誌を得たときに少し大袈裟に嬉しさを伝えてくれる表情。空間全てが素敵だった。ピンチヒッターをやったので、サークル主に何度かお礼を言われてしまったが、むしろ売り子をやらせるチャンスをくださりありがたいのはこちらの方である。
そういった狂気じみた熱さにまた身を委ねたいなとやる気にさせてくれる即売会だった。帰りの電車で、「こういうのをやりたい」、「ああいうのもやりたい」と、つい夢中で考えを巡らせてしまった。
まあ、SDR2より早く創作をやりなさいという話だが。二次創作はキャラクターや舞台設定、前提のストーリーという土台があるから、当然すごく考えやすい。読者もキャラクターや舞台に対する共通認識を持っているので、話を0から解説する必要がない。すでに作品内に起伏があるから、二次創作で起伏がなくても楽しめるものにできるのだ。ゼロから生み出す一次創作はなかなか難しいなと思う。けど、ちょっとずつ、できるペースで何かしら作れれば良いなと思う。
追記
即売会に行くことで、年に1〜2度顔を合わせることができる友人たちがいる。長話をするわけではないが、お互いが元気であることと、ジャンルに縁があることを伺える感じが良い。皆さんに久々に会えて嬉しかったです。
一般参加にも関わらず、気づいてご挨拶くださった方、差し入れくださった方、ありがとうございました。また会いましょう。畳む
少しだけ、売り子として参加させてもらいました。とても楽しかった。
即売会に行くと、モノを生み出すってやっぱりいいなあ、と感じる。何かに思い入れがあるだけだと作品は生まれない。深い熱意や執念がなければ、たくさんの時間と労力を注げない。ものすごくタイムパフォーマンスが悪くて、コストパフォーマンスも悪い。でも、同人制作を通じてしか得られない快感や楽しさがある。それは、どんな趣味にも替えられない。
また、売り子をやっていると、一般参加者の愛情や真剣さを感じるシーンも多い。小銭を出す時の手の震え、短い時間であっても感想を伝えようとする様、同人誌を得たときに少し大袈裟に嬉しさを伝えてくれる表情。空間全てが素敵だった。ピンチヒッターをやったので、サークル主に何度かお礼を言われてしまったが、むしろ売り子をやらせるチャンスをくださりありがたいのはこちらの方である。
そういった狂気じみた熱さにまた身を委ねたいなとやる気にさせてくれる即売会だった。帰りの電車で、「こういうのをやりたい」、「ああいうのもやりたい」と、つい夢中で考えを巡らせてしまった。
まあ、SDR2より早く創作をやりなさいという話だが。二次創作はキャラクターや舞台設定、前提のストーリーという土台があるから、当然すごく考えやすい。読者もキャラクターや舞台に対する共通認識を持っているので、話を0から解説する必要がない。すでに作品内に起伏があるから、二次創作で起伏がなくても楽しめるものにできるのだ。ゼロから生み出す一次創作はなかなか難しいなと思う。けど、ちょっとずつ、できるペースで何かしら作れれば良いなと思う。
追記
即売会に行くことで、年に1〜2度顔を合わせることができる友人たちがいる。長話をするわけではないが、お互いが元気であることと、ジャンルに縁があることを伺える感じが良い。皆さんに久々に会えて嬉しかったです。
一般参加にも関わらず、気づいてご挨拶くださった方、差し入れくださった方、ありがとうございました。また会いましょう。畳む
選挙の話をするか。政治経済学部卒なので。
選挙に行け、選挙に行けと言われる世の中である。
しかし、あなたが選挙に行く利点を説明することは私には難しい。別に行かなくても当たり前だろ、とすら思う。
現に、私は選挙に行かない姉を説得する手段を持ち合わせていない。
(注:若年層の投票率を低めることで、当選確率が上がる政党を支持しているわけではない)
さて、政治学は法学の下にあるタイプと経済学の下にあるタイプがある。私は後者の学徒だった。
そんな政治経済学部では別に政策論議などしない。
政治論あったはずだが、私が特に覚えているのは、統計や利得計算の類である。
政治と経済が紐づく学部は特に統計や数学の色が濃い。法学系の政治のこと知らんけど。
1年次の授業で「なぜ人は投票に行くのか」という投票行動のテーマがあり、
投票行動に影響を与える投票の計算モデルのひとつを学んだ
曰く、
①候補者の当選により得られる利得(効用)
×②自分の1票が勝敗を左右する確率
-③投票に要するコスト
+④投票行動自体から得られる利得(義務感、倫理観、社会規範)
この式、どう考えても「②自分の1票が勝敗を左右する確率」がめちゃくちゃ低い。
市議選レベルであれば1票差で決着がつくことがあるものの、国政選挙で本当に1票差で勝敗が分かれた事例を私は知らない。
(※2024年の国政選挙にて、124票差という結果があったらしい。しかし、あなたはひとりで125票投票できるわけではないので、この選挙区にいたところで勝敗は変わらない)
①×②の要素は限りなくゼロに近いので、投票行動の意義を説明してくれない。
④を考えないと投票行動の理由を説明できないね、というモデルなのである。
実際私の衆議院選挙区では、20年弱当選者が変わっていない。
いずれの政局だろうが勝っている。絶対今回も当選するので、その人に入れようが勝利には関わりがないし、別の候補者に入れても死票になるのみである。
①×②はほぼゼロ。③の手間を差し引いたらマイナス。わたしは④を持って投票しに行っている。
その④の一番の内容も立派なことではない。第一に、私が政治経済学部の卒業生だから、プライドとして選挙に行っているだけである。
政治行動しておくか、政治経済学部だしな、という。
次に、選挙戦をエンターテインメントとして楽しむために積極的に関わっておいている、というだけだ。
選挙とは滅多にない全国一斉即開票アンケートであり、自分のある地点でひとつに定めた考えと選挙権のある大衆との認識のずれ(または整合)を知ることができる。自分がどんな投票をしようとも勝ち上がる我が区の候補者の当確を見れば、同じ地域に生きる人であっても考えが多様であることを知ることができる。
めちゃくちゃにふざけた候補者とかもいるのだけれど、たとえ当選していなくても何万と票を獲得することがある。自分に一切ない考えを持つ人が数万も居ることを知るのはとても面白い。世界は広い。ここ数年はSNSでの揺動も明らかで、それがどんな結果を産むのか、社会実験的でとても面白い。こういった世間と自分の感覚の、あわさっているところとずれているところを確認するには、選挙に参加して何かしら1票を投じたほうが良いのだ。
選挙に行けと言われたら、「④投票行動自体から得られる利得」を煽れるかもしれない。
でもやはり、①×②-③がたしかにマイナスになってしまうのだから、他人に言われてプラスに転じるほどの④なんて、自分で納得をつけるしかない。
選挙に行くのが当然と考えている人も、自身の④を考えるのは面白いのではないだろうか。
さて、ここで②が100%で、あなたの票で選挙の勝敗が決まるとしよう。
投票行動自体への利得を考えず、「①候補者の当選により得られる利得(効用)」だけで選挙に行けるとしたら、
①はあなたにとってなんだろうか。
経済学では「効用」を最大化するために人は動く、ということが基本前提だ。
経済やら統計やらいうとなんだか冷たいことのような気がする。
しかし、この「効用」と言われるものにはいろいろなものが詰まっている。
もちろん金銭であることもあれば、利他であることもある、心理学的な安心感も「効用」に入ることがある。
どれだけ利得があっても時間によって減ったりする…といったことも経済学では示されるし、
「めんどくさいから」、「認知できなかったから」、お金の面としては損であっても「効用」が高いために変な選択肢を選ぶこともあるだろう。
得ってなんだろうね、どうしたら得に感じるんだろうね、みたいな面が経済学にはある。
だから「①候補者の当選により得られる利得(効用)」というのは必ずしも自分の金になることではなくてもいい。
じゃあ、①にあなたは何を見る?という話である。
私は基本的には無党派で、その時々で投票先を変えている。
私の利得>周囲の利得>無知のヴェールに立った時に助けたい他人利得、の順番で投票行動を決めることが多い。
極端な話、たとえ可哀想な他人を救えようが、「独身は収入の80%を差し出せ」、という候補者には入れない。そこまで利他に効用を感じるなら、政治に頼らずとも私は収入の80%を寄付する。
次に、周りのお友達が得になるようなことを考える。インターネットの友達とか高校の友達とかの普段の生活から推し量り、お得になるといいですねと考えながら政策を眺めている。
最後に、他人の利得を考える。
他人の利得を考える時、私は無知のヴェールを被る。
これは、ロールズが「正義論」で記した概念を流用した考えだ。
無知のヴェールを被っている時、私自身が何者か、どのような健康状態か、どのような特性を持っているか、どのようなディスアドバンテージがあるかわからない。
例えば、無知のヴェールを脱いでみれば、恋愛至上主義のヘテロかもしれない。この世は恋愛ができるヘテロが多いらしいので、その可能性は大いにある。
そんな無知のヴェールを被っている時、あるべきと考える福祉を公平の基準とする…といった具合である。
どのような私かわからない時に、どこをセーフティーネットにしたいか、どこまでいったらやりすぎなのか。無知のヴェールの概念として多少誤っているかもしれないが、自分の利益や友達の利益を考えた後は、無知のヴェールをかぶった自分の正義を思い返す。
現実では、①×②-③はどこまでいってもマイナスである。
でも、このモデルをプラスにしてくれる④には、こういった①を考える時間が含まれるのである。
別にこの投稿を見てくれた人がどこに投票したって全く構わない。
なんなら投票しなくたっていい。私にはあなたの①×②-③を覆す④は提供できない。
もちろん国政は大事だろう。しかし、選挙においては、何も及ぼさない私の1票より、あなたの④と①に関心を持つ。
でも、あなたの①を知ることができない私は、選挙特番を眺めて世の①を知ることを楽しむのである。
よければ、あなたの「④投票行動自体から得られる利得」について、何かあれば教えてください。
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選挙に行け、選挙に行けと言われる世の中である。
しかし、あなたが選挙に行く利点を説明することは私には難しい。別に行かなくても当たり前だろ、とすら思う。
現に、私は選挙に行かない姉を説得する手段を持ち合わせていない。
(注:若年層の投票率を低めることで、当選確率が上がる政党を支持しているわけではない)
さて、政治学は法学の下にあるタイプと経済学の下にあるタイプがある。私は後者の学徒だった。
そんな政治経済学部では別に政策論議などしない。
政治論あったはずだが、私が特に覚えているのは、統計や利得計算の類である。
政治と経済が紐づく学部は特に統計や数学の色が濃い。法学系の政治のこと知らんけど。
1年次の授業で「なぜ人は投票に行くのか」という投票行動のテーマがあり、
投票行動に影響を与える投票の計算モデルのひとつを学んだ
曰く、
①候補者の当選により得られる利得(効用)
×②自分の1票が勝敗を左右する確率
-③投票に要するコスト
+④投票行動自体から得られる利得(義務感、倫理観、社会規範)
この式、どう考えても「②自分の1票が勝敗を左右する確率」がめちゃくちゃ低い。
市議選レベルであれば1票差で決着がつくことがあるものの、国政選挙で本当に1票差で勝敗が分かれた事例を私は知らない。
(※2024年の国政選挙にて、124票差という結果があったらしい。しかし、あなたはひとりで125票投票できるわけではないので、この選挙区にいたところで勝敗は変わらない)
①×②の要素は限りなくゼロに近いので、投票行動の意義を説明してくれない。
④を考えないと投票行動の理由を説明できないね、というモデルなのである。
実際私の衆議院選挙区では、20年弱当選者が変わっていない。
いずれの政局だろうが勝っている。絶対今回も当選するので、その人に入れようが勝利には関わりがないし、別の候補者に入れても死票になるのみである。
①×②はほぼゼロ。③の手間を差し引いたらマイナス。わたしは④を持って投票しに行っている。
その④の一番の内容も立派なことではない。第一に、私が政治経済学部の卒業生だから、プライドとして選挙に行っているだけである。
政治行動しておくか、政治経済学部だしな、という。
次に、選挙戦をエンターテインメントとして楽しむために積極的に関わっておいている、というだけだ。
選挙とは滅多にない全国一斉即開票アンケートであり、自分のある地点でひとつに定めた考えと選挙権のある大衆との認識のずれ(または整合)を知ることができる。自分がどんな投票をしようとも勝ち上がる我が区の候補者の当確を見れば、同じ地域に生きる人であっても考えが多様であることを知ることができる。
めちゃくちゃにふざけた候補者とかもいるのだけれど、たとえ当選していなくても何万と票を獲得することがある。自分に一切ない考えを持つ人が数万も居ることを知るのはとても面白い。世界は広い。ここ数年はSNSでの揺動も明らかで、それがどんな結果を産むのか、社会実験的でとても面白い。こういった世間と自分の感覚の、あわさっているところとずれているところを確認するには、選挙に参加して何かしら1票を投じたほうが良いのだ。
選挙に行けと言われたら、「④投票行動自体から得られる利得」を煽れるかもしれない。
でもやはり、①×②-③がたしかにマイナスになってしまうのだから、他人に言われてプラスに転じるほどの④なんて、自分で納得をつけるしかない。
選挙に行くのが当然と考えている人も、自身の④を考えるのは面白いのではないだろうか。
さて、ここで②が100%で、あなたの票で選挙の勝敗が決まるとしよう。
投票行動自体への利得を考えず、「①候補者の当選により得られる利得(効用)」だけで選挙に行けるとしたら、
①はあなたにとってなんだろうか。
経済学では「効用」を最大化するために人は動く、ということが基本前提だ。
経済やら統計やらいうとなんだか冷たいことのような気がする。
しかし、この「効用」と言われるものにはいろいろなものが詰まっている。
もちろん金銭であることもあれば、利他であることもある、心理学的な安心感も「効用」に入ることがある。
どれだけ利得があっても時間によって減ったりする…といったことも経済学では示されるし、
「めんどくさいから」、「認知できなかったから」、お金の面としては損であっても「効用」が高いために変な選択肢を選ぶこともあるだろう。
得ってなんだろうね、どうしたら得に感じるんだろうね、みたいな面が経済学にはある。
だから「①候補者の当選により得られる利得(効用)」というのは必ずしも自分の金になることではなくてもいい。
じゃあ、①にあなたは何を見る?という話である。
私は基本的には無党派で、その時々で投票先を変えている。
私の利得>周囲の利得>無知のヴェールに立った時に助けたい他人利得、の順番で投票行動を決めることが多い。
極端な話、たとえ可哀想な他人を救えようが、「独身は収入の80%を差し出せ」、という候補者には入れない。そこまで利他に効用を感じるなら、政治に頼らずとも私は収入の80%を寄付する。
次に、周りのお友達が得になるようなことを考える。インターネットの友達とか高校の友達とかの普段の生活から推し量り、お得になるといいですねと考えながら政策を眺めている。
最後に、他人の利得を考える。
他人の利得を考える時、私は無知のヴェールを被る。
これは、ロールズが「正義論」で記した概念を流用した考えだ。
無知のヴェールを被っている時、私自身が何者か、どのような健康状態か、どのような特性を持っているか、どのようなディスアドバンテージがあるかわからない。
例えば、無知のヴェールを脱いでみれば、恋愛至上主義のヘテロかもしれない。この世は恋愛ができるヘテロが多いらしいので、その可能性は大いにある。
そんな無知のヴェールを被っている時、あるべきと考える福祉を公平の基準とする…といった具合である。
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現実では、①×②-③はどこまでいってもマイナスである。
でも、このモデルをプラスにしてくれる④には、こういった①を考える時間が含まれるのである。
別にこの投稿を見てくれた人がどこに投票したって全く構わない。
なんなら投票しなくたっていい。私にはあなたの①×②-③を覆す④は提供できない。
もちろん国政は大事だろう。しかし、選挙においては、何も及ぼさない私の1票より、あなたの④と①に関心を持つ。
でも、あなたの①を知ることができない私は、選挙特番を眺めて世の①を知ることを楽しむのである。
よければ、あなたの「④投票行動自体から得られる利得」について、何かあれば教えてください。
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2026年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
資生堂のキャンペーンでもらった葉っぱ型の不燃性フェルトのお香の香りがすごく良くて、探してみたらこちらのものらしい
https://hako-paper.jp/
前々から、部屋を良い香りにするディフューザーが欲しかった。ただ、倒して中身を部屋にぶちまける未来が容易に見えたので断念していた。これなら液体ではないし、場所も取らないし良さそう!
が、置いて2日で葉っぱはどこかに旅だった。掃除機で吸ってしまったのだろうか。置き皿にほのかに残る香りが寂しい。せっかくなら買ってみようかしら。
#tobuylist
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遺書を作ろう2026(死ぬ予定、なし)
みなさんは、カレー沢薫先生の漫画「ひとりでしにたい」をご存知だろうか。
独身ドルヲタの鳴海が、イケイケだった叔母の風呂場での孤独死を契機に、
どうやってひとりで生きてひとりで死ぬか向き合う様をテンポ良く面白く描いた講談社の漫画である。
https://comic-days.com/episode/139336863...
途中、鳴海は那須田というひと癖のあるエリート(24歳)に惚れられるものの、
理解あるカレにすることもないので安心して楽しめる漫画である。
鳴海が自分の生きる道を歩んでいく様に勇気をもらえる。
一方で、独身で人生におけるあまりに覚えのある描写や、
これから私に襲いかかるであろう悩みたちに、しっかりと食らっている。
※以下、紹介する作中のセリフは要約して記している
「女性の方が長く生きるというデータに甘えて、お母さんがお父さんより先に死ぬ可能性を考えていないですよね?」
私は実家暮らしなのだが、母が先に亡くなり父が遺った場合は間違いなく確実に実家を出るだろう。
何を隠そう九州血統の実家である。母は謙遜するが、九州出身の母は家事・家庭管理へのこだわりが凄い。この家は母の万全の家事・家庭管理を中心に回っている。
父は契約や細かい類は読めないし、誤読も激しい。女が動いて男は何もしない、そういう価値観が直近まで無意識にこびりついていた。
ここ5年でようやく改善されつつあるものの、母が先に亡くなったら、私が引退した父の世話をすることになる確率が80%くらい残っている。20年、30年も続くと私の人生への影響が大きすぎる。
私が実家暮らしをしている理由の一つは、将来的な父母の施設を少しでも支援するためというのもある。
しかし、父はいまだに施設に行ってもいいと断言したことがない。(母は絶対施設がいいと言う)
いやっ、まあ、そうでしょう。父が母より先に死んだ方が楽である。
「父の方が長く生きること」ではなく「母が先に死ぬこと」という言い回しもまたぐっさり刺さるのである。
父が生き残ると労働というコストがかかることが目に見えている。
その裏には、現在母の労働というコストが支払われているにもかかわらず、だ。
自分の持つこの悪魔みたいな考えが、オブラートもないまま目の前に突き出された気分はなかなか厳しいものがあった。
それほど描写がリアルで真に迫っていて、面白い漫画である。
※父をフォローしておく。
この九州価値観のおかげか、男は家族に家を与え家族に金を出すもの、という価値観を反発なく持ってくれていた。そのおかげでとてもコストの高い進路を選ばせてもらった。
しかも、高圧的で恩着せがましい性格もなく、教育においては放置であった。
良し悪しは置いておいて、お金を黙って出してもらったことにはとても感謝している。
まあ、宝くじの当選やら引き出し放題のATMと何が違うかと言われると、まだ答えはない。
この後の父との生活で見つけようと思う。最近は姪が来た時によく世話をしてくれており、感謝している。
※「ひとりでしにたい」はNHKで綾瀬はるか主演でドラマ化されたが、漫画がおすすめである。
30代後半社会人女性(ドルヲタ)の肩身の狭さや恥ずかしさ、言い換えてしまうと「キツさ」を、
綾瀬はるかのようなボケた様すら愛らしい女性が演じることは無理があったと思う。
そんな「ひとりでしにたい」に影響されて、私もひとりで死ぬ準備をしている。死ぬ予定はない。
ひとりで死ぬというのはなかなか難しいのだ。
たとえば今唐突に私が死んだら、諸般の手続き・死体処理(葬式)・遺品整理を「もちろん」母が行うことになる。
父母が亡くなって私が本当に独居になり死んだ時には、姉、ひいては姪がその役割を担わなければならない。それはひとりでしぬことではない。
ひとりでしぬ、とは死後までひとりで片付けて、最小限の迷惑で死に、そして私に思い出を持ってくれる人が、
その思い出に思いを馳せることだけに集中できるようにすることだと思っている。
そのためには、故人となる私のある程度の下準備、遺志という名の指示が必要なのである。
だから、ある程度の年数で定期的に書き換える前提で、遺書を作っていかねばと考えている。なのでこうしてたまに書くことに思いを馳せている。
たとえば、死んだら誰に連絡するか?
高校の友人とよく遊ぶ友人には連絡するとして、SNSはどうするか。見られたくないしなあ。会社やバイオリン教室も連絡先に入れなければならない。
あ!みなさんへ。この個人サイト(&てがろぐ)はクレカが死んだらサーバー契約が1年内に切れるので、消し飛ぶ。
更新なくしばらく経ち、突然404を出したら死んだということです。これは皆さんへの遺書。よし。
金融資産はわかりやすいとして、私の所持している遺品はどうするか?
高くて実用的なものはそのまま使ってもらった方が便利だろう。売るのも面倒だろうし。本の類は興味がなければ捨ててもらって構わない。
私の持ち物で一番高いものはなんだろうか。Mac Miniかとも思ったが、近いうちにバイオリンになるかもしれない。
そうしたらバイオリンの売り先も書かなければならないな。
おひとりさま信託のようなものを使った方がよいのだろうか、と思うくらいしっかりと生前整理に向き合ってみたい2026年である。
……
さて、ここで、「ひとりでしにたい」の描写を持ち出してハードな内面を晒す。生々しい話である。
・子供がいる方に多く残すのは当然じゃないか。
・その不平等性を、理性では納得したとしても、兄弟より愛されていなかったという気持ちで残ることがある
・生きているうちに遺産相続関係は全部整理しろ
「ひとりでしにたい」の鳴海には弟がいる。弟には子供がいる。姉である鳴海とはなんとなく折り合いが悪い。
最新話付近では、弟の第二子発覚を発端として、鳴海の父母と那須田の間で死後の遺産相続分与の議論が起こる。
そこで、鳴海の父母は弟に多く残すのが筋という。平等に扱うべきだと那須田が(なんで那須田が?)鳴海の父母に訴えかける(鳴海不在)
私と状況が全く同じである。私には姉がいて、姉には娘がいる。
いや、私も理性では姪のために多くの遺産を残すべきだとわかっている。
鳴海とは異なり、私は姉より学費がかかっているし、10年弱少ない生活費で実家暮らしをしているので、その点から言えば姉に多く残してトントンかもしれない。
が、やっぱりうまく平等を感じる様相で遺産を整理して欲しいのだ。
姉はけっこう利他的な人間で、私を尊重してくれるため、そこまで不平等なことを企てないだろう。
私も姉が私の人生におけるひとつの要所であることを認識し、大切にしなければという意識は高い。
しかし、ここ3年話していない義兄がなかなか読めない。義兄にも姉がいるらしいが姉弟仲が異常に悪く、ほぼ縁切状態で兄弟に対する印象が悪いらしい。
しかも厄介なことに、金融関係で相続担当である。知識で勝てるわけがない。
まさかないとは思いたいが、姉の知らないうちに姉家族に有利な条件で相続が終わったら、けっこうしっかり後悔する気がする。
利益/不利益という実利的な面以上に、親の死後の整理において私が不出来だったことに気づいた時、精神的に相当引きずることは明らかだ。
だからちゃんと私が把握しているうちに、そして両親の意識がはっきりしているうちにやり切りたいのだ。
実家に暮らしているからわかるのである。
父の頭が回らなくなって短気になってきていること、母の身体が思うように動かなくなってきていること。
父の気が少しずつきくようになったこと、まだ丁寧に使い方を説明すれば母は現代利器を自分なりに使いこなせるということ。
「子育て後」の状態にある我が家は、大人同士だからこその面白さがあり、しかし確実に昔とは同じようにいかなくなっていき、見据えなければならない未来も見えてしまっているのだ。
死というものがとても現実的な時間に訪れることになる両親を死と向き合わせる過酷なことだとわかっているが。
わたしがひとりでしぬために、そのためには私も私の死を見つめ、両親に背中を見せなければならない。
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舞台「ピアフ」観ました。
あらすじ:フランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフは貧困街の生まれ。路上での歌を見出され、表舞台を駆け上がっていく。殺人容疑をかけられ、最愛の男を事故でなくし、モルヒネに溺れながら、愛に溢れた人生を駆けていく。
大竹しのぶさんの演技を昔から好いていた。普段の演技めいた愛らしいおばさまの立ち居振る舞いから豹変し、役に没入する姿を見て、テレビの前で圧倒されていた。大竹しのぶが舞台に立てなくなる前に、彼女の演技を生で観てみたかった。
「ピアフ」の大竹しのぶはまさしくピアフであった。下品で、セックスのことを考えていて、ワガママで、礼儀知らず。大股で歩き、笑いと言えば卑猥なこと。恋に生き、薬に溺れ、自制心はなく、しかし歌は心の底をまるごとひっくり返したような深い歌声であった。
どれほど日常に近いテーマであっても、舞台に立つ役者の振る舞いは、日常の人間のそれとは異なる。舞台においては、客席からの見え方・聞こえ方を意識するからだ。
たとえば、1対1で話していても、互いに真横になって話すことはあまりない。正面を向いて話すことすらある。奥の客席に届くように響く声で話し、後ろの客からも見えるように大仰にリアクションする。
「ピアフ」には舞台慣れした役者、歌の上手い役者が並んでいた。しかし演劇だった。(別にそれで正しい)
大竹しのぶが恐ろしいのは、ただピアフが舞台にそのままいて、演劇のように見えないことである。大竹しのぶはどこまでも下品なアバズレ女である薬で気の狂った女、ピアフだった。確かにその振る舞いは舞台映えして、早口の言葉でも客席に理解させることができているのに、ひとりだけあまりにも あるがまま舞台に立っていて、周りはそのあるがままの女を囲んで演劇していた。
舞台が終わり、照明が消え、また点いた途端、無邪気なおばさまである「大竹しのぶ」がそこにあった。アクのない無邪気な笑顔で、舞台を颯爽と駆けてカーテンコールに答えていた。先程まで大股で、ガニ股でドタバタと歩く品のない女だったはずなのに。
ピアフという女のめちゃくちゃで愛がこびりついた女の人生を舞台にしているので、恋とセックスと情動で動くタイプが主人公であり、全く好みのタイプのストーリーではないはずだったが、そんな女から目が離せず、釘付けになってしまった。
演劇部出身が言うなと言う話だが、演劇というのは話を端折ることが多く、脳内でストーリーを繋げなければならない割に、登場人物が多くて区別つかず、それでいてミュージカルみたいに歌やダンスの技能を楽しむことができないので、正直あんまり得意じゃない。が、ここまで演技という技能に圧倒できるなら、演劇も良いものだなと思いました。
P.S.
ピアフの楽曲を帰ってから聴いた。あの時代のシャンソンのアコーディオンの軽快さが好きだ。しばらく聴き流してみようと思う。
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あらすじ:フランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフは貧困街の生まれ。路上での歌を見出され、表舞台を駆け上がっていく。殺人容疑をかけられ、最愛の男を事故でなくし、モルヒネに溺れながら、愛に溢れた人生を駆けていく。
大竹しのぶさんの演技を昔から好いていた。普段の演技めいた愛らしいおばさまの立ち居振る舞いから豹変し、役に没入する姿を見て、テレビの前で圧倒されていた。大竹しのぶが舞台に立てなくなる前に、彼女の演技を生で観てみたかった。
「ピアフ」の大竹しのぶはまさしくピアフであった。下品で、セックスのことを考えていて、ワガママで、礼儀知らず。大股で歩き、笑いと言えば卑猥なこと。恋に生き、薬に溺れ、自制心はなく、しかし歌は心の底をまるごとひっくり返したような深い歌声であった。
どれほど日常に近いテーマであっても、舞台に立つ役者の振る舞いは、日常の人間のそれとは異なる。舞台においては、客席からの見え方・聞こえ方を意識するからだ。
たとえば、1対1で話していても、互いに真横になって話すことはあまりない。正面を向いて話すことすらある。奥の客席に届くように響く声で話し、後ろの客からも見えるように大仰にリアクションする。
「ピアフ」には舞台慣れした役者、歌の上手い役者が並んでいた。しかし演劇だった。(別にそれで正しい)
大竹しのぶが恐ろしいのは、ただピアフが舞台にそのままいて、演劇のように見えないことである。大竹しのぶはどこまでも下品なアバズレ女である薬で気の狂った女、ピアフだった。確かにその振る舞いは舞台映えして、早口の言葉でも客席に理解させることができているのに、ひとりだけあまりにも あるがまま舞台に立っていて、周りはそのあるがままの女を囲んで演劇していた。
舞台が終わり、照明が消え、また点いた途端、無邪気なおばさまである「大竹しのぶ」がそこにあった。アクのない無邪気な笑顔で、舞台を颯爽と駆けてカーテンコールに答えていた。先程まで大股で、ガニ股でドタバタと歩く品のない女だったはずなのに。
ピアフという女のめちゃくちゃで愛がこびりついた女の人生を舞台にしているので、恋とセックスと情動で動くタイプが主人公であり、全く好みのタイプのストーリーではないはずだったが、そんな女から目が離せず、釘付けになってしまった。
演劇部出身が言うなと言う話だが、演劇というのは話を端折ることが多く、脳内でストーリーを繋げなければならない割に、登場人物が多くて区別つかず、それでいてミュージカルみたいに歌やダンスの技能を楽しむことができないので、正直あんまり得意じゃない。が、ここまで演技という技能に圧倒できるなら、演劇も良いものだなと思いました。
P.S.
ピアフの楽曲を帰ってから聴いた。あの時代のシャンソンのアコーディオンの軽快さが好きだ。しばらく聴き流してみようと思う。
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ハウステンボスで買ったこちらのナッツ、塩味がガッツリ効いていて美味しすぎる。成城石井よりはちゃめちゃに高そうなスーパーのECにしか売ってない(6,980円以上送料無料って、なあに?)
https://shop.lebonheur-jpn.com/view/item...
https://shop.lebonheur-jpn.com/view/item...
2025年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
メッセージ受信用のメールサーバーが不調になっているときはメッセージが届いていない時があり…
今気づいたものを返信してまいります!いつもありがとうございます
>カラスバさん(2025年11月25日 07:55)
https://subro36.sub.jp/MessageReply/mess...
今気づいたものを返信してまいります!いつもありがとうございます
>カラスバさん(2025年11月25日 07:55)
https://subro36.sub.jp/MessageReply/mess...
博多とハウステンボスの旅行記を書きました
https://subro36.sub.jp/wordpress/2025122...
WordPressの投稿機能を全く使っていなかったのですが、あまりに長文の場合はこちらの方が読みやすいですね。今度から使っていこうと思います。
https://subro36.sub.jp/wordpress/2025122...
WordPressの投稿機能を全く使っていなかったのですが、あまりに長文の場合はこちらの方が読みやすいですね。今度から使っていこうと思います。
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